第13話 なんなんだろうなんて
幸い野上は公園の入口にほど近いベンチで座っているらしく、つまり
ただ、電話してる最中誰かに話しかけられているような声が聞こえてきて。
案の定野上を見つけると大学生と
「悪い、そいつ俺のつれなんだ」
パッと見それほど変な奴らには見えないし人通りも多かったが、念のため威圧感を与えぬよう注意して割り
あんな可愛い子が一人のわけねーって、などと楽し気に去ってゆく彼らの背を眺めながら、今度はベンチに腰掛ける野上へ視線を移す。
青挿し色の白地セーターと膝丈上のデニムスカートに身を包んだ野上はいつもより少し大人っぽく見えた。ちなみにサイドには例のヘアゴムがちゃっかりと居座っているようだ。
と、そのときふと肩にかかる大きめのショルダーバッグに違和感を覚える。
同時になにより誕生日を家族に祝ってもらった後とはまるで思えない野上の曇った表情が気に掛かった。
「悪かったな、電話……すぐ出れなくて」
「そんなの、それよりこんな遅くにごめんね。来てくれてありがとう。それにしてもすごいね、こんな時間なのに沢山ひとがいて」
「まあ言っても連休前だしな。それに桜ももう見納めだろうから」
はらはらと舞い落ちる桜。
その儚げな光景がなぜか今目の前にいる野上と重なった気がして……、俺はさっき気になったことを聞くことにする。
「その鞄。どっかへ泊まりにでも行くのか」
「えっ。う、うん。まあ……そのつもりだったんだけど、ね。友達から都合が悪くなったって連絡があって。
そう言うと苦笑いを浮かべる野上。
であれば普通は家に帰るはずだが……まるで帰ろうとする素振りもない。
それはつまり、
「家に帰りたくない理由があんのか?」
そう訊ねると野上は驚いたような顔を見せたあと俯いてしまった。
「野上。もしかしてそれ、今日お前が話そうとしてくれたことと関係あるんじゃねぇのか」
「ほんと、生田君ってみかけによらず
「みかけによらずは余計だろ」
おどけるようにツッコむと野上はすこしだけ笑顔を見せる。
「当たり。でもね、聞いてあまり、というか全然楽しい話じゃないんだ。それでも聞いてくれると嬉しいんだけど……」
「ああ、聞きたい。聞かせてくれよ」
そう言って俺がゆっくり頷いてみせると、野上もこくりと頷き話し始める。
「実はね、わたしの
「……悪い、俺なんも知らなくて……。ちなみにお袋さんのほうは、なんて言ってんだよ」
「何も言ってないよ。それより仕事が忙しくてそれどころじゃないって感じ。今日だってわたしが友達の家に泊まるって言っても『そう、気をつけなさい』ってだけで……。多分誕生日だってことすら忘れてるんじゃないかな」
その後、野上はゆっくりと過去の経緯を打ち明けてくれる。
簡単に要約するとこうだ。
野上の家は母方の祖父から受け継いだ洋食屋を経営しており、幼少期は家族全員で仲良く切り盛りしていたらしい。
だけど近隣他店との競争が活発化するにつれ店の経営はどんどんと苦しくなっていき、そんな折
「年末ごろかな、家を出て行ったお父さんから離婚の話を初めて聞かされたのは。でも多分もっと前からそういう話が出てたんだと思う」
「そうだったのか……」
「昔はすごく仲が良かったんだよ。なのに……家族ってなんなんだろうね」
眉根を寄せながらも、気丈に笑顔でいようとする野上を見ているだけで胸が痛くなる。
可哀想に。
正直、そう思った。
だけどそれは俺の身勝手な感覚であって。
だからきっと野上はそんな言葉は求めてないだろうし、言ったところで響くこともないのだろう。
だけど、家族ってなんなんだろうなんて……。
そんなこと思うなよ。悲し過ぎるだろ。
「話してくれてありがとな……」
「そんな。こっちこそこんなつまんない話……最後まで聞いてくれてありがとう。なんでだろう、生田君にだけは聞いて欲しくなっちゃったの……。裕理にだってまだ話してないのに」
そう言うと野上は頭に手をやって苦笑した。
きっと今こいつは心の行き場を失ってしまってるんだろう。
そんななか俺なんかを思い出して連絡をくれたんだ……。
「なぁ
「えっ。だめだよ、そんなの……。こんな遅くに生田君のご家族に悪いもの」
「あぁ、それは大丈夫。俺、ひとり暮らしだから」
と、自分で言っておきながら直後違和感に首を傾げる。
いや、逆に大丈夫じゃないのか? そう思い慌てて補足する。
「違うんだ、古い家だけど部屋だけは余ってるし、絶対変なことはしねぇからそういう意味でも大丈夫だって意味で、って……、あの時
ひとりわちゃわちゃと慌てて言い訳をし始めた俺が可笑しかったのか、野上は大きな目をぱちくりさせると、直後ぷっと吹き出した。
「ふふ、疑ってないから大丈夫。それにね……、実はあの時わたし……すこしだけ救われた気がしたの」
そう言うと野上は空を見上げ優し気に目を細める。
その時、俺は今日彼女が初めて本当の意味で笑ったような気がした。
インスタントコーヒーにコポコポと湧いた湯を注ぎながら、居間の方へ横目を流す。
そこにはやっぱり野上がいて、彼女も落ち着かないのだろうか、きょろきょろと所在無げにちょこんと斜め座りをしていた。
不思議な感覚だ。
心臓がトントンと小刻みなリズムを刻んでいる。
理由はなんとなく分かってて、たぶん俺が野上という人間を知らないからなのだと思う。
ただ、それだけとも言いきれないソワソワした感覚もあって。
それは彼女に恋愛的な感情を抱いているからなのか、それとも本能的に性的な対象として見てしまっているからなのか。
はたまた、そのどちらもか……。
でも今はそんなことよりもっと優先すべきことがある。
「悪いな。来るって分かってたらもう少し準備しといたんだけど。クラッカーとか」
俺はコーヒーカップをそのまま背の低い円卓テーブルにトンと置くと、野上の正面にどすっとあぐらをかく。
小さなテーブルにはコンビニで買ったケーキが二つ並んでいた。
「クラッカーなんてこんな時間にご近所迷惑だよ。それに美味しそうなケーキも買ってもらったしコーヒーだって入れてくれてもう十分満足」
野上はカップを手に取ると猫舌なのだろうか、フーフーと口をすぼませながらちびちびと流し込んでゆく。
背を丸めた可愛らしいその姿にほっこりと目を細めながら、俺は「誕生日おめでとう」と改めて野上を祝福した。
「なんだか古民家みたいで素敵なお
「みたいじゃなくて古民家そのものだっての。歩いて分かったろ、廊下なんて今にも抜け落ちそうだしよ」
「たしかに、すこしだけ恐かったかも。でもそれがまたいい味を出してると思うなぁ」
そう言うと野上はクスっと笑う。
「そうか? 俺はにはよく分かんねぇけど。……と、あと風呂だよな。悪いんだけど湯は沸かしてねぇんだ。シャワーで良かったら浴びてこいよ」
「じゃあ、うん、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
「ああ。バスタオルは置いてあるのを自由に使ってくれていいし、あと、トリートメントとかそういうのはないから」
すくっと立ち上がった野上の背中越しに声を掛けると、野上はここに入ってるから大丈夫という意味か、バッグをひょいと持ち上げ、にこっと微笑んだ。
その後、浴室へ続く洗面所のドアがパタンと静かに閉まる。
直後、俺はまるで糸が切れたように「ふぅっ」と大きな溜息を吐くと、ドカッと大の字に寝っ転がった。
なんだこれ、どっと疲れたんだけど。
っつうか、急にいろんな情報が入ってきてどう処理していいか分かんねぇ。
と、そうこうしているうちに野上がシャワーを浴び始めたであろうぴちゃぴちゃという音が聞こえ始める。
余計な想像をしまいとすればするほど、時計のカチカチという音や冷蔵庫のジーという音と共に、浴室から聞こえてくる音がどうしても離れてくれなかった。
聞きたいわけじゃない。
狭いし建付けも古いから、どうしたって音が漏れ聞こえるんだ……。
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