第3章
第10話 なんで俺が
翌週の火曜、昼休み。
俺たちはいつもの面子に野上と須藤を加えた5人で机を囲んでいた。ちなみに最近ではこの光景もよくある日常のひとコマだ。
そんななか、植草が驚嘆の声をあげる。
「マジかぁ。まさかあの綾瀬が生田の
元々の話題は俺と野上が偶然街で会ったことだった(もちろんプレゼントのくだりは伏せて)のだが、その際
「その口振りだと植草はその綾瀬さんのことを知ってるみたいだけど。隣のクラスなのに仲が良かったわけ?」
このなかで唯一莉緒と面識の無い須藤が問いかけると植草は首を
「そういうわけじゃねぇよ。けど綾瀬、結構モテてたから俺らん中で有名人っつうか。実際うちのクラスの奴や知り合いもまあまあの数が告ってフラれてるしな」
不思議なことに確かに莉緒は昔からなぜかよくモテた。同中だった九条と俺は同時に目を合わせると、うんうんと頷き合う。
「じゃあ結構可愛い子なんだ。葵は実際に会ったんでしょ? どうだったの」
「えっ。うーんどうかな、会ったっていってもほんの一瞬だったし……深めに帽子も被ってたから。でもたぶんすごく可愛いひとだったとは思う」
苦笑いし小首を傾げる野上。どっちかといえばキャラの方が色濃く記憶に残っていることだろう。
「で、フる時には必ず『好きな人がいるから』ってのが
別にいい思い出でも無いだろうに、植草はまるで昔話を懐かしむかのように腕組みをしてひとり頷き始める。
「へぇ。で、結局誰か分かったのかよ」
そんな話、
するとまるでお手上げと言わんばかりに大げさに背もたれにもたれ掛かると、手をパタパタと横に振る植草。
「バスケ部の三年ってのが一番濃い線だったんだけど、その先輩が
「どんな奴って……」
改めて聞かれると
「そうだな、しいて言うなら自己中でマイペ、っ
なぜか突如頭頂部にゴツという衝撃を覚えた俺は、座ったまま背後を振り返る。すると見覚えのある顔が俺を見下ろしていた。
「誰が自己中でマイペなのよ」
「って、なんでお前がここにっ!?」
そう、俺の背後に立っていたのは
その瞬間、その場にいた全員が驚きおののく。
っつうかいつからいたのお前?
「言ってたでしょ。野上さんに会いに来たのよ」
莉緒は俺に向けふんと鼻を鳴らすやコロッと表情を変え「九条君、久しぶり~」とにこやかに九条と手を振り合ったあと、今度は須藤に対して笑顔で軽く会釈を挟みつつ、野上へと歩み寄った。
するとどこから持ってきたのか植草がさっと野上の横に椅子をセットし莉緒に着座を勧める。
一瞬で全員となんらかのコミュニケーションを終えたその一連動作の滑らかさたるや……。
「あなたが植草君よね、さすが
そう言ってすりすりと手を
その後はもう莉緒ペースだ。まるで名司会者の如く、皆を巻き込んでは和気あいあいと話し始めてしまう始末。
そんな傍らで、窓際に座る
「どうかしたのか?」
するとなぜか九条は廊下から身を隠すように屈みつつ、俺に顔を近づけてきた。
「(あっち。さっきから僕らを見てる気がして。ほら、柱の陰にひとりいるでしょ)」
言われるがまま、俺も窓から身を隠しながらちらっと覗き見る。
するとたしかにひとりの男子生徒が……。少し明るめのミディアムヘアで一見爽やかそうに見えるそいつはなぜかそわそわとしているように映った。
誰かに声をかけようと出待ちでもしてんのか?
そう思ったがその後ほどなくして予鈴が鳴ったため、
「ごめんね、お待たせ」
放課後、須藤と別れの挨拶を済ませた野上が廊下で待っていた俺に駆け寄ってくる。バレー部の須藤はこれから部活があるのだろう、大きめのショルダーバッグを肩に掛けせかせかと準備を進めているようだ。
その後、少しだけ職員室に顔を出すという野上に先んじて下駄箱で靴を履き替えた俺は一瞬誰かの視線を感じた気がして周囲を見渡す。
と言っても……下校時だ、その視線がどこからかなど、この大勢のなか分かるはずもない。
「(もしかして昼間のあいつか?)」
直感的に昼のことを思い出す。
あいつが誰に用があったのか、というよりそもそも俺たちの誰かとも限らないが……。
そんなことを考えながら昇降口の傍らで待っていると、ほどなくして野上が戻ってくる。
「ちょっと待っててね、すぐに靴、履き替えるから」
そう言うと、野上は足早に下駄箱へと向かい靴を取り出し始めた。
俺は壁に背を預けたままその姿をぼーっと眺める。
野上は背中まで伸びるさらさらの髪の一片をするりと口許に垂らしながら、
その時、短めのスカートから白く艶めかしい太股が大胆にも露出し、際どくその奥まで見えそうになる。
その無防備な姿を見た俺は所在無くふいと顔を横にやると、鞄に忍ばせているはずのプレゼント袋を再確認し意識を逸らせた。
そう、今日俺は
学校から俺たちが別れる三叉路近くまで街路樹通りが続く。
野上からはその道中にある場所へ連れて行くと言われていたのだが……。
「そろそろだったと思うんだけど。あ、あの辺り、怪しいかも」
ひらりとスカートを揺らしながら駆けだす野上の後を追いかけると、通りを少しだけ脇に逸れた場所に小川が流れており、その川を跨ぐちいさな橋を渡ると一段低い、どうやら他から死角になっている場所があった。
「へぇ、すげぇな」
なるほど、そこには大きな桜の木が立っており、満開であればさぞ眺めの良い景色だったことだろう。
その時、ふと疑問が口をついて出る。
「けど、野上はなんでこんな場所知ってんだよ?」
「えっ……、それは……その。なんでだろうね」
言いにくそうにあははと苦笑いを浮かべる野上を怪しく思った俺は思考を巡らせ、すぐに理解に至る。
つうかこんな雰囲気のある場所でなんて一つしかねぇだろ。多分前の彼氏とデートでもしたんだろう。ただ、いまそのことを口にするのは流石にダメだろうけどな。
「たぶん違うからっ。告白されたことがあるの、ここで」
まるでお見通しとばかりに別の暴露をし始める野上。
「ああ、そういうことか」
確かにそっちの線もあったな。
と、そのとき野上の顔がかぁっと赤くなっていることに気付く。
「勘違いしないでねっ。その、いまから告白する……とかじゃないから。っていうか……もうっ、なんでこうなっちゃうかなぁ」
顔を赤らめたかと思うと今度は嘆息し頬を膨らませてしまった。
俺は場の雰囲気を変えるべく、鞄からビニル製の小袋を取り出すと野上に差し出すことにする。
「ほら、これ。誕生日おめでとう」
「ってまた急に。雰囲気もなにもないじゃない……。でも、ありがとう……」
依然として頬を膨らませたままではあったが野上は俺からラッピングされた小袋を受け取ると、リボンに指を掛けつつちろっと視線を投げてくる。
「ねぇ、開けてもいい?」
「いいに決まってんだろ。っつうか中身知ってんだろうに」
そもそも一緒に買ったのになんで今日渡さなきゃいけないんだ。俺なら貰えるものは早く貰いたいけどな、などと内心独り言ちるも、野上はもはや聞く耳を持っていないらしい。
するりとリボンを
その嬉しそうな表情に自然とこちらの頬も緩むものの、次の瞬間首を傾げる事態が起こる。
「じゃあ、はい」
何を思ったのか、野上がヘアゴムを俺に差し出してきたのだ。
反射的に受け取ってしまったものの意味が分からずに立ち呆ける俺。
一方の野上は手際良くサイドの髪を一定の束で寄り分けると器用にツイストし始め、そしておそらくセットが終わったのだろう、髪を両手で縛ったまま顔を近づけてくる。
「このあたりで結んで欲しいんだけど」
「は? いや、無理だろっ……。やったことねぇし、っていうかなんで俺が」
「だって……。ただ渡されるだけなんてちょっと味気ないもの。大丈夫よ、ただ結ぶだけだから」
簡単だと言っておきながら、野上の声が少し
それによく見ると伏し目がちに瞳を潤ませた野上の頬は明らかに真っ赤に染まっているようで。
くそ、自分も恥ずかしいくらいならやんなきゃいいじゃねぇかよ……。
内心そう愚痴るものの、今日は野上から「お願い」だと聞いていたこともあり、もはや互いに逃げ場を失っているのだろう。
そう悟り腹を括った俺は、少し膝を折り曲げると野上の艶やかな髪に向け手を伸ばした。
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