第2章

第7話 どこ行くんだよ


「お前なんでそんな恰好してんの? せっかく着替えんならジャージとかもっと楽な格好でりゃ良かったのに」


 隣りを歩く莉緒りおはロゴTとベージュの短手スカートの上下に、下は白の靴下とローファーを合わせた服装で黒のキャップを深めに被っていた。


 それはどう見ても他所行よそゆきの恰好で、制服姿の俺に対しアンバランスも甚だしいと言わざるを得ない。

 

「そんな恰好かっこでこんな場所とこ来れるわけないでしょ? もし学校の誰かに見られでもしたらどうすんのよ。明日から学校に行けないじゃない」


 莉緒はわざとらしく溜息を吐き出すと、これまたわざとらしくブルルッと身震いをして見せる。


 さて、今日は四月も下旬に差し掛からんとする土曜、小春日和の午後。

 午前で授業を終えたあと、一時帰宅後に合流した俺と莉緒俺たちは二人で街へと繰り出していた。


 最寄りから数駅にあるこの街は都心部と郊外を繋ぐハブ機能を備えており、つまり人が多く集まる場所=必要なものは一通り揃うということでうちの生徒やつらがよく利用するエリアでもある。

 

 で、なぜ俺たちが二人こんな場所にいるのか。

 もちろん目的も無く莉緒りおと二人で出掛けるなどあるはずもないわけで——




「ちょっと。ちょっと生田」


 昼休み。屋上から教室へ戻る道中でまるで待ち伏せでもしていたかのように階段脇から突如姿を現した須藤すどうがちょいちょいと声を掛けてくる。


「なんだよわざわざこんな場所で」


「察しなさいよ、教室だとあおいに聞かれちゃうでしょ? ほんっと、ここんとこ放課後だって毎日一緒に帰ってるしさぁ。あんたたち一緒にい過ぎなの、よ……って待ちなさいよっ」


 愚痴る須藤の脇をささっとすり抜けようとした俺の袖を力強く引っ張ると、須藤に廊下端まで追いやられる。



「なんだよ。野上に聞かれるとマズい話って」


「別にマズいってほどじゃないんだけど……。生田は葵になにか渡すつもりなのかなぁと思って」


「渡す? ちょっと待て須藤。先に用件を言えよ」


「だから用件を述べてんじゃないのよ。って、もしかして葵から聞いてないの? あんなに毎日毎日一緒に帰ってるのに?」


 まるで信じられない、そう言わんばかりに須藤は鳩みたく目を丸くする。


 野上に内緒で準備して渡すもの……ねぇ。


「金か?」


 幼い頃、よく婆ちゃんから親には内緒でって小遣いを握らされたもんだ。


「違うわよ!! 内緒で渡すものと言えば誕生日プレゼントに決まってんでしょ!?」


「そんな怒んなよ。冗談だよ冗談」


「ったく……あんたが言うと冗談に聞こえないのよ。でもやっぱその感じだと聞いてないみたいね」


「まあ、そりゃそうじゃねぇの? 俺ら付き合ってるわけでもないし」


 普通ただの友達にわざわざ催促する様な真似しねぇだろ。


「それはそうかもだけど……。この前の話、ここんとこあの子ちょっと落ち込んでたじゃない? だからわたしとしては元気づけてあげたいっていうか、最近仲良しの生田あんたからプレゼントを貰ったらきっと喜ぶと思うのよね。まあ無理にとは言わないけどほんとちょっとしたものでいいの。だからお願い。ねっ」




——と、拝み倒され……。きたる4月26日、つまり来週の火曜が野上の誕生日らしく。今週末を逃すと買いに行くことすら難しくなるため、取り急ぎ莉緒りおに相談した結果、街へ出ることになったわけだ。


 こういうのはやっぱ気持ちだろうし、せっかく渡すんならネットで買うのもなんか味気ないしな。


「でもさ、女友達にプレゼントするやつってちょっとキザじゃねぇかな」


「それは二人の関係性によると思うけど。例えば少し高価なボールペンくらいなら友達として日頃の感謝を伝えられるとは思わない?」


「まあ、たしかに。そうかも」


「あと、もし友達以上の関係に進みたいなら思い切って身につける物アクセってのもナシではないと思う。ただ相手にそういう気が無かったら関係が崩れかねないから注意ね」


「なるほどなぁ……、やっぱお前に相談して良かったわ。でも彼氏がいたこともないのによくそんなこと分かるのな。っぇ……」


 言った瞬間、脇腹に重い一撃がめり込んでいた。


「ったく、褒めるなら最後までしっかり褒めきりなさいよね。で、一真かずまはその野上さんと今後どうなりたいとかあるわけ?」


「別に……なにも考えてねぇよ。そもそも付き合うとかよく分かんねぇし、あっちだってそんな気はないと思うしさ」


「ふぅん……。じゃあ単純に日頃の感謝ってことでいいんじゃない? さっき言ったみたく定番は文具系とか、あとバスグッズなんてのも人気ね。取りあえず近くに複合雑貨店があるから行ってみましょうよ」


「そうだな。……どうした莉緒りお?」


 急にとある方向を向いたまま立ち止まる莉緒。


「あそこ……。うちの制服の子、なんかこっち見てない?」


 言われるがまま莉緒の視線を追いかけてみると、そこには女子生徒がひとり佇んでいた——


「野上」


「うそ、あのが野上さん!?」


「ああ……。おいっ、野上!」


 明らかにこっちを見ていたはずなのに野上は声を掛けられたことに驚いたのだろうか、その肩がぴくりと跳ねる。


 どうやら野上あっちから近づいて来る気はないらしく、俺のほうから駆け寄ることにした。


「お前も来てたのかよ。奇遇だな」


「え、う、うん……そう、だね」


「なにか探し物か? まだ何も買ってないみてぇだけど」


「ちょっとね、参考書を見に来たの……。生田君は……って見たらわかるか。じゃ、じゃあっ、わたしもう行くからっ。ごめんね、お邪魔しました」


「は?」


 まるで作ったようなにへら顔で莉緒に向けさっとお辞儀をすると、なぜかそそくさと立ち去ろうとする野上。


 その態度に妙な空気を感じ取った俺はすれ違いざま無意識に野上のか細い腕を掴んでいた。


「えっ。どう……したの?」


「あ、っと……悪い」


 ちょっと強く握り過ぎたかも。そう思い掴んでいた腕をぱっと離す。


「どうしたのって。お前、なんで行こうとすんだよ。会ったばっかなのに」


「え。でも、だって……」


 また妙なにへら顔で莉緒りおに愛想を振りまくと、野上はなにかを察しろという意味か俺に対しては困惑の表情を向けてくる。

 そこで遅まきながらやっと理解する。


「お前、なんか勘違いしてないか? こいつは莉緒りお。俺たちは従兄妹いとこだ」


「えっ……いと、こ?」


 そう言うと、野上は大きな目をぱちくりとさせた。




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