第6話 そのうち分かるだろ


 葵の話だとたしか屋上に着くと生田がいたってことだったけど……その姿は見えない。


 でも九条君とのやり取りからも絶対ここにはいるはず——。

 そう思い辺りを見回すと、ふと入り口ドア周りが一段高くなっていることに気付いた。


 あそこね。

 はいはい分かってるわよ、どうせ姿を現すのは葵みたく特別可愛い子だけでわたしみたいなの五月蠅いのは選外なんでしょ。


 ほんとどいつもこいつも。

 

 元はといえばあいつよっ、浮気を目撃されといてその場で葵を無視した志賀しが! あいつだけは絶対に許さないんだから……。


 と、その時妙案を思いつく。


 そうね、本当に生田が葵の言う通りの奴ならきっと——。


 そう思い、わたしはフェンスに向かって歩き始めた。


    *


 きょろきょろと誰かを探している様子の須藤を上から眺めながら、この前野上が話してきたことを思い出す。


 確かあいつと野上は1年からの親友で……なんかの噂のせいで俺をよく思ってないんだったか。

 って、なんかってなんだよ。肝心なところをぼかすんじゃねぇよ。


 ま、別にどうでもいいや。

 要は関わんなきゃそもそも何も起こらねぇわけだし。


 そう思いごろりと塔屋で寝ころんでいると……。


「きゃぁっ!!」


 救難信号とも取れる突然の悲鳴に肩がびくりと跳ねる。なにごとかと思い勢い良く上体を起こすと——。


「っば! なにやってんだよあいつはっ」


 あろうかことかフェンスを乗り越えてしまった須藤が、フェンス網を掴んだままヘナヘナと膝から崩れ落ちていた。

 外を覗き急に怖くなった口だろう。


「おいっ、大丈夫か!? すぐ行くから絶対そこ動くなよ!」


 言うや塔屋から飛び降りフェンスへと駆ける。

 対する須藤は人形みたくコクコクと頷くのが精一杯の模様。


 ったくなんなんだよっ! 最近こんなのばっか。



 もうここに来んのやめようかな……。





「あ、ありがと……ぅ」


 興奮覚めやらぬ様子の須藤はヘタリこんだままバツの悪そうな顔をしていた。


「なんでフェンスなんて乗り越えたんだよ」


「それは……あ、あんたがすぐに出てこないからでしょっ。わたしはあんたを驚かせてやろうと思って」


 相変わらず視線を合わせようとせず、俯き加減でボソる須藤。


「驚かせてどうすんだよ。そもそもいるのが分かってんなら呼べば良かったろ? なにもわざわざあんな危ない場所とこによ。お前バカなのか?」


「バ、バカで悪かったわね! わたしだって分かってたらやらなかったわよっ、バカっ」


 言うや須藤は両腕を抱えブルッと身震いした。


 はぁ。

 俺は大袈裟に溜息を吐き出すと冷静を保つため深めに息を吸い込んだ。


「で? なんだよ。用……っつうよりどっちかといや俺に言いたいことがあんだろ?」


「なによそれ、俺は葵から聞いてるぜアピールってわけ? はん、だったら話が早いわ」


 どうやら少しばかり落ち着きを取り戻したらしい。調子の出てきた須藤は立ち上がって一歩俺に歩み寄るとズイと顔を突き出してくる。

 

「生田。あんたなんで葵に近づいたのよ?」


「なんでって。別に俺だって好きで近づいたわけじゃねぇよ」


 なんだよ野上の奴、なにも言ってねぇの?

 と内心ボヤキつつも俺だってまだ九条たちに話してないんだけど。

 というか誰かに話す時にキスのくだりが邪魔なんだよなぁ。


「じゃあなに? ここで偶然会って、ただ馬が合ったってわけ? 嘘つきなさいよっ」


 適当なことを言えば許さないとばかりに、ギロリと睨みつけられる。


「馬が合ったってのは多分間違ってねぇよ。それに俺があいつに構うのは、あいつがを必要としてんじゃねぇかなって。だからなんとなく放っておけないだけで……」


「は? 葵が誰かを必要とする理由って……なによ」


「それは俺が逆に聞きてぇよ。ただ、多分だけど浮気されたこととは関係ないと思う。お前あいつの親友なんだろ? なにか思い当たることとかないのかよ」


「浮気以外で……思い当たる、こと?」


 問いかけに対し須藤は顎に手をやり唸り込んでしまった。

 そこで逆に須藤が心から野上を想ってることを理解出来た俺は肝要な部分を告げる事にする。


「二週間ほど前な。野上の奴、あそこで……お前がさっき喚いてた場所で多分飛び降りようとしてたんだ」


「葵が!? う、うそでしょ!?」


「いや、厳密にはしてたように見えた、だ。それにあいつ自身そんなつもりはなかったって言ってたし。だけど俺にはそうは見えなかった」


 須藤は瞬きすることなく、唾をゴクリと飲む。


「その話……。葵が飛び降りようとしてたかもしれないって話だけど……」


 須藤の顔つきは明らかに先ほどとは異なっていた。それはきっとなにか思い当たる節があったからなのだろう。


「確かに最近葵の様子が少し変だったかも……って。確信はないけど、うん、たぶん……」


 自分の思考を後押しするかのように二度三度首を縦に振る須藤。


「わたし、てっきり浮気されたあの一件から元気が無いんだと思ってた。けど……よくよく考えてみたら浮気される前から時々おかしな時があった……かも……」


「おいっ。それ、どういうことだよ?」


「ちょ、ちょっと急かさないでよ。わたしだっていま少し混乱してるんだから」


 そう言った後、須藤はかなりの時間黙り込んでしまった。

 そしてやっと口を開くも……。


「悪いけどやっぱり不確かなことは言えない。それにまだアンタのこと信用したわけじゃないし」


「そうかよ」


 まあ別にいいけど。どっちにしろ俺のやることは変わんねぇし。


「それはそうと……。あんたさっき葵のことを放っておけないって言ってたじゃない? それ、信じていいのよね? ほんとに悪いことしようとして近づいたんじゃないって」


「そんなのお前が自分で判断しろよ。俺が嘘ついてるかも知れねぇだろ」


「私はあんたの口から聞きたいのよっ」


 須藤が混じり気の無い目で俺を見つめてくる。


「……ああ。別に信じてくれていいよ。だけど、そんな大それた話じゃないからな。今はなんとなく放っておけないってだけだからよ」


「分かった。一旦あんたのこと信じてみることにする。でも裏切ったら絶対に許さないから」


 そう言い残し一度は踵を返そうとした須藤だったが、何か言い忘れたのかまたこちらへと向き直す。


「あ。あと、中学の時の噂。あんたが教室だか学校だかで暴れ回ったって話を友達から聞いたんだけど。それって本当?」


 なるほど野上の言ってた噂はそれか。

 だったらこいつが俺のこと警戒してるのも納得ってもんだ。


 まあ中学の奴は大概が知ってることだし今更隠したって意味がないしな。


「ああ。本当だよ」


「へぇ、あっさり認めるんだ。ちなみにそれって九条君と関係があったりする?」


「え……」


 人間いきなり核心を突かれると思考が停止してしまうものらしい……。


 しばらくのあいだ何も返せずにいた俺に先んじて須藤が冷めた顔で口を開く。


「どうでもいいわ。その話、もう興味なくなったから」


 そう言い残すと須藤は、今度こそ用は済んだとばかりに屋上から出ていってしまった。



 なんであいつが九条のこと……。



 

 残された俺は一人風に吹かれながら思う。


 間近で見た須藤は、思った以上に胸がでかい。 



    *



 その日の放課後、俺は野上に誘われ二人で下校していた。

 もちろん話題は昼の一件だ。


「お昼はごめんね。裕理から聞いたよ」


 隣を歩く野上が気まずそうに視線を投げかけてくる。


「ああ。あいつなんか言ってた?」


「うん。生田君は思ったほど悪い人じゃなかったって、そう言ってた」


 っつうか思ったほどってなんだよ思ったほどって。助けてやった恩を忘れやがって。


「逆に生田君は裕理から、その……変なこと言われなかった?」


 恐る恐るといった感じで野上が覗き込んでくる。


「別に。お前に悪いことしないでって釘刺されただけだし」


「やっぱりなぁ……。嫌な気持ちにさせてごめんね。裕理、思い込むと止まらなくて。でもほんとに悪い子じゃないのっ。だから……」


「んなこと分かってるから大丈夫だよ。それより良かったじゃん、いい友達がいて」


「生田君……」


 須藤がそうであるように、野上も須藤を大切に想ってるのだろう。


「なぁ、俺の中学ん時の噂。実はお前も聞いてるんだろ?」


「あぁ、それは……うん。なんとなくは……聞いてるよ」


「お前は気にならねぇのか?」


「えっ。わたしは全然気にならないよ。もしその噂が本当だったとしても、わたしの知ってる生田君はいい人だもの」


 野上は意外なことを聞かれたかのようにきょとんとする。

 その反応に少しだけ頬の緩む自分がいた。


「いい人って。なんでそう思うんだよ」


「なんでって。まだちゃんと話すようになってたったの2週間だけど、それくらい分かるよ。生田君は絶対にいい人」


 迷いの無い琥珀色の目を真っすぐに向けられた俺は咄嗟に言葉を返すことが出来ず、変な間が空いてしまう。


 そうこうしている内にいつの間にか別れの三叉路に差し掛かる。


「っと、そろそろだな」


「うん。ここでお別れだね……。あ、そうだ」 


 野上が何かを思い出したように鞄から携帯を取り出す。


「生田君。もし良かったらSNS……交換しない?」


 確かに今日みたいのがあった時に備えて俺も野上のを知っておきたいところではあるが……。


「別にいいけど、明日にしようぜ。お願いは1日1回だけだろ?」


「うそっ、ずるい! こんなことでもお願い使わせるの??」 


 俺が冗談めかして言うと、野上は拗ねた様に口を尖らせつつも、なぜか少しだけ嬉しそうに見えた。


「じゃあな、また明日」


「うん……。また明日」


 お互い背を向けて歩き出したあと、振り返り野上の背中を見送る。

 すると少し遅れて野上も振り返り手を振ってきた。


 そのあどけない笑顔に頬が緩む。



 結局のとこ、あの時屋上で感じたものはなんだったんだろうか。


 まっ、いいか。

 もう少しはっきりするまで、それまではこの関係を続けてみればいいだけだ。


 そうしてるうちに、胸がこんなにむず痒くなる理由もきっと分かるだろうから。



(1章了)




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