第5話 絶対に暴いてやる


「葵ってば最近あいつと仲良いじゃん。なんで?」


 あの日からもう彼是2週間が過ぎようとしていたお昼休み。

 友人の裕理ゆりはまるで問い詰めるかのようにそう切り出すと、教室で談笑する生田君へと顔を向ける。


 裕理とは1年から同じクラスだ。

 ふわりと明るめのショートボブが特徴的な、小柄で明るい世話好きの女の子。


 わたしは裕理ゆりを親友だと思っているし、きっと彼女もそう思ってくれていると思う。


 だからこそ、今明らかに生田君を敵視するかの様な彼女の物言いはたぶんわたしを想ってくれてのことで。それは分かってるんだけど……。


「なんでって、生田君はすごくいい人だもの」


 本心からそう告げるも、なぜか「はぁ」と大きめの溜息を返されてしまう。


「もうっ、駄目だよもっと警戒しなきゃ。葵は知らないかもだけど、生田って中学の時かなり素行が悪かったみたいなのよ」


「そんなのただの噂だと思うけど……。裕理だって生田君がなにか悪さしてるのを見たわけじゃないでしょ? 彼、すごく真面目だよ?」


 わたしはまた生田君へと視線を戻す。

 そう、彼はいつだって自然体だ。嘘を言わない代わりにおべっかも言わない。あとたまにしか見せないけれど、実は笑った顔がすごく可愛いかったりする。


「ちょっと葵、聞いてるの!?」


 おっと、知らぬ間に自分の世界に入ってたみたい……。わたしは緩みかけていた頬を両手でくいと押し戻すと裕理のほうへ向き直した。


「ごめんね、なんだっけ」


「だからっ。あいつと同じ中学だった子が言ってたのよ。教室でめちゃくちゃに暴れたヤバイ奴だって」


「そ、そうなんだ……めちゃくちゃに、ねぇ……」


 確かにあのガッチリとした身体で暴れ回ったら危険ではありそうだけど……。ただ、逆に生田君が暴れてる姿などひとつも想像できない。


 そういえば中学の時の生田君はどんな感じだったんだろう。

 元々身長は高いほうだったのかな。あ、実は野球部で坊主頭だったとかっ。うん、それはそれで似合いそうかも?


「ちょっと、葵?」


「あっ、ごめんごめん。でも生田君はすごく優しいよ? それにもしそんなに素行の悪い人だったらきっとここにはいないんじゃないかな」


 うちはまずまずいい学校だと思うし。


「そ、そんなの。何かカラクリがあるかもしれないじゃない」


「カラクリって……。たとえばどんなの?」


「それは、えっと……そうよ、カラクリはカラクリよっ。そんなことより葵はどんな風にして生田と仲良くなったの? 絶対先生には言わないから正直に話して欲しいの。わたしたち親友でしょ」


「だからどうしてそう悪い方悪い方にいこうとするかなぁ。別に生田君とは普通にだよ。普通に話してたら気があったの。それだけ」


「じゃあいつどこで仲良くなったのよ? わたし、葵が教室で生田と話してるとこなんて見たことないもの」


「そ、それはぁ……」


 うぅ、なんて言おう。

 

「えっとね、たぶん裕理も覚えてると思うんだけど。わたし、ちょっと変な感じの日があったでしょ?」


「あぁ、もちろん覚えてるわよ。あの時の葵、すっごく落ち込んでたもの」


「うん……。でね、実はあの日少し風に当たりたいなぁと思って屋上へ行ってみたの。そうしたら先に生田君がいて。あっ、偶然だねって」


「屋上ねぇ——。っていうか、たしか屋上って立ち入り禁止じゃなかった? そんなとこにいるって、やっぱヤバい奴じゃん」


「だ、だからどうしてそうなるのよ。わたしも行ったんだってば……」


「だって葵はその日だけでしょ? あいつはきっと常習犯に決まってるもの。なるほど、やっぱりね……」


「ちょっと裕理、違うのっ。わたしもそのあと何回か——」


 と、その後なんとか挽回しようとするも、もう既に聞く耳を持ってくれないらしく、手早く次の授業の準備をし始めてしまう裕理。


 はぁ……。こうなると駄目だ。

 わたしは内心で大きめの溜息を吐き、ちいさく肩を落とした。



   ☆ ☆ ☆(須藤裕理)



 葵は絶対勘違いしてる。

 あの子可愛い上に誰にでも優し過ぎるから、きっと落ち込んでたとこを生田につけ込まれたんだ。そうに決まってる。


 絶対にわたしが化けの皮を剥いでやるんだから。見てなさい——。




 後日、葵が昼休みに職員室へ呼ばれた隙を狙い、わたしは行動を起こすことにした。


 昼食後に席を立った生田に向け、九条君が「また行くの?」と声を掛けているようだ。

 それに対し、へらへらした笑顔で返すと生田はひとり教室から出て行ってしまった。きっと屋上に行ったのね……。


 さて、本丸は後に取っとくとして。

 わたしは口の立ちそうな植草がいないことを確認すると、まずは手始めにと九条君に声を掛けることにする。


「ねぇねぇ九条君? ちょっといいかなぁ」


 声を掛けるのは初めてだから、びっくりされないよう極力優しい感じで話しかけてみると、自席に座っていた彼はふわりとこちらへ振り向き、同時に透き通るような白い肌が目に飛び込んでくる。


「君は——須藤さん、だよね? いいけど、僕に何か用かな?」


 彼はくりっとした大きな目をこちらに向け愛らしくもこくりと首を傾げてみせた。

 やばっ。間近で見ると超可愛いんだけどっっ。


 って、見惚れてる場合じゃなかったわね。


「ごめんね急に話しかけて。ちょっと聞きたい事があるんだけど」


 そう前置きをし続ける。


「九条君って生田といつも一緒にいるじゃない? 二人って仲がいいの?」


「え? まあ、そうだね。僕らは中学からの友達だし」


「えっ……、そうなの?」


 これはまさに棚ぼたというやつだ。中学からの友達ってことは——きっと例のことも知ってるはず。


「あのねっ。もし良かったら教えて欲しいんだけど、生田君って中学の時どんな感じだったのかな?」


「どんな感じって……。須藤さん。それ、どういう意味で聞いてるの?」


 言うや明らかに九条君の目つきが変わる……。どうやら警戒させてしまったようだ。


「ごめんね。気を悪くしないで欲しいんだけど、生田君と中学が同じだって子が言ってたのよ。彼、結構素行が悪かったって。例えば教室で暴れ回ったとか、たしか他にもあったと思う。べ、別にわたしはなんとも思ってないんだけど、そういうの聞いちゃうと一応は気にはなるじゃない? 九条君なら分かるでしょ?」


「ごめん、全然分かんない。その子のことはよく知らないけど、生田君ほどいい人は絶対いないから。僕の前で彼の悪口を言うのはやめてくれないかな」


 嘘でしょ……。まるで優しさの権化のような九条君がここまで豹変するなんて……。もはや威圧感すら覚えてしまうほどだ。


「そ、そっか。ごめんね変なこと言って。じゃ、じゃあわたしもう行くから。話聞かせてくれてありがと」


 一応笑顔を振りまいておこう。

 すると九条君は「声おっきくしてごめんね」と申し訳無さそうに視線を外した。


 も、もしかしたら九条君も脅されてるのかもしれないわね。

 こんな可愛い子が悪いわけないもの……。



 その後、わたしは本丸である屋上へ向かう事にする。


 生田が先にいるからだろうか、パッと見は分からないけれどドアノブに引っ掛かる錠前は鍵の機能を果たしていなかった。

  

 重めのドアを押し、屋上に入った瞬間、ぶわっと気持ちいいい風が吹きこんでくる。

 うわぁ、いい場所じゃん。気持ちいいー。


 じゃなかった。


 さて、どう炙り出したものか——。






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