第4話 まるで風のように



「リンリン」


 翌、日曜の午後6時頃。

 夕食の支度をしていると玄関のベルが鳴る。


 今日は豚肉とふわふわ玉子の炒めものにチャレンジしている。つもり……。


 平日晩はバイトの日が多く、遅くなることもありほとんどが惣菜だ。

 だから日曜の晩くらいは自分で作ろうと思っているのだが、てんで上達しないのはいったいなぜなんだ……。


 ふむ。ふわふわでは無くカチカチになっているのは気にしないでおこう。

 そう、食べられりゃいいんだよ。食べられりゃ。


 と、盛り付ける前にベルが鳴ったことを思い出す。

 

 しかし面倒だ。

 うちには来客モニターが無いため、大抵はなんかの宗教とか電気だなんだの売り込みと分かってはいつつも、婆ちゃんのお客さんである可能性も0では無いためベルが鳴ると必ず出るようにしているのだが今日はどうだろうか。

 

 ミシミシと今にも抜け落ちそうに軋む廊下を抜け、今時珍しい引き戸の玄関ドアをガラガラと開ける。


 視線を外に移すと、古びた小さな門の前に立っていたのは従妹いとこ莉緒りおだった。


 こいつは叔母さんの娘で、同じ高校、しかも同学年でもある。

 

「よっ」


 莉緒が笑みを浮かべ、片手をひょいとあげた。


「おう。今日はどうしたんだよ? 差し入れ?」


「うん、ほらこれ。入っていい?」


 紙袋をひょいと掲げ中身を見せてくれる。おぉ、サワラの味噌漬けだ。

 叔母さんはマジで料理上手で俺の師匠でもあるののだが、完全に弟子失格の俺でほんとすみません……。


「ああ、どうぞ。っていうかもう入ってるじゃねぇか」


 莉緒りおは俺の返事など待つまでも無く既に玄関で靴を脱ぎ始めていた。まあいつものことだ。


「おっ、ゴマ油のいい匂いがするね。何作ってたの?」


「豚と卵を炒めてたんだけど全然駄目だわ。やっぱ俺料理の才能ゼロみたい」


「作ろうとするだけエライって。私なんて一切作らないもん」


「なんだそれ。自慢になってねぇだろ」

 

 悪びれる様子も無く莉緒はにたりと頬を緩めると、迷い無く廊下を抜け応接間へと向かってゆく。

 こいつの人と比べない、自分は自分というスタイルは昔から変わらない。


 変わったところと言えば、最近少しばかし女らしくなってきたようなくらいか。


 畳床の応接間に入り、ふと莉緒の姿に視線を移す。

 珍しく春らしいワンピースのようだ。


「どこか遊びに行ってきたのか? っつーか一回帰ったんならいつもみたく部屋着で来れば良かったのに」


「え。ま、まあね。面倒だからそのまま来ちゃった。って、まあいいじゃない。ねっ見て、可愛いくない?」


「え? ああ。まあまあじゃねぇの」


 正直、莉緒は客観的に見て整った容姿ではあると思う。だけどそういう目で見たことがないから可愛いかどうかがピンとこない。

 服は可愛いと思うがそっちを褒めると絶対キレられるからな。


「なぬ? もっとちゃんと見てよ、ほらっ」


 何を思ったか、勢いよくくるりと回転し始める莉緒。薄手のワンピースだ。もちろん裾が外側にふわりと広がってしまう。


「ちょ、おまっ」


 こっちはあぐら掻いてんだぞ、下着が見えんだろっ! と思ったのだがどうやら下にショートパンツを履いていたようで、ほっと胸を撫でおろす。

 なんだよびっくりさせんなよ。


「今ばっちり見てたでしょ。ドキッとしたんじゃん? 下着じゃなくて残念だったとか?」


 してやったりとばかりに莉緒が舌をペロッと出す。


「バ、バカじゃねぇの。ったく、なにがしたいんだよ」


 どうやら俺の反応に満足したらしく、莉緒は足取り軽くその辺の座布団を引っ張ってきて斜め座りをした。


「で? 一真かずまは2年にあがってから友達出来たの?」


 莉緒は急に真顔に戻すと、話を進め始める。

 相変わらずマイペースな奴だ。


「ああ、早くも3人グループ。今年は九条とも同じクラスになったし、植草って面白い奴も友達になってくれてさ」


「へぇ、すごいじゃない。そっか、九条君とも同じクラスになったんだね。わたしも久しぶりに会ってみたいなぁ」


「ああ、あいつも喜ぶんじゃないかな。またそのうち皆で遊ぼうぜ」


「楽しみにしてる。で……ちなみにだけどさ、相変わらず女の子の友達は出来てないよね?」


 なぜか言いにくそうに口をすぼめる莉緒。


「なんだよ相変わらずって失礼な奴だな。まあ……友達って言っていいのか分かんねぇけど、出来たっちゃ出来たぜ」


「ウソっ!? どんな子? 可愛い!?」


「可愛いって、お前それなに目線だよ。うーん、どんな子って言われてもなぁ。野上って奴なんだけど知ってる?」


「野上さん、か。知らないけど、可愛い子?」 


「だから、可愛いかどうかはどうでもいいだろ」


「いいじゃない別に。ちなみにのちなみになんだけど……。その子のこと好きになったとかは……ないよね?」


「は? 別に……よく分かんねぇよ。まだ知り合ったばっかだし」


「煮え切らないなぁ。っていうか一真ってちょっとズレてるとこあるしそもそも聞いても分かんなかったわ。そうだ、今度一真のクラスに遊びに行くから紹介してよ」


「何言ってんのお前。来なくていいよ。ってか来んなよ恥ずかしいし」


 従妹がわざわざ俺の友達に会いに来るって違和感でしかないわ。


「駄目よ。絶対行くから覚悟しといてよね。よし、そうと決まれば作戦練らないと」


「だから何の作戦だよ……ってお前、もう帰んの? え? おいっ、待てよ紙袋! 持って帰んなよ! サワラ!」


 必死に呼び止めるも、既に莉緒の姿はなくギシギシと激しく廊下が弛む音がしたあと、ガラガラバンと激しく玄関の引き戸が開いて締まった。


 うそだろ……。マジでなんなんだよあいつ。


「くそっ、せっかく叔母さんの料理にありつけたと思ったのに……、結局これ食べんのかよ……」


 眼の前にはポツンとフライパンに残る異物。


 その夜、静まり返った部屋で俺は自身の不甲斐なさを噛み締めた。




**************************


次話から平常運転回に戻ります。


 

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