第2話 どうして!?
こちらへ振り向く野上。淡く琥珀がかったその大きな瞳には涙が溜まっているように映る。
やっぱり……。何かあったんだな。
「なぁ、野上」
俺は抑え気味に声を掛けてみる。
だけど、彼女は視線を彷徨わせるばかりで言葉を発しない。
そりゃそうか。
屋上で飛び降りようとする直前、急に知らない奴が現れたんだもんな。
でも絶対死なせたりしない……少なくとも俺の前では。
心臓は高鳴りをあげ、知らぬ間に緊張で震えてしまっていた手をぐっと握りしめると俺は決意を固めた。
「あ、あのさ、人生は長いぞ。これから楽しい事だっていっぱいある……と思うんだ……。だから、なっ」
人生のなんたるかなんて俺に分かるはずもないが、今は極力彼女を刺激せぬよう努めて冷静に聞いたことのありそうなセリフを並べてみる。
「君、なに言って……」
「なにか、その……フラれたとか浮気されたとか、よく分かんねぇけどツラいことがあったんだろ……。でもなんにしたって死んだら全部終わりじゃねぇかよ」
「ちょ、君、うちのクラスの生田君だよね? それ誰から聞いたのっ」
さすが植草、やっぱ当たりか。でも待て……否定しないってことはつまり浮気された挙句フラれもしたってことか?
「いや。さっき、女子連中が話してるのをちょっと小耳に挟んじまったんだけど……」
「うそっ、ってことはもう広がっちゃってるってこと……だよね!?」
彼女の長い睫毛が悲し気に揺れ、直後その表情に驚きと恐れのようなものが入り混じる。
「違うんだ! ただ偶然聞こえてきただけでっ。それにきっとあいつらは言いふらしてるわけじゃないはずで。だってお前のこと可哀そうだって言ってたしさっ」
「でも……実際君は知ってるじゃない。ねぇ……、知ってるのは君だけ? それとも……他にも誰かいるの?」
祈るように、そして見極めるように存在感のある大きな目を真っすぐ俺に向ける野上に対し、元々嘘のつけない質の俺は咄嗟に言葉を出せず怯んでしまう。どうやらその態度を見て理解してしまったようだ。
「やっぱり……ってことはきっともうクラスの皆にも知れ渡っちゃってる、よね……」
絞るように繰り出されたその言葉と共に、野上の瞳から生気が抜け落ちた気がした。
俺なら誰に何を言われたってあんま気になんねぇけどな……。そうか……こいつにとってはさぞツラいことなのだろう。
いったいどうしたらいいんだ。
こういう時、どんな言葉をかけてやるのが正解なんだろうか。莉緒に聞ければなぁ、などと思案している間に彼女の踵がジリっと校舎外へズレる。咄嗟にヤバさを感じ取った俺は無駄な思考を止め、直感的に言葉を弾き出していた。
「待てって……、じゃ、じゃあさ。俺と付き合ってみないか。俺だったら絶対浮気なんてしねぇし、お前のいいところだっていっぱい見つけてやるから。なっ。だから、ゆっくり……こっちに来いよ」
バカかよ、何を血迷ったのかうっかり告白まがいのことをしてしまった。
くっ、絶対友達になろうの方が良かっただろうに。だけど今更撤回なんて出来るわけもない。
「今のって告白? え、なにっ」
彼女は混乱したように瞳を微小に震わせると、ふいに屋上の外へと視線を移動させた。
「きゃっ」
下を見て急に怖くなったのだろう。
今度はその瞳に恐怖が宿りガタガタと足が震え始めてしまう。
ヤバイっ!
一刻の猶予も無いと判断した俺は瞬時にフェンスを飛び越えると、彼女と体を入れ替えてガバっと腰から掴み肩に抱きかかえた。
同時に野上の「ひゃ」という浮くような声が小さく響く。
俺は無我夢中で野上を抱きかかえたまま、フェンスの内側へどさっと倒れ込む。
いつつ。とりあえずは助かったな。
そう思い「ふぅ」と小さく嘆息したあと、すぐに野上へ視線を移した。
すると彼女を押し倒す形で馬乗りになってしまっていることに気が付く。
しかも野上の白くて小さな顔がすぐ目の前にあった。
「え……」
俺から見下ろされる格好の野上が小さな声を出す。
彼女の瞳は少し潤みながら真っすぐに俺に向かっているだけで、いったいどんな気持ちなのか分からない。
っていうかこいつ……改めて見ると異常に可愛くないか。
その後数秒間視線がかち合ったあと、なぜか野上は力無く目を瞑った。
え!? これってもしかして……?
俺が告白まがいのことをしたからか?
信じがたい展開だが……、本当に嘘みたいな漫画みたいな展開ではあるが、まさかこんなタイミングでこの時が訪れようとは……。
初めての時はよく歯や鼻がぶつかったりするそうだ。
何かで読んだ情報を思い出し俺は少し歯を控えて唇をすぼめると、顔を正面から少しずらす。合ってるかなこれで。
いや、ちょ、ちょっと待て。一旦考えよう。冷静に。
本当に大丈夫か? 合意ってことでいいんだよな。
曲がりなりにも告白したあとに目を瞑ったんだ。分かんねぇけど、多分キスしなきゃ逆に失礼……なんだよな?
それにフラれたってことは彼氏はいないってことだし。
問題は、まだお互いをよく知らないってことだけ。か?
無理やりに思考を重ねて自分を後押しすると、俺はゆっくりと顔を近づけ彼女の唇に自分の唇を当てた。
その瞬間野上は驚いたように目を開き、また視線がぶつかる。
えっ!? 駄目だった?
そう思った瞬間、野上はまたぎゅっと目を瞑った。
一瞬離れたか離れてないかという表面的な感触からゆっくりと唇を重ねる。
その感触は俺の想像を超える柔らかさで、俺の脳を溶かすのに十分だった。
気付いたら頭がぼーっとしてて……。何秒間そうしていたか分からない。
* * *
今、私キスされてるの?
え、どうして?
告白されて、気づいたら馬乗りされるみたいな感じになってて、どうしたらいいか分からず目を瞑ったあと、なぜか唇が触れた。
その瞬間、意味が分からなくて一瞬目を開いたら生田の真剣な視線とぶつかって……。
なぜか力が抜けてしまい、また目を瞑ってしまった。
なんだろう、嫌なはずなのにとても優しくて温かくて。
同時に内側から何かが解けるかのように体の力が抜けてゆくのを感じた……。
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