第36話 脱出
「うっ!ふぐぐぐっ……!」
「もうちょっと、頑張りなさいよっ。全く、力がないわね」
「う、うるさいっ、お前が重いからだろっ……!」
「何?また殴られたいの?」
「いいから少し黙ってろっ……」
腕を力を入れて彼女を思い切り引き上げる。
思いのほか穴の中は深く、彼女が背を伸ばせばぎりぎり腕が届くといったぐらいだ。
彼女の身長は大体150ぐらいだから中々の深さだったようで、こうして必死になって引っ張っている。
向こうが足を怪我している以上、俺の握力だけで助けないといけないんだけど……。くそう、これは想像以上に力仕事だな……。
とにかく腰に力を入れないと……。
「……あっ!」
「えっ?」
やばい……。
足を支えていた力があっさりとなくなってしまう。
「ちょ、ちょっとっ……!」
何かを訴えるような眼差しでこちらを見てくる手前、それを見送りなが俺の視界はどんどん下に落ちていく。
「うぇっ!」
「きゃっ!」
二つの呻き声が重なり、どしりと重い音が響く。
「な、何してるのよっ!」
「ご、ごめんっ!」
つまりは落ちてしまったのだ。
腰に力を入れるあまり、足元への注意が散漫になっていた。
結果、足を滑らせて俺まで落下してしまうというドジを働いてしまった。
「とにかくまずはどきなさいよっ!重いのよっ!」
「ご、ごめんっ!!」
ほんとに申し訳ない……。
最終的には彼女に叱責されながら、肩車をして彼女を穴から脱出させた。
その後に俺は自力で脱出し、なんとか事なきを得たのだった。
「――さて。それじゃあ早く戻ろうか。お姉さんも心配……はしてないかもしれないけど」
穴から脱出して体力を使い切ってしまったけど、とにかくこれで一安心だ。
「どうして私が帰る前提で話してるの?」
「えっ?」
嘘……だろ?
まさかまだ自殺するつもりでいるのか?
あんだけ話したのに……。俺の努力は一体……。
「ふふっ。顔、面白いわね」
「は?顔?」
「分かりやすく失望してる。そんなに私に死んでほしくないんだね」
「うっ、うっせっ……」
指摘されると余計に恥ずかしくなったのか、顔が少しだけ熱くなる。
「あなたがそこまで言うなら死ぬのはやめてあげるわよ」
「べ、別にそこまで言って……」
「あら?死んでほしくないってあれだけ言ってたくせにそんなこと言うの?わざわざ私を止めにこんなとこまで来て?」
「うぅ…………」
もう恥ずかしいとかそういう問題ではない。こんなのまるで陵辱だよ……。
こいつ。もしかしなくとも、さっきの事を相当根に持ってるな……。
つい感情的になって一方的に言ってしまったけど、これは少し後悔してしまうかも。
「ふふっ、そんなに恥ずかしがらなくていいのよ?だってそれだけ私のことが大切なんでしょ~?」
「う、うるさいっ!と、とにかく早く帰るぞっ」
これ以上煽り続けられたらもう耐えられない。
古今東西、闘いにおいては逃げるが勝ちなのだ。
彼女がもう死なないのは分かったから、もうこれ以上ここに留まる理由なんてないしな。
「早くしないと置いていくぞっ」
「分かってるわよ~」
早々に足を進めると流石に諦めたように後をついてくる。
「――ありがとうね涼真」
「ん?何か言ったか?」
風の音に紛れて、何か彼女の声が聞こえたような気がした。
「え?何?まだいじられたりないの?」
「ち、ちげえよっ!」
なんだ、ただの聞き間違いか。
「そんなに照れなくていいのよ~」
「照れないないからっ」
そうして俺達はいつもと変わらぬ会話をしながら山を降りていくのだった。
(――一瞬、お礼を言われたかと思ったけど。まぁ、こいつがそんなこと言うわけないか)
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