第34話 大人
「私、妹が死んだのよね」
「――え?」
突然の衝撃事実を聞かされて思わず口をポカンと開いてしまう。
「交通事故で死んだの。即死だったみたいよ」
親族が死んだという話を、彼女はこうも淡々と語ってみせる。
彼女の異常性には慣れてきたつもりだけど、流石にこの話題をその表情で話すのは少しだけ恐怖を感じた。
「おかしいでしょ?私?」
「え?」
「妹が死んだっていうのに、涙を流さないのよ」
恐怖を感じてたことが表情にでも出ていたのか、彼女は悲しい目で俺を見てくる。
おかしい、と彼女は表現した。でも俺は、その言葉にどこか胸のつっかりを覚える。
何か違う表現があるような、そんな気がする。
「……いつ亡くなったんだ?」
でもそれを表現できる言葉が見つからず、わざと言葉をそらしてしまう。
「一昨日よ」
「一昨日……?でも、お前普通に学校に……」
記憶上ではこいつは確かに一昨日も学校に来ていた。
普通、身内が亡くなった場合は忌引きで休みになるんじゃないのか?
「そうよ。私は妹が死んだ日も次の日も普通に学校に行ったわ」
驚きを隠せないまま彼女は話を進める。
やはり彼女の態度はどこかおかしい。何か違和感を感じるけど……それが何かやはり分からないままだ。
「――妹が死んだと知った時、私は涙を流さなかった。家族が死んだっていうのに、私は涙も一つも流さなかったのよ」
表情がだんだんと冷たくなる。
話していくごとに彼女の表情は暗く、声色も重くなっていく。
「だから私気づいたのよ。もう私は大人になったんだって。冷徹で、感情のない、そんなつまらない大人になっちゃったんだって」
どこか悲しいような、でもそれは決して妹の死に対してのものではなく、ただ自分が大人になったのだと気づいた悲しみだろう。
だからこそ彼女の表情は悲しく、そして目線は冷たいのだろう。
「――だから私は死のうと思ったのよ。そんな感情もないようなつまらない大人になるなら死んだ方がましよ」
「なるほど……」
以前から言っていた「大人になる前に死ぬ」はやっぱり本気だったのだ。そして妹の死で彼女はそれを確認した。さらに彼女の大人嫌いの理由だって知ることが出来た。
確かに大人に対する、というか社会人に抱くイメージといえば仕事に追われて遊びのない感じがある。つまらない
彼女が大人を嫌う理由はわずかながらに分かるかもしれない。
でも…………納得がいかなかった。
「これで分かったでしょ?今日は大人になったのを確認するためにやったに過ぎないのよ。だから早くここから出しなさいよ」
話はもう終わったのは、彼女は早くここからだすように言ってくる。
「…………」
なんだろうな……。
理由は聞いた。納得は、出来ないけど理解はできた。
でも……なんでだろう……。
やっぱり彼女を死なせたくない。
俺の勝手な我儘なんだろうけど、それでも彼女が死ぬことに悲しい感情が湧いてきた。
決して彼女に対して好きとかそういう感情は抱いてないけど、それでも少なからず好意はある。
友情のそれとはまた少し違うものかもしれないけど、確かに
「――なぁ、どうしてそんなに大人を嫌うんだよ。お前、何か大人に嫌な思い出でもあるのか?」
少しでも時間を稼ぐために――時間を稼ぐことがなんの意味を成すのか分からないけど、それでも何か彼女をつなぎとめられる何かが欲しかった。
「……大人は嫌よ。だってつまらないし、汚いし、醜い。おまけに自由なんて一つもないじゃない。そんなになるぐらいだったら子供のままがよっぽどいいじゃない」
まるで何かを見てきたような様子で彼女は語る。明らかに嫌悪を示しながら。
「でもそれだけじゃないんじゃないか?」
「はぁ?何言ってるの?」
咄嗟に出た言葉に彼女は明らかに敵意をむき出してくる。
彼女にとって大人という存在はもはや親の仇なのではないかと思ってしまう。
「あなたは何も知らないのよ。大人ってのは窮屈なのよ。自由がないのよ。日々社畜として毎日働いて、それでも手に入れられるお金は少しだけ。稼いだ金は国や会社にいっぱいむしり取られるのよ。それに何をするにも金がいるし、責任だってのしかかってくる。そんなものにあなたはなりたいっていうの?」
明らかに俺を軽視するように、冷めた態度で諭してくる。
大人はダメだと。なってはいけないのだと。まるで口うるさいか、政治の演説かのように。
「だからお前のその根拠はどこから来てるんだよ。お前は大人に何かされたのか?」
「は?別に何もされてないわよ」
「だ、だったら……」
「でも沢山聞いてきたし見てきたわ。だからこそ私は大人になんかなりたくないって言ってるのよ」
何か反論しようにも彼女はすぐに口を挟んでくる。
相変わらず彼女の強気な態度には弱いけど、ここまで来たら俺も引き下がれない。
もうこの際だ。
日頃の鬱憤も含めて今の気持ちを全て彼女にぶつけよう。
いつも口論では負けが続いているけど、最後――には絶対にさせないが、少しぐらいは彼女を言い負かしてやりたい。
もう彼女の自殺どうこうは正直関係なくなってきたな。
これは俺の気持ちの問題だ。ただしその結果で彼女の自殺を止めてやろうじゃないか。
――ははっ。
狂ってるように思われるかもしれないが、だんだんと気持ちが高ぶってきたな。楽しくなってきたぞ。
いいよ。やってやろうじゃないか。
次の口論で絶対彼女を負かして自殺を取りやめてやろうじゃないか。
これが俺達のやり方だ。お互いの意見が合わなかったら徹底的に語りあろうじゃないか。
だから、覚悟しておけよ園田詩織っ。
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