第32話 口論
「――大人になるために願いを叶えてきてのか?」
「……えぇ。そうよ」
ここでようやく彼女の本当の気持ちを一つ知ることが出来た。
死ぬまでにやりたいことをやっていたと言っていたがその実、彼女は自分が死ぬために大人になろうとしていたのだ。
よくよく思い返してみればパチンコや車の運転など、年齢的にいえば大人のイメージがあるものばかりやってきた。
今思えば大人になりたくないと言っていた彼女が、大人の真似事をしようとしていたことはすごく違和感があった。
それならばお姉さんに子供と言われて怒っていたことも、ノートにあれだけの願いが書いてあったにも実行したのは少しだけということも納得がいく。
さらに最後に焦って襲ってきたのも、最後の最後にしっかり大人になったという確証を得たかったということだ。
……でもどうして?
大人になるためということは理解できた。
でもどうしてそこまでして大人にならないといけないんだ?
そんなのは死ぬ理由のためにやりたいことを叶えていたみたいじゃないか。理由と動機が全くの逆になっている。
だから、きっとまだ何か理由がある。
死にたいと思わせた何かがあるはずだ。
「……もういいでしょ。理由は全部話した。だからここから早く出して。じゃないと死ねないじゃない」
しばらく考えていると、質問が終わったと思ったのか彼女はすぐにそこから出るのを助けるように言う。
「い、いやもうちょっと……っ」
まだ彼女についてちゃんと理解できていないのだ。
だからここで助けるわけには……。
「何?まだ何かあるわけ?」
「え、えっと…」
やばい。だんだんと俺に対してイライラし始めてきた。
と、とにかくここは聞きたいことを簡潔に……。
「はぁ……。なんなのよさっきから。そもそもどうして今になってそんなこと聞いてくるわけ?あなたには関係ない話でしょ?」
今更なのは確かに分かってる。
でも、それでも俺は……。
「知りたいんだよ!お前のことが!」
「だからさっき全部話したじゃないのよっ!」
「それだけじゃないだろ!それに今の理由はどう考えてもおかしいだろ!」
「何がおかしいっていうのよ!どうしてあなたに私のことを決めつけられなきゃいけないのよ!」
「だってそうだろ!大人になるのが嫌だから死にたいんだろっ!?なのにどうして自分から大人になろうとしてるんだよ!」
「そ、それはっ……」
痛いところを突かれたからか、先ほどまでの勢いが失われて口をつぐんでしまった。
そしてつい熱くなってしまったけど、俺達にはむしろこういう会話の方がいいのかもしれない。
お互い何も気にせずに言いたいことだけを口にする。これが今までの俺達の会話だから。
「それでどうなんだよ?そもそも大人になる前に死にたいって言っていたお前が、どうして死ぬために自分から大人になろうとしてるんだよ。そこが大きく矛盾してるって俺は言いたいんだよ」
弱っている今がチャンスだ。
とにかく思っていることをぶつけるしかない。
俺とこいつの仲だ。今更気遣いなんてのは必要ない。
「……あなたには関係ないっ!」
しかし、ここで一気に彼女の感情が爆発した。
今まで聞いたこともないほどの声量で怒鳴られ、思わずたじろぐ。
「あなたに話す義理も道理もないわ!なんなよさっきから!あなたはただ黙って私の言う通りにしてればいいのに!さっきから逆らってばっかり!あなたは自分の意見なんてないんじゃないの!?いつも周りに流されるだけなんじゃないの!?なのにどうして今更になってっ……!」
……やっぱりそんなことを考えていたのか。
確かに俺は周りに流されて、空気をよみながら生きてきた。
でも……そんな俺でも……。
「やっぱり嫌なんだよ!お前が死ぬのが!お前と二度と会えなくなるのは!だからっ……!せめて俺が納得するような理由を教えてくれよっ!」
彼女に触発されてか、俺もさらに気持ちが爆発してしまう。
本当は気づいてなかった……気づかないように心の奥底にしまっていた気持ちでさえも表に出してしまった。
「何よ!気持ち悪い!もしかして私の事が好きとかそんなのなわけっ!?」
「ちげえよっ!自惚れんなっ!」
「なっ!?死なないでって懇願してきたくせに何をっ……!」
「別に懇願してねぇよっ!ただ納得させろって言ってんだよ!」
「何でわざわざあなたの許可を得てから死なないといけないわけ!?あなた何様のつもりっ!?」
「はっ!お前がそんなこというなら別にいいぜ!どうせそこから出ないとお前は自殺できないんだしなっ!」
「うるさいっ!あなたはいいから黙って私を助けなさいっ!」
「どこの世界に今から死のうとしている奴を助ける人がいるんだよ!」
「口答えしないっ!あなたは私の命令を聞けばいいのよっ!」
「おまっ!それが人に何かものを頼む態度かよっ!」
「えっ?あなたって人だったの?初めて知ったわっ」
「えっ?じゃあお前もしかして今まで人と思ってない奴に話しかけてたの?うわ~っ、寂しい奴じゃんっ」
「はっ?あなた知らないの?世の中にはあなたみたいな人の姿をしたゴミがいるのよ?」
「うわ~!何その設定。中二病ですか~?」
「あら?自己紹介?」
「あぁ?」
「何よ?」
結局、いつの間にか自殺の理由どうこうなど関係なくただの口論になってしまった。
本当はこんな話をしている暇なんてないんだけど、一度始まったらもう止まらない性なのだ。
今回はいつまで続くやら。
それは俺達にも分からないけど、今はとにかく感情を放出させよう。
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