第31話 穴

「最後にお前と少し話したいと思ったから来ただけだよ」


 小さな穴に落ちていた彼女を見下ろしながら俺はそう言う。

 悲鳴が聞こえてもしやと思ったが、どうやらただこの穴に落ちただけのようで安心した。

 とにかく無事に見つかったよかった。

 山の中を駆け回っている時は焦っていたけど、途中人が通ったであるだろう道を見つけた。

 こんな山の中に入るのは彼女ぐらいだろうと思ってそれを辿って、現在に至るというわけだ。


「どうして……」

 どうやら俺が来たことに内心かなり驚いているようだ。

 でもそれ以上にかなり怒っているようで、今にも殺しにかかってきそうなほどの鋭い目つきだった。

 まぁでも彼女が穴の中にいるのが幸いして、俺に襲いかかることもまた逃げられることもなかった。

「言っただろ?お前と話しに来たんだよ」

「……話すことなんて何もないわよ。だからさっさとどこかに行きなさいよ」

「そう言わずに聞いてくれ。どのみちそこから出れないんだろ?」

「……っ」

 舌打ちをされてしまった。

 どうやら相当イラついているみたいだな……。

「とにかくその様子じゃ足もケガしてるんだろ?だったらそこから出してあげるよ」

「なら早く出して」

「でもその前に話しを聞いてくれ」

「…………」

 今度は無視されてしまったな。

 まぁ、この状況だと俺が何を話そうが彼女はただ聞くことしか出ないわけだからな。

 ここは遠慮なく話させてもらおうか。

「なぁ、教えてくれないか?お前はなんで死のうとしてるんだ?」

「…………」

 まぁそう簡単には教えてくれないか。

 だが俺もそれなりに覚悟を決めてきた。

 彼女から理由を聞くまでは彼女を死なせやしないという覚悟を。彼女の人生に干渉するという覚悟を。

「答えたくないならいいけど、そのままだとその穴の中で一日が終わるよ?」

「っ……」

 おぉ。思った以上に動揺している。

 今、彼女が一番優先しているのは今日中に自殺することだ。

 それを材料に交渉すればなんとか話せるのかもしれない。

「…………それを話せば出してくれるのね?」

 しばらく熟考した後、ようやく諦めたように彼女は口を開いた。

「あぁ、俺が聞きたいことが聞けたら手伝うよ」

 一応予防線は張っておこう。

 聞きたいことは一つではないからな。

「それで聞かせてくれないか。死にたいと思った理由を」

 彼女相手に今更気なんて遣わないでいいだろう。

 とにかく直球で聞く。

 言葉を濁せば濁すほど、遠回りしてしまいそうだからな。

 それは彼女がもっとも嫌う行為の一つだから気を付けないといけない。

「――前々から言ってるじゃない。私は大人が大嫌いなの。だから大人になる前に死にたいの」

 確かにそれは以前から彼女が言っていた言葉だ。

 だから死ぬ時は俺も一緒について来いと言う約束があったから、こうして俺は今日彼女と行動を共にしてきた。

 だけど俺はずっと引っかかっていた。

「……どうして今日なんだ?大人になりたくないからって言ったけど、明日には大人になるのか?」

 どうして今日、死のうと思ったのか。

 大人になりたくないから死ぬと言った。

 その部分に関しては、彼女は前々から大人という存在を嫌っているのでまぁ納得できないわけではない。

 でもそれが今日である意味が分からない。

「今日じゃないといけないのか?それとも何か別の理由があるのか?」

 間髪入れずに質問をいれる。

 もしかすると彼女の気が変わるかもしれないかと思ったから。

 だから時間なんてかけている余裕はなかった。

「――今日じゃないといけないのよ。私はもう大人なんだから」

「大人…………」

 つまり彼女が言いたいことは、大人になったから今日自殺すると。そういうことだ。

 でも大人という言葉にどうしても引っ掛かりを覚えてしまう。

 俺目線ではどう考えても彼女はまだ子供だ。

 そりゃそうだ。俺達はまだ高校生。

 世間一般的にはまだ十分子供だ。

 なのに彼女は自分を大人という。

 じゃあ彼女の大人の定義とはなんだ……?

 一体どうなったら大人になると彼女は考えているんだ?

 ――大人になったから今日、自殺をする。

 逆に言えば今日、大人になったということ。

 そこから今日の出来事をゆっくりと思い出す。

 今までの彼女の行動を。

 彼女が死ぬまでにやりたいと言ってきたことを一つ一つ。


 一度、死ぬ前に幸せになりたいために願いを叶えようとしているのかと聞いた。

 すると、彼女は激怒した。幸せなんていらないと。そんなもののために願いを叶えているんじゃないと。

 そしてお姉さんの言葉を思い出す。

 彼女は子供と言われてひどく嫌悪感を抱いていたそうだ。

 その時は、大人が嫌いだから子供と言われることが嫌なのは矛盾が生じていると思った。

 でも違った。違ったのだ。


(……なるほど、そういうことだったのか)


 ここで俺はようやく彼女の考えをなんとなくだが分かってきた気がした。

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