第30話 怒り
「――きゃっ!」
何も考えずに足を進めていると、足元が突然なくなるような感覚に襲われた。
崖だ。
そう思った時には私の体は宙に浮き、重力に引っ張られるように落下していく。
……私、もう死ぬんだ。
その一瞬で死を覚悟した。
ようやく死ねる。そう思った。
「……呆気ないな」
以外とすんなり死んでいく自分の姿を想像する。
なんだ、こんなものか。こんなに呆気なく終わるんだな。
「…………私、もう死ぬんだ」
そう自覚した瞬間、突然何か得体の知れない感覚に襲われた。
「……えっ」
体が寒く、凍るような感覚。
この感情はまさに恐怖だった。
どうして私が?
そんな疑問が浮かぶ中、私の体が勝手に動く。
手を空に高く掲げる。
まるで何かを掴もうと必死にあがいているみたいに。
――ど、どうして?
死にたいのに。早く死んでしまいたいのに。
これじゃあまるで……死にたくないみたいじゃないっ!
そんなの私の望んでいることじゃ…。
「――嫌っ!」
どん、と鈍い音が響く。
「い、いたっ……」
お尻に鈍い痛みが走る。
思わず手でさするとさらに痛みが広がった。
「えっ?で、でもどうして…?」
そこで私は気づく。死んでいないことに。
「崖に落ちたんじゃ……」
思わず上を見上げると、すぐ上に地面が見つかった。
「崖、じゃないの?」
どうやら私は小さな穴に落ちたみたいだった。
「何よ……何なのよっ……!」
その事実に徐々にどうしようもない怒りが込みあがってきた。
死へのお預けを食らい、まだ死ねないのかという怒り。
そして今、私の背中を伝っているひんやりと気持ち悪い汗に対する怒り。
「どうして……私っ…………」
ただただ嫌悪感が体を支配する。
あの時私は手を伸ばしてた。
死のうとしてたのに私は手を伸ばしていた。
その事実に私は嫌気がさした。
私は死にたいのよ。なのに……なのに……あんな……。
「……早く死なないと」
こんな気持ちになっている場合じゃない。
今はとにかく死ぬことだけ考えないと。
死んでしまえばこんな気持ちにならないくてもすむんだから。
だから早く死なないと。私の目的はそれだけなんだから……。
「うっ……」
立ち上がろうとすると足に痛みが走った。
どうやらここに落ちる時に怪我をしてしまったみたいだ。
「これじゃ死ねないじゃない……」
足の痛みのせいで満足に立ち上がることさえ出来ない。
だから穴から出ることも出来ずにいた。
「もうっ!どうしてっ!どうしてなのよっ!」
イライラが積もりに積もって思わず声を張り上げる。
いくら声を出そうがどうしようも出来ないけど、そうしてはいられなかった。
「早く私を死なせてよっ!こんな私を早く殺してよっ!」
「――こんなところで何してるだよ」
「えっ……?」
突然上の方から声をかけられ、顔をあげる。
そこには冴えなくて、ぱっとしない、どこにでもいるような男の顔が見えた。
「……お前死ぬんじゃなかったのか?」
「うるさいっ」
ただでさえイラついているのに、どうしてこんな時にこんな奴の顔を見ないといけないのよ。
「……そうか」
むかつく、むかつく、むかつくっ。
ただでさえイライラしているのに、さらにこいつの顔を見ることになるなんて。
そもそもどうしてこいつがここに?
もう用済みだって言ったのに。
今日は終わりだって言ったのにどうしてこいつが……。
「何よ、もしかして今更止めにでもきたの?」
「いいや、今のところそのつもりはないよ」
……どういうつもりなのかしら。もしかして冷やかしにでもきたつもり?
「最後にお前と少し話したいと思ったから来ただけだよ」
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