第29話 山

「くそっ、思ったよりも分からないなっ……」

 山の中は想像以上に草木が生い茂っていて、思うように進むことが出来なかった。

 確かにこの中に崖があったとしても気づかないな。

 こうして探してはいるが、もしかすると俺が足を滑らせることもあるかもしれないから気を付けないと。

 でもそれを考えると彼女はもうすでに崖の下の可能性もあるということだ。

 気を付けないと思いながらも、出来る限り急がないといけないな。

 ――急ぐか。

 急いでどうする?追い付いてどうする?

 彼女のことを理解したいと思ったし、全てを自暴自棄で死のうとしている彼女を止めたいと思った。

 でも俺がそんなこと出来るのか?

 今まで彼女の言うことしか聞いてこなかった俺が。ろくに知ろうとしなかった俺が。いきなり彼女のために何か出来るのか?

 ただの自分勝手な欲で今、彼女の自殺を止めようとしている。

 果たしてそんな理由で止めてもいいものなのか?

 今まで僕は別段彼女が自殺することに関して何も感じてこなかった。

 だから何も事情も聞かず、ただの興味本位で付き合ってきた。

 聞く人によればなんて最低な奴だと罵られるかもしれないが仕方ない。

 人がいつ死のうがそれは既に決められている運命。

 だから何をしようとも未来は変わらない。それが俺の思想であり考えなので、何を言われようがそれがすぐに変わることはない。

 変わらないものだと思っているからこそ俺は今までの人生、長い物に巻かれろの精神で回りに流され空気のように生きてきた。

 逆に、彼女は自分の主観のみで生きてきた。

 だからこそ、彼女は俺の意見など今まで全く聞いて来なかった。

 彼女の性格上のことでもあるが、恐らく俺の生き方を知っているからこそ、俺の意見など耳にも止めないだろう。

 それを分かってて尚、俺は彼女を止めようとしている。

 とにかく彼女と会ってしっかり話をしたい。

 ただその思いだけで俺は彼女を探し続けている。

「くそっ、どこいったっ!」

 でも彼女が話を聞いてくれるかどうかよりも、まず彼女を見つかるかどうかだった。

 あいつの体力的に考えてもそう遠くには行ってない気もするが、この山の中だ。

 無造作に伸びている草木が視界の半分を遮っているせいで、人ひとり見つけるどころか自分の場所すら把握できない状況だった。

「まだ死ぬなよっ……」

 それでも迷っている時間はない。

 今は頑張るしかないのだ。

 そうすることで見つかる運命が待っていると必ず信じて。

 そしてあわよくば……、

「あいつのことをちゃんと理解した上で、あいつが自殺することに向き合いたい」

 自分にとっては珍しく、そしてひどく自分勝手な思いを原動力に足を動かす。

 必ず見つかると信じて。


「……ん?あれは」




「……どこにあるのかしら」

 鬱陶しいほどに生い茂っている草木をかき分けながら足を進める。

 女将さんの話によればここの山には崖があるみたいだった。

 だから死ぬには丁度いいと思って、こうして入りたくない山の中まで来たんだけど……。

「全然見つからない」

 自然の中って虫がいっぱいいるから嫌いなんだけどな。

 出来ることならさっさと崖を見つけて死ぬのが一番なんだけど……。

「はぁ……早く死なせてよ……」

 ほんと憂鬱になっちゃう。

 こんな気持ちになるんだったら早く死んで楽になりたいのに。

 はぁ……死のうとすることさえ憂鬱なのね。

 ただでさえイライラしてるのに……。


「――あいつ、結局最後の最後で使えなかった」


 イライラしているのにも関わらずついついあの顔を思い出して、またイライラしてしまう。

 最初は私の為に動いてくれたのに、最後になって反抗してきた……。

 あれが俗に言う反抗期なんだろうかな。

 ……あんな息子は死んでも嫌だけど。

 けど、結局あいつのせいで何もかも中途半端になった。

 最後にちゃんと言うことさえ聞いてくれたら、私はちゃんと心置きなき死ぬことが出来たのに……。

 もしもう一度あいつに会うことがあれば絶対に殴ってやろう。

 いやもう死ぬんだから会うことはないか。

 もし会うとしたら、あいつのせいで成仏できなくなって呪いに行くことしかできないだろうな。

「あいつああ見えてビビりだから驚かせ甲斐がありそうね」

 絶対にビビッて変な声あげるに違いないわね。

 これだったらこのまま無念を残して死ぬのも悪くないかもしれないわね。


「ふふっ、枕元にでも化けてやったら――きゃっ!」

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