第27話 自暴自棄
パタンと、扉が閉まる音が静かな部屋に響く。
「…………」
俺も、そしてお姉さんも何もしばらく何も口を開くことなくじっとしているだけだった。
きっとお姉さんからしたら何がなんだか分からないだろう。
かくいう俺も当事者ながらに、まだ状況の理解が出来ずにいた。
ただ彼女が最後に言い残した言葉、
――もう終わりよ。もう、全部。終わらせるわ。時間切れよ。だから今日はありがとうね
その言葉がとにかく胸をざわつかせる。
もう終わりと、彼女はそう言った。時間切れだと、確かにそう言った。
そしてそれが意味する言葉の意味だけはしっかり理解することが出来た。
「……どうしたのあの子?」
とここでお姉さんがようやく口を開いた。
「まさか本当に夜這いでもされちゃった?」
「お、俺にもよく分からないです……」
彼女が何を思って何をしようとしたのか、その真相は結局分からなかった。
ただ、彼女にとっては今のことが最後の願いだったようだ。
願い?本当に彼女はそうすることを願っていたのか?
パチンコも、キスした時も、殴られた時も、彼女はほどほど達成というもの感じていなかった。
死ぬまでにやりたいことと言いながら、成し遂げる時は義務感でやっているようにさえ感じられた。
ただ唯一達成感を味わっていたものは車の運転ぐらいなもので、それ以外はてんで違った。
だからそこ彼女の行動に対して度々違和感を感じていたが、それが今回の行動を見て違和感から疑念へと変わってしまった。
彼女は一体なんのために、願いを叶えてきたのか。
死ぬまでにやりたいという言葉以外に、何か別の意味があるような気がする。
でもそれが一体どういうものなのかは全く分からない。
「へぇ~あの子も以外と大胆なのね」
現状から、ただ彼女が俺を襲ったのだと理解したお姉さんはいつものように面白そうに笑みを浮かべる。
「それにしても女の方から襲ってきたのにそれでもダメだったの?もしかして君やっぱりリアルには興味ない系?それとも女の子よりも男の子が好きな感じ?」
「ど、どっちも違いますってっ!」
彼女について考えようとしたが、お姉さんが先ほどのように下ネタを入れてくるせいで思考が乱れてしまった。
お姉さんには悪いが、今は少しだけ一人にしてほしい。
なんて直接言ってもどうせ話を聞いてくれないんだろうけど……。
「――もしかしてまだ喧嘩してるの?」
「え?」
「ほら、あなた達食事前に喧嘩してたじゃない。だからまだ引きずってるのかなって」
「ど、どうしてそれを……?」
急に聞かれたせいで反応が少し遅れてしまった。
食事前は二人でお姉さんと会ってないからあのことは知られてないと思ってたけど、違ったのか?
「あぁほら私ね、食事前にあの子とちょっと話したのよ。その時不機嫌だったからきっと何かあったのかな~って思っただけよ」
なるほど、そういうことか。
食事中にお姉さんの様子がおかしかったから何かあったと思っていたけど、やっぱりそうだったんだな。
「あの……その時彼女何か言ってませんでしたか?」
だったら少しでも彼女の行動を理解するために情報が必要だ。
彼女はあまり自分のことを人に話すタイプではないのであまり期待はできないだろうけど……。
「ん~?言ってたっていうか、私が結構突っ込んだこと聞いちゃった感じかな~」
「突っ込んだこと?」
「そうそう。まだまだ子供だね~って言ったらえらく怒っちゃってね」
子供?むしろ逆では?
そもそも彼女が死ぬ理由は大人になるのが嫌だからだったはずだ。
大人になんかなりたくないから、子供のままで死にたいと彼女は言っていた。
それが彼女の本心なのかは分からないけど、少なくともあれだけ言っていればそうなのだろう。
だからこそ子供だと言われることに対して嫌悪感を示すというのはやっぱり分からなかった。
さっきから分からないことだらけだ。
確かに今までろくに彼女のことを知ろうともしなかったのだけど、何故か心の中では彼女について多少なりとも分かった気でいた自分がいた。
だからこそ今、想像以上に困惑しているのだと思う。
「……とにかく、俺ちょっと追いかけてきます」
だが今は考えている時間はない。
彼女は恐らく本当に自殺を実行しに行ったはずだ。
だからこそ俺は行かないといけない。
ここまで付き合ったからとか、最後まで見送りたい、とかもうそういう気持ちではなくなっていた。
とにかく彼女のことを知りたい。
そして自暴自棄になっているような彼女を止めたい。
そんな状態のまま死なせてやるものかと、そんな意志が芽生え始めた。
「それじゃあちょっと行ってきます」
だからこそ俺は立ち上がって後を追いかける。
「え~行っちゃうの~?せっかく混浴に誘おうと思ったのに」
「ま、まだその話続いていたんですか……」
一瞬、出鼻をくじかれてしまったけど、俺はすぐに振り返って言う。
「じゃあ彼女が帰ってきて、一緒に入ってくれるなら入りますよ」
きっとそんな未来はこないだろう。
そう思った上でそう言ったのだが、
「おっけー!じゃあ待ってるね~!」
お姉さんは随分あっさりと受け入れてくれた。
……あの人、どんだけ軽いんだよ。
そんなお姉さんの態度に少しだけ気持ちが和らぎながら、俺は急いで旅館を飛び出したのだった。
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