第25話 願い
「はぁ……」
食事という名の地獄から解放された俺は一人部屋で息をつく。
結局あれから食べ終わるまで延々とあの話をされ続けてしまった。
しかも途中からお姉さんの性癖の話まで出てきてしまい、俺は必死に何も反応しないようにただただ飯を口に運び続ける作業をする羽目になった。
それでもお姉さんはちょくちょく俺に話題を振ってくるものだから、ほんとたまったものじゃなかった。
無反応をひたすらに決めてたからお姉さんもしばらく経つと諦めてくれたのでそこだけが救いだった。
……旅館の料理だから味わって食べたかったんだけどな。
まぁそれでも美味しかった記憶はあるからいっか。
「でも……」
ちらりと部屋の中を見渡す。
静まりかえった部屋の中には俺一人しかいない。
食事が終わって自分の部屋に帰ったのだが、その際彼女とは一緒ではなかった。
お姉さんの部屋を出る時は一緒だったんだけど、彼女は俺とは真逆の方向に歩いて行った。
その時までつい忘れていたが、彼女と現在喧嘩中だった。
お姉さんのおかげ――というかせいでいつもの雰囲気に戻っていたんだけど、やっぱりあれはなかったことにはなってはなかった。
「はぁ……でも悩んでも仕方ないか。いや……でも……」
スマホの電源を入れて時間を確認する。
時刻はすでに十九時を回っていた。
「今日が終わるまで残り五時間……」
彼女は一度言ったことは必ず実行する。
となると残り五時間で彼女がこの世からいなくなってしまう。
そう思うと突然、何か胸が締め付けられるような感覚に襲われる。
これは……彼女が死んでしまうことに対して反応してるのか?今まではこんなことなかったのに。どうして今になって?時間が近づいているからか?
「…………」
分からない。この気持ちがどういうものか全く分からない……。
そんなどうすることもない気持ちを抱えたまま俺は立ち上がる。
「……今はとにかく風呂に入ろう。きっとリラックスすれば少しは気持ちの整理が出来るはずだ」
折角旅館に泊まるんだ。露天風呂にでも入ろうか。
「あっ、でも俺何も着替えがなかった」
準備をしようと荷物をとろうとしたが、そこで着替えがないことに気づく。
そもそも今日は泊まることすら想像していなかった。そんなもの持っていなくて当然だ。
「……一応両親に連絡入れとくか」
うちの親は結構放任主義なところがあるから、友達の家にでも泊まりに行っているといえばそれで済むだろう。
「これでよし」
手っ取り早くメッセージを入れた。
とにかくこれで大丈夫なはずだ。
「さて、これからどうしようか」
風呂に入ってリラックスしようとしていたところだったけど、着替えがないから仕方ない。
とにかく一度冷静になってこの気持ちを整理しないといけない。
丁度ここには俺一人しかいない。考え事をするにはもってこいだ。
「俺は……どうしたいんだろうな……」
目を閉じて今までの彼女を思い出す。
といっても別段思い出がいっぱいあるわけでもなく、ただ何気ない会話が脳裏に浮かぶだけだ。
そんな彼女が今日死ぬ……。
そう思うとドキリと胸が痛む。
俺は彼女が死ぬのを止めたいのか?自殺はダメだと。命を粗末にするなと。
……いやそうじゃない。別にそんなことをしたいわけじゃない。
だって命は自分自身のものだ。
例え周りに何を言われようとも、それをどう使おうと自分の自由だと俺は思ってる。
恐らく普通じゃない異質な思想なんだろうけど、こればかりは自分の考えなのでどうしようもない。
でもそれでも彼女が死ぬことに対して心が痛めつけられるような感覚になる。
……頭では理解しても彼女が死ぬことに対して納得がいっていないのか?
分からない。分からない。分からない。
自分の気持ちなのに――いや自分の気持ちだからか、それを正確に理解することができなかった。
「とにかく一度彼女と話さないと……」
どのみち、このまま彼女がいなくなるのだけは嫌だとはっきり分かる。
とにかく一度、彼女と会って、それで話をしたい。
そうじゃないと何かいけない気がしてきた。
「でもどこにいるか……」
きっと携帯に連絡しても反応してくれないだろうし……。
まぁいい、とにかく一度旅館の中を探し回ってみるか。
そう思って立ち上がろうとしたが、それと同時に扉が開く音がした。
「あっ」
見るとそこには彼女が立っていた。
……よかった。探しにいく手間が省けた。
少し聞きづらいがとにかく一度謝って、そこから話をしないと……。
「…………」
声を掛けようとしていると、彼女が無言で近づいてくる。
何も言わずにただじっと俺を見てくる彼女に思わず蹴落とされる。
……な、なんだ?まさかさっき喧嘩の続きでもしようとしてるんじゃ……。
「ねぇ、私の願いを叶えるの手伝ってくれるんだよね?」
「ま、まぁそのつもりだけど……」
今更何を言ってるんだ?
「――じゃあ今から私の願いを叶えて」
「えっ?」
それは突然のことだった。
彼女が急に屈んだかと思うと、そのまま俺の手を肩において力を入れてくる。
予期せぬことに、俺の体は為すすべなく倒されてしまう。
「な、何をっ……?」
そのまま彼女に馬乗りされてしまい、戸惑いを隠せぬまま彼女の顔を見上げる。
「今から私の願いを叶えてね。私を早く大人にさせてね」
彼女はどこか焦ったような表情を滲み出しながら、微笑んだ表情でこちらを見下ろしていた。
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