第23話 嫌い
「――そんなにイライラしてどうしたの?もしかして涼真君に襲われちゃった?」
廊下を歩いていると背後から不快な言葉が聞こえてきた。
「……あいつにそんな度胸があると思うの?」
振り返ると案の定瑞希さんが立っていた。
さっき別れたばかりなのにここにいるってことはすぐに私達の部屋に来ようとしていたことみたい。
先に部屋を出ててよかった。
「まぁ、確かにあの子は奥手そうだからね~。肉食系っていうより草食系な感じがするわね」
そんな話は今どうでもいい。
この人はいつもどうでもいいような話をするから嫌いだ。
クラスにいるようなたいして中身のない話をする奴らと一緒だ。
だから最初からこの人は嫌いだった。
「あらら、大分不機嫌になってるね。もしかしてそれは私のせいじゃなくてあの子が原因なのかな?」
「…………」
でもこの人は中身がないように見えて、時折どうでもいい奴らとは違う空気を醸し出す。
だから今はこの人と関わっていると、嫌いという感情よりも戸惑いが大きくなってしまう。
「あぁ~、その反応はやっぱりそうだったんだ。君達二人は喧嘩するような仲じゃないって思ってたんだけどな~」
そして平気で人の心に土足で入ってくることがまた嫌いだった。
「……あいつがいけないのよ。何も分かってないあいつが」
「へぇ~」
ただどうしてだろう。
愚痴や不満なんていつもなら他人に話さないのに、どうしてか今は立ち止まって口を開いてしまった。
「まぁ、男の子って色々と鈍感なところあるからねぇ。あと女の子の事なぁんにも知らない子が多いみたいだし」
鈍感か。確かにあいつはそういうところがあるな。
でも鈍感なりに色々気を遣ってるところもあるから、簡単に傷つくようなことは言ってはこない。
だからこの人があいつを悪く言うのは少しだけイライラした。
「まぁ、でもあの子はそんなんじゃない、でしょ?」
「…………」
やっぱりこの人は嫌いだ。
まるでこっちの心なんて全てお見通しみたいな言動をしてくるから。
こういうのが大人って言うんだな。
――私の大嫌いな大人だ。
「まぁ、でもそうやって喧嘩が出来るのは若い内だけだから、たっぷり悩みなさい。それも若者の特権なんだから」
……でた。
この人はことあるごとに若者は、って言ってくる。
私はこの言葉が大っ嫌いだった。
「私はもう若者なんかじゃないから」
きっとそんなことを言ってもこの人はきっと鵜呑みにせずに子供でもあやすかのように言ってくるに決まってる。
でもその言葉だけは私は否定せずにはいられなかった。
「若者じゃない、ね~」
だけど瑞希さんの反応は想像していたものと少し違った。
今までみたいに楽しそうに微笑むのではなく、まるで値踏みでもするかのような視線を向けてくる。
「もしかしてその若いに対する反発って、今日してきたことと関係があるのかしら?」
「…………」
「そう、答えてくれないのね」
お姉さんの言葉に無言でいると、やがて諦めたようにそっと息を吐いた。
「やっぱり私はまだ信用されてないのかしらね。まぁあなたの場合は必要な時にしか他人に言わないみたいなようだけどね」
「…………」
いい加減ここから逃げたくなってきた。
心が見透かされている感覚というのは想像以上に気持ち悪い。
これ以上この人の前にいるだけで吐き気がこみ上げてくる気さえしてきた。
……はぁ。さっきからイライラしっぱなし。ほんと、最後の最後まで私は報われないわね。
まぁ私はそれでいいんだけど。
「話が終わったなら私はもう行くわよ」
「うんっ、引き留めてごめんね~。でもちゃんと食事の時間には帰ってきてね。一応私の部屋で一緒に食べるから」
食事か。旅館の料理をただで食べれることが恐らく私の最後の幸せなのかもしれない。いわゆる最後の晩餐みたいな感じだ。
だから一応こくりと頷いて、瑞希さんに背を向ける。
「あっ、最後に一つだけいいかな?」
「……なんですか?」
いい加減しつこすぎてだんだんとイライラが増してくる。
ただでさえ、今はイライラがすごいというのに。
「詩織ちゃんはどこか大人ぶってるみたいだけど、私から見たから君は全然子供にだよ。それこそ背伸びしている子供にしか見えないよ?」
「…………そう。勝手にそう思っていれば」
私はこれ以上この人から出てくる言葉を聞くのが嫌で足早に去っていった。
「嫌い、嫌い、嫌いっ」
廊下を足早に進む中、私はひたすらに繰り返す。
最後に一番嫌な言葉を言われ、今の私はイライラが最高潮に達していた。
だからこうでもしないと何かに当たってしまいそうで――またあいつに当たってしまいそうで怖くなった。
だから私は食事の時間がくるまで誰もいない場所で、私の居場所で心を落ち着かせようと思った。
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