第22話 幸せ
「結構いい部屋だな」
「そうね。あの人が選んだ旅館にしては中々いいわね」
「お前、どんだけあのお姉さんのこと毛嫌いしてるんだよ……」
さっきの運転で大分仲良くなったかと思ったけど、どうやら彼女はまだお姉さんを嫌っているみたいだった。
「別に嫌ってるわけではないわよ。ただあの人の性格上、いい加減に選んでそうだから驚いているだけよ」
「なるほど」
嫌ってるかと思っていたがどうやらそうでもないらしい。
この短時間で彼女と仲良くなれたお姉さんは正直すごいと思う。
彼女もああやって良心からぐいぐいこられるとあまり邪険にはできないみたいだ。
「それより俺と一緒の部屋で本当によかったのか?」
そう。問題はそこだ。結局彼女について部屋まで入ってしまったけど、やっぱりよくよく考えたらかなり不味いのではないのか。
仮にも俺達は男と女だ。世間的に見ると中々不味い状況になっているような気がする。
「別に大丈夫よ。私あなたに興味ないし」
「そっすか」
興味ないのは知っているが、ある意味こいつと同じ部屋ってのが怖いんだよな。
男女のそういうのではなくて、普通に何をするか分からない。電車で突然キスされた前科もある。
それだけ面倒くさい性格してるからな。色々と気を付けないといけない。
「ちなみにこれからどうするつもりなんだ?」
宿で泊まれるようになったのはありがたいが、正直彼女にことについてひやひやしていた。
車内では結局聞けずじまいになってしまったけど、やっぱり気になる。
「……別に、あなたには関係ないわ」
「そですか」
それでもやっぱり彼女は話してくれなかった。
一応こうしてついてきている時点で関係ないこともないんだけど……、まぁ彼女が言いたくないのなら聞かないでおこう。
それにしてもこの旅館結構いいところだな。
部屋の中も結構広く、外の景色もいい。まさに旅館って感じでお値段もそこそこすることがうかがえた。
しかもお金を払わずに泊まっている身としてはすごくありがたいことなのだろう。
「お前もあとでちゃんとお姉さんにお礼言っておけよ?こんな幸せなことなんてそうそうないんだから」
「……幸せ?」
なんとなく言った言葉だったが、彼女がお菓子を食べていた手を止めた。
何かおかしなことでも言ったか?
彼女の表情からは、不機嫌になっていく様が確認できた。
「私は幸せなんかいらないわ」
「え?」
「だって、私はもうすぐ死ぬもの。幸せなんてあっても無駄よ」
どうやら幸せという言葉に反応したらしいが、彼女の「幸せはいらいな」という言葉に俺はひどく違和感を覚えた。
「でも、死ぬ前に幸せになりたいからやりたいことをやってるんじゃないか?」
「は?」
怖ぇ……。ドスがきいたような声で睨んできた。
え?俺そんなにやばいこと言っちゃった?
彼女からは殺意がびんびん感じられる。
てっきりそういうことだと思って今まで付き合っていたけど違ったのか?
でも死ぬまでにやりたい、なんて名目でやる以上そういうことにしか見えないのだが……。
「私は幸せなんかいらないっ。そんなものっ、私には必要ないっ。私はそんなもののためにやってきたわけじゃないっ!」
突然彼女が怒鳴り声をあげた。
あまりにも突然過ぎて俺は反応に困った。
まさかここまで彼女の逆鱗に触れるなんて思ってもなかった。
彼女がここまで怒りを表に出しているのすら見たことがなかった。
そんな戸惑いの中、俺はただ呆然とするしかなかった。
「ご、ごめん……」
何がおこったのか分からず、俺はひとまず謝罪する。
でも彼女は一度機嫌が悪くなると、しばらく機嫌は戻らないことは知っている。
しかも今回は俺が知っている以上で一番のものだ。
だから……
「はぁ……」
彼女は大きなため息を吐いて立ち上がってそのまま玄関へと歩いていく。
「あっ、ど、どこに行くんだっ?」
条件反射というべきか、彼女が外に出ようとしているのを見ると立ち上がろうと足に力を入れる。
「こなくていいから」
だが彼女は後ろを見るわけでもなく一言、冷たい言葉を投げかけてくる。
「う、うん……」
そう言われてしまった以上は追いかけることも出来ず、彼女が外に出るのをただ呆然と眺める。
「一体どういうことなんだよ……」
部屋に残った俺は一人呟く。
まるで嵐のように去っていた彼女を思い出す中、未だ何が起こったのか脳が処理できないでいた。
「なんなんだよ一体……。何がしたいんだよ……」
ここへきて、彼女という存在がただただ分からくなった。
今まで彼女の気持ちは汲んできたつもりだし、分かってきたつもりだ。
だけど今、彼女の考えがまるで分からない。
「どうしたらいいんだよ……」
彼女についてくるなと言われた俺は、もう何もできずにいた。
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