第21話 無料
「ここ、ですか?」
「そうここが今日私達が泊まる旅館よ」
お姉さんに案内された場所はなんと、運転講座をした駐車場から歩いて数分の場所だった。
どうやら移動する必要もなく、俺達はすでに旅館に到着していたようだった。
「……もしかして最初からそのつもりだった?」
すでに旅館に連れてきていたということで、彼女はお姉さんに疑いの視線を向けた。
「えぇ、そうよ」
そしてどうやら本当にそのつもりだったようだ。
まぁでも正直このお姉さんには頭があがらない。
わざわざ宿を用意してくれたこともそうだが、車の運転もすごく助かった。さらに宿を用意してくれただけではなく……
「あの、本当にお金を払わなくていいんですか?」
「えっ?あぁ、うん大丈夫大丈夫」
なんと旅館に泊まるというのにお金を払わなくていいと言われたのだ。
流石にそれは申し訳ないと、すぐに払おうとしたがすぐに断られた。まぁ、払おうにもお金がないのだが、それでも後日という形もある。
でも結局お姉さんに甘えることになってしまった。
ちなみに彼女は最初から特に何も言うわけでもなく了承していたが。
「気にしなくて大丈夫だって」
どうやら表情に出ていたようだった。
「それにそもそも私だってお金払ってないしね~」
「えっ?」
耳を疑うような言葉を聞いて思わず立ち止まる。
「一体どういう――」
とそこまで聞こうとしたところで旅館の中から慌ただしい足音が聞こえた。
「おっ、わざわざ出迎えにきてくれたのかっ」
「なんだ、瑞希だったのね。出迎えて損したわ」
「ちょっ、なんだとはどういうことだよっ。私達は客だぞっ」
旅館から出てきたのは綺麗な着物に身を包んだ若い女の人だった。
ここの旅館の人みたいだけど、二人の様子を見るに知り合いのようだった。
「金を払わない奴は客だなんて言わないよっ」
「まあまあ、そんなこと言わないでさっ」
どういう経緯があってかは知らないけど、どうやらお姉さんはタダでこの旅館に泊まろうとしているみたいだった。
「あ、あの……す、すいません。お金はちゃんと払いますので……」
流石にこの状況で払わないのはまずいと思った。
今は払えなくても借金してでもあとから払えないものだろうか。
そう思いながらもおずおずと前に出る。
「ん?その子達は……?」
「あぁ、この子たちがさっき電話で話した子達だよ」
そこでようやく旅館のお姉さんは俺達に気づいたようで、まじまじと見つめてきた。
「何、あんたこの子達どこで誘拐してきたの」
「誘拐じゃないよっ!ちゃんと合意の上でここに連れてきたのよっ!」
「ほんと~?」
お姉さんは疑いの視線を向けられてしまった。
「あ、あの……それでお金は……」
じろじろと見られる中、思わず委縮してしまいながらも尋ねる。
「あぁ、別にお金は気にしないでいいよ。宿泊代は全部こいつに払わせるから」
「ちょっと~それどういうことよ~」
う~ん……よく分からないけどお金は本当に大丈夫みたいだ……。
「あ、ありがとうございます」
とにかく一応お礼は言っておこう。
「いいえ~、気にしないでいいよ~」
ということで俺達はお金を払うことなく宿に泊まれることになった。
「多少古臭い宿かもしれないけど、ゆっくりしていってね」
「は、はいっ」
最後に旅館のお姉さんが優しく話しかけてくれた。
「お二人ってどういう関係なんですか?」
部屋へと行く途中で、旅館のお姉さんとの関係について聞いてみた。
雰囲気からはただの友達のようなものとは違うものを感じられたので、少しだけ気になってしまった。
「ん~?まぁ、昔ちょっとあってね」
「昔、ですか?」
「そう昔ね。私が助けてあげた恩があるから、たまにこうして無料で泊めてもらってるの」
「は、はぁ……」
詳しい事情は分からないがとにかく昔に色々あったらしい。
旅館にタダで泊めてもらえるほどのことがあったみたいだ。
でもそれで俺達も一緒に泊めてもらえるのは少しだけ申し訳ない気もするが……。
「それで詩織ちゃん、部屋はどうする?」
「部屋?」
「そう。私が元々とってたのと合わせて部屋は二つあるんだけど。どっちの部屋に泊まる?」
なるほどそういうことか。
まぁ、でも流石に男女一つ同じ部屋で泊まるわけにはいかない。
彼女はどっちも嫌かもしれないけど、ここは我慢してお姉さんと同じ部屋で泊まるしかないだろうな。
「あなたとは別の部屋だから安心して」
「えっ?」
だが彼女のセリフを聞いて俺は思わず変な声を出してしまった。
「そう、ならこれが部屋の鍵よ。じゃあまたあとで合流しましょうね」
でもそんな俺の様子を気にせずにお姉さんは鍵を渡してさっさと行ってしまった。
「さ、じゃあ私達もはやく行きましょ」
そして彼女もまた何食わぬ顔で部屋へと向かう。お姉さんへとは逆の方向へ。
「まじでか……」
残された俺はただ呆然と二人を眺めていた。
「はぁ……仕方ないのか……」
しかしずっとそうしているわけにもいかないので俺は諦めて彼女についていくのだった。
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