第12話 空腹

 ……ぐ~。


 俺のものか彼女のものか分からないほど本日何度目かになるお腹の音が鳴る。


「――お腹空いた」


「――俺も」


 ……ぐ~。

 そして再びお腹が鳴る。

 さっきからこの応答の繰り返しだ。

「……なんでお金ないのよ」

「しがない高校生の財布に何を期待してるんだよ……。ここまで来る電車代だけでほぼゼロだよ……」

「使えないわね」

「うるせぇ……」

 ただの罵倒で言葉を返すが彼女は何も言ってこなかった。

 どうやらお腹が空きすぎて罵倒がスルーされたのだろう。

 まぁ、悲壮感に満ちてはいるがたかだか昼飯がないだけだ。――昼がないだけで夜もあるかどうかは怪しいけど。


 チラリ。


 もう一度、何度目か分からないほど財布の中身を確認する。


(……四百円か)


 やはり中身は増えてなかった。

「適当に試食でも巡ってみるか?」

「そうね」

 とにかく少しでも腹を膨らませないと恐らくこの腹は際限なく鳴り続ける。

 せめてお腹が鳴かないぐらいにしないとな。

 幸いここはデパートだ。お土産物コーナーにでもいけば試食コーナーもたくさんあるだろう。

 デパートでは豪遊したかったらしいけどここは仕方ない。彼女には生きるために諦めてもらおう。――なんて言うのは言い過ぎだけど。




「……全然お腹空いてる」

 試食コーナーを一通り回ると彼女の日本語がおかしくなった。

 まぁ、試食を食べたからといってもそこまで膨れることは期待してなかったけど……やっぱり膨れないな。

 かと言ってまた試食コーナーに行くのもな……。

「うぅ~……」

「あっ、ちょっと!」

 もう一度試食コーナーへと旅立とうとする彼女を慌てて止めた。

「止めないで、私は、お腹が、空いてるの」

 今までにないほどにギロリと睨んでくる。

 餓えた獣ほど怖いとはまさにこのことだ。

 しかしそんな恐ろしい獣と対峙してまで止めなければいけない理由がある。


「……忘れてないよね?そのせいで僕達出禁を食らったんだよ?」


「忘れてない……」

 そう。僕達は……というか彼女が試食を容赦なく食べてしまったせいで、僕達は出禁を言い渡されてしまった。

 ……まぁ、あの様子だと全ての試食を食べかねない勢いだったから仕方ないけど。

「私を腹を空かせたまま殺す気?」

「うぅっ……」

 それを言われると心が痛む。甲斐性がなくてすまないな。

「そもそもいくらあるのよっ」

「え?俺は四百円しかないけど……」

「私はあと百円しかないわ」

 そっと百円玉を出してくるが、どうしろと?

「……合わせたら五百円ね」

「まぁそうだな」

 こんなとこで足し算の実力を披露して何のつもりだ?

「――これだけあれば一食分食べれる」

「あぁ……」

 そういうことか……。

 確かに五百円もあれば一人分の飯を食べられるかもしれない。

 でも一人分ということは……。

「もしかして一人で全部食べようとしてる?」

「…………」

 な、何故無言でこちらを見てくる?もしかして一人で食べようとしてるのか?

 待ってほしい。五百円のうち四百円が俺の金だぞ?

 つまり五分の四が俺の金だ。

 そんなことは絶対にさせないからな?

「…………はぁ、仕方ないわね。少しだけ食べさせてあげるわよ」

 俺の顔を見て何を感じ取ったのか、彼女は訳の分からないことを言い出した。

「いや、なんで半分以上お前が食べる前提なんだよ」

「えっ……?」

 いやなんだよその訳の分からないって顔は。これでも半分半分にしようという俺の優しい心が働いているんだぞ?なのにその不安な表情って……。

「ケチんぼ」

 いや、だからケチじゃないんだけどな……。むしろ寛大と言ってほしい。


「じゃあどこに行く?」


 こっちの話をちゃんと理解しているのかどうか分からないけど、彼女はそう言って少し嬉しそうな顔をしながら足を進めるのだった。

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