第9話 コイン

「次のやりたい事って……これなの?」

「そう」

 路地裏の騒動があってからわずかに経ってから、次のやりたい事を叶えるための場所へと移動した。

 そしてその場所にやってきたんだけど……ここは……なんとうか……。

「今日はいっぱい勝つからね」

「う、うん……」

 一体どこから出てくるのか分からない自信を持って彼女はパチンコ店へと入って行った。


 ――死ぬまでにパチンコがやりたいの。


 それが彼女ここに来て言った言葉だ。

 正直それを聞いた瞬間、自分の中で少し呆気なくなく感じた自分がいた。

 死ぬまでにやりたい事だからもっとすごいのを期待していたんだけど、パチンコがやりたいと言われしょうもなく思ってしまった自分がいる。

 まぁキスから始まって殴られたのだから、最初から大したことないといえばないんだけど……。

 でも本当にこれが彼女のやりたいことなのか、少しだけ疑問に思う。

「何してるの?早く行くよ」

「分かったよ」

 でも彼女がやりたいというのならもうついていくしかない。今日一日は彼女に付き合うって決めたんだから。




「うるさいわね」

「……そうだね」

 建物に入るなりうるさい音が出迎える。思わず耳を塞ぎそうになるが、我慢できないほどでもない。というかしばらくいれば慣れてきそうだ。

 でもそれ以前に意識が向いたのは人だ。

 とにかく人、人、人。列になって奥までびっしりに人が詰められている。

 さらにどこかの宗教団体か何かのように、皆ぼーっとした表情で画面を見ている。

 ただただ異質な光景にわずかにたじろぐ。

「さ、早く行くわよ」

「お、おう……」

 大して彼女は何も感じていないようで、早くも店の雰囲気に混じって台を物色している。

 なんというかすごいな。この景色に順応しているのが素直にすごいと感じた。

 ――なんというかおじさん達に混じってJKが歩いているのを見るといけないものを見ている感じだった。

「……何?」

「い、いやなんでもないよっ」

 変なことを考えていたからか、また冷たい視線を向けられてしまった。もしかしたら彼女は俺の考えを読めるのかもしれない。

「どの台にしようかな」

 なんて考えているうちに彼女はどんどん奥へと進んでいく。

 置いていかれたらどうすることも出来ないので俺は仕方なく彼女を追いかける。

 通路は人一人が歩けるほどで人がいない分、歩くのは苦労しない。でも歩く度に激しい光と音が襲ってくるせいで、人によればすぐに酔ってしまいそうだ。

 今までこんな世界を見てこなかったからかすごく新鮮味がすごい。

「……パチンコだけじゃないんだね」

 彼女の元へと追い付きながら真っ先に疑問を口にする。

 パチンコ屋というぐらいだから、パチンコがいっぱい並んでいるのかと思えば普通にスロットマシンが沢山並んでいる。なんならパチンコ半分、スロット半分くらいの割合だった。

「当たり前じゃない」

 しかし彼女は俺の疑問をさも当然のような顔しているが、もしかしてこいつ来たことあるのか?

 さっきから色々と台を見て回っているけど、正直俺には何が何やらさっぱり分からない。

「いい台とか分かるのか?」

「ううん、全然」

「あれ……?来たことあったりするんじゃないの?」

 てっきり経験者だと思ってたんだけどそうでもないのか?

「何言ってるのよ。来たことないから今日来たんでしょ」

「あっ……」

 確かにそうだった。今日はそのために来たんだった。

「変なこと言ってないで早くやるわよ。台はもう……これでいいでしょ」

 そう言って彼女は空いている席を見つける。

「スロットでいいの?」

「こっちの方が当たりやすいって聞いたからこっちでいいのよ」

 なるほど、そんなものなのか。

「てか、さっきからうるさい。少しは静かにしてて」

 いや、うるさいのはこの場所なんだけどね……。

 まぁ、彼女が言うからとりあえずは静かにしておこう。

 すると彼女は財布から千円を取り出す。

 スロットの事はよく分からないけど、どうやらその千円を機械に入れればいいらしい。

 千円で当たりが出るのかも分からないけど、とにかくここは見守っておこう。

「よいしょっ」

 お金を入れる場所が少し高いところにあるからか、彼女は手を伸ばすようにして千円を入れようとしている。

 女の子が困っていたら手伝ってあげるのがいいんだろうけど、彼女の場合は手伝うと文句を言われるのでここは何もしないで見守る。

 でも手伝うことなく千円は無事機械に投入された。

 これでようやく出来るな。

 おぉっ、お金を入れるとコインが流れ出てくるのか。そしてこのコインをまた入れてスロットを回すと。――なんだか二度手間だな。

 なんてボーっと見ていると、流れ出てくコインはそのまま地面へと滑り落ちていき、

「えっ!?」

 彼女の慌てるような声が響きながら、コインへと変わった千円はみるみる地面へ落ちていく。

「ちょ、ちょっ!」

 手伝わないといけないなと思いつつも、俺は珍しく慌てている彼女を見守るのだった。


「ちょ、ちょっと!止まってよっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る