第8話 勘違い

「え、え~と、つまり別にいじめにあってる訳じゃないの?」

「ま、まぁそういうことになりますね」

 彼女が死ぬということを除いて、やりたいと思っている願いを叶えてあげているという説明で落ち着いた。

 最初はまだ俺がいじめられていることを隠そうとしているのと思われていたが、なんとか納得してもらえたようだ。

「な~んだ、私てっきりカツアゲにでもあってるのかなって」

 カツアゲか。確かにこんな路地裏で殴られていたそう見えないこともない。けど考えてほしい、彼女と俺と同じ年だしどうみても身長は俺の方が高い。カツアゲされるならむしろ逆なのだが、女の子に殴られて腹を押さえて蹲っていたらそんなもの関係ないか。

「それならごめんね~大事な時間邪魔しちゃって」

「いえ……」

 誤解が解けてもなお、彼女はどこか陰鬱そうにしている。

 彼女にとって、お姉さんみたいな陽気な性格は合わないのだろう。正直俺も好き好んで絡むタイプでもないが、少なくともこのお姉さんは嫌いでもない。

 まぁ、未だに居続けているので彼女は鬱陶しく思っているようだが。

「え、え~と、わざわざありがとうございました。俺の方は大丈夫なんで……」

 これ以上彼女の機嫌が悪くなると後々俺に降りかかってきそうなので、今はその要因を取り除こう。わざわざ助けにきてくれたお姉さんには悪いけど。

 しかしそういうニュアンスを込めてお礼を言ったんだけど、このお姉さん一向に立ち去る様子がない。

「ねぇ?私もそれ手伝おっか?」

「え?」

 一体どうしたのかと思ってい矢先、お姉さんは少し食い気味で聞いてくる。

「実は私今日家出してきてるからすごく暇なのよ」

「家出、ですか?」

「そうそう。だから良かったら私もそれ手伝うよっ」

 ……俺をここに連れてきたこいつも大概だけど、俺を助けてくれたこのお姉さんもそこそこに変な人の部類に入るな。

 彼女の方を見ると明らかに嫌な表情を浮かべていた。というか嫌悪感丸出しだった。

「だってこの子のしたいことをやるんでしょ?そんなのすごく面白そうじゃない。私すっごい興味がある」

 お姉さんはそんな俺達の反応を気にせずぐいぐいくる。

 う~ん、これはどうしようか。明らかに彼女は嫌がってるし、お姉さんも引く気はないようだし。困ったな。

「…………どうする?」

 結局考えた末に彼女に判断を任せることにした。

 そもそもこの旅は彼女主催だし、俺に発言権はなさそうだから面倒くさいことも全て任せてしまおうという事だ。

「嫌だ」

「えぇ~」

 やっぱり彼女は相変わらず周りを気にせず好きなような事を言うな。

 今回はそれが助かる。

「……みたいなので、すいません」

 だから彼女の拒否をきっかけになんとか切り出すことにした。

「そっか~……」

 流石に拒否られてまで強引についていこうとする人じゃなかったようで安心した。

 まぁこれ見よがしに肩を落として落ち込む姿はさておき、これで彼女の機嫌も少しはよくなってくれるはずだ。

「…………」

 うわぉお。彼女の顔が今までにないほど死んだような顔になっていた。これは相当不機嫌になっていそうだな。

 まぁ、彼女にとっては残りわずかの大事な時間を削られたくはないのだろう。

「え、え~と、それじゃあ俺達もう行くので」

 これ以上ここにいると本当にあとが怖くなってきたので早々にこの場を立ち去ることに。

 きっと路地裏でやることはもうないはずだからと、彼女の手をとって移動する。

 お姉さんに対して意識が向いているのか、この時は手に触ったことに対しては何も言われなかった。普段だったら拒否られるのに。それだけ今の彼女の機嫌を物語っているようだった。

「あっ、ちょっと待って!」

 これ以上彼女の機嫌を悪くさせないためにも即刻立ち去ろうとするが、お姉さんに呼び止められてしまう。

「何ですか?」

「はいっ、これっ」

 振り返るとお姉さんが小さなメモ用紙を渡してくる。

「これは?」

 メモ用紙を開けるとそこには意味のあるようでない数字の羅列が書かれていた。

「それ私の連絡先。何か私にも手伝えることあったらなんでも連絡してねっ」

「は、はぁ、ありがとうございます」

 受け取らない理由もないので一応ポケットに入れておく。

「それじゃあねっ!連絡いつでも待ってるねっ!」

「分かりました」

 そう言って今度こそ俺達は路地裏を出た。

 最後に一応、お礼もかねて会釈するとお姉さんは笑顔で手を振ってくれた。

「――大丈夫?」

 お姉さんが見えなった頃合いで彼女に声を掛ける。

 終始無言だったからか、彼女の顔を見るのが怖かった。

「…………手」

「え?」

 一体どんな文句を吐かれるかと身構えていたが、彼女は小さい声を漏らすだけだった。

「手!」

 聞こえなかったからか、今度は叫ぶように口を開く。

「手?」

 でも意味が伝わってきても彼女の意図が分からないままだ。

「いつまで手握ってるのって言ってるの!」

「あっ、あぁっ!ごめんっ!」

 すっかり忘れていた。そういえば路地裏から出るときから手を握りっぱなしだった。

「ほんとなんなのかしらあの女は」

 そして手を離すと案の定彼女は先ほどのお姉さんの愚痴をこぼし始めた。

 いらぬお節介をやられたことがそれほど気にくわなかったのだろう。

「あぁいうなんでも首突っ込んでくる人はほんと嫌いっ」

 そうして案の定というか、次の目的地も教えてもらえぬままひたすら彼女の愚痴を聞くことになってしまった。

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