第5話 路地裏

「やっと着いた……」

 電車に揺られること一時間と少し。僕たちはようやく目的の場所――と言っても目的があるのは彼女だけだが――に到着した。

 電車内で彼女に見向きもされなかったので、ただひたすら一時間待ち続けるというのはただの苦痛でしかなかった。

 だからこそ、電車から解放された今この瞬間がとても幸せに感じているのだろう。

「そんな所で立ってられると邪魔なんだけど」

「うへっ」

 背中を思い切り押されたせいで変な声が出てしまった。

 勿論ひと時の幸福を邪魔したのは他でもない園田詩織。このミステリーツアーの主催者であり、そもそもの元凶なのである。

「…………」

 相変わらず彼女は僕に興味のない様子だ。

 主催者なのだからもう少しこのツアーを盛り上げろと、何度電車の中で思ったことか。……まぁ、今日死ぬ人間にそんなことを言うのは酷だろうが。

 というかそもそも彼女は本当にそんな気があるのか?彼女は電車から降りるや否や、ワクワクした様子で辺りをキョロキョロ見渡している。

 そんな彼女の様子を見ても、自殺しようとしている人間に全く見えない。

 まぁ、彼女がワクワクしているのは死ぬまでにやりたいことをやれることへの期待感かもしれないが。

「それでまずは何をするんだ?」

 ただ彼女を眺めているだけでは何も話は進まないと考えたので、仕方なく彼女に声をかける。電車で幾度か声を掛けることに挑戦し、無視されて終わった身としてはそろそろ俺の声に耳を傾けてほしいものだと切実に願う。

「あっち」

「え?」

 そんな俺の願いが届いたのか、彼女は俺を無視するわけでもなく、尚且つ俺の腕まで引っ張って視線の先を指さしてきた。

 おぉ、意外と願えば叶うもんだなと、感心しつつも彼女の指が指す方向に視線を動かす。

「あっちなら人通りが少なくて、誰もいなさそうよね?」

「えっ?あ、あぁ、確かにそうなんじゃないか?」

 確かに彼女が指さす方向には、建物と建物の間にできた小さな道が続いていた。

 それは俗にいう路地裏というもので人通りは当然のようになく、太陽の光さえ届いていないような場所だ。

 ――いや待て待て。彼女はもしかしてあそこに行こうとしてるのか?

 人気のない路地裏で男女が二人…………って!ダメだ!俺は一体何を考えているっ!?いくら電車でキスされたからといって動揺し過ぎじゃないかっ!?

 いいか?相手はこいつだ。今さらそんな動揺することなんて何もない。あぁ、神に誓って何もない!

「何してるのよ。早く行くわよ」

「……お前なぁ、せめて用件を先に言えよ」

 そもそもだ。何をされるか分からないまま人気が少ない場所に連れていかれるのは普通に恐怖じゃないか。それは男でも女でも変わらずだ。だからこの動揺は少なからず人として当たり前のことだ。

 と立派に言葉をいい繕いながら、彼女の真意を探る。

「私が無駄なこと嫌いなの知ってるでしょ?」

「え?あぁ、確かにそうだけど。……って、まさか」

「どうせあなたは付いてくるんだから、わざわざ説明するなんて面倒じゃない」

「…………さいですか」

 やはり彼女はどこかの女王か何かだな。うん。その俺をまるで下僕か何かのように見る視線はきっと勘違いでもないだろうな。

「ほら、早く行くわよ」

「はいはい……」

 そうして彼女に言われるがまま俺は路地裏へと引っ張られていく。結局彼女の言うことに従ってしまう辺り、俺は多分だが相当良い奴なのだろう。――恐ろしくパシリ体質だけなのかもしれないが。

 まぁ、元々は彼女が死ぬまでを見届けるため。そして彼女が死ぬまでにやろうとしていることを知りたいという欲求がある以上、俺は多分大抵のことは断れないんだろうなと予感しながら俺達は路地裏の中へと入っていく。


「うん、ここならいいかも」


 路地裏に入るや否や、彼女は周到に回りを確認する。まるで誰かに見られるのを回避するかのように。

(――なんだろな、これ)

 男女が二人が人気のない路地裏にいるというのに、ちっともドキドキしない。……いや、別の意味ではドキドキして冷や汗を流しているのだが。

 彼女は一体何をするつもりなのだろうか?

 路地裏で怪しげに周囲を確認する彼女を見ていると、どうしてか殺人現場にいる犯人にしか見えない。

 ……あれ?俺もしかして殺される?

 彼女はもしかしたら死ぬまでに人を殺したい、なんて言い出しかねない。

 だからこそ俺はようやく身の危険が迫っているかもしれないということに気づき、心臓がうるさいくらいバクバク鳴り出してる……気がする。

 一体誰だ。人気のない路地裏に男女がいるだけで妙な期待をした奴は。そいつに大声で言ってやりたい。路地裏は危険なところだと。

 まぁ、とはいいつつも流石に彼女はそんなことしないだろう。

 仮に彼女が俺を殺そうとするのなら、証拠が残らないように殺すはず。――だがそれも今から死ぬ人間にとってはどうでもいいのかもしれないが。


「じゃあ覚悟してね」


「えっ?」


 流石に殺されないだろう。

 そんな風に思っていた矢先、彼女に体を押されてバランスを崩した俺は壁にもたれかかる。

 彼女はそんな俺を冷たい目でじっと睨んでいた。


(……あれ?これ、もしかしてマジで殺されちゃうの?)


 先ほど冗談で言ったが、今俺の心臓は確実にバクバクと音を鳴り響かせる。


 ゴクリ。


「えいっ!」


 そうして彼女の可愛い掛け声と共に、腹に重い衝撃が加わったのだった。

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