第4話 ノート
「…………」
彼女と隣合わせで座って僕達二人は電車に揺られている。
行き先も分からぬミステリーツアー……だなんて思っていたが、切符の料金が分かれば大抵の行き先は分かる。どうやら行き先は二駅ほど離れた場所にあるようだ。
かくして彼女主催のミステリーツアーは草々にミステリーではなくなったのだった。
「……それで君は一体何を見てるんだ?」
電車についてから彼女は無言でノートを見つめていた。
主催者なのだからこちらが退屈しないよう、少しは盛り上げたらどうなのか?なんて思ってみるが、そんな事を彼女に期待しても無駄ということは分かっていた。
だからと言って、何も話さずにひたすら電車に揺られるというのは中々にむず痒いものがあった。
もしこの光景を見ている人がいれば、きっと男女二人で旅行にでも出かけていると思うだろう。彼女が今日死のうとしていることも知らずに。
そもそも今日死ぬと言っておきながら彼女はなんらいつものと変わらない。
少しは事情を話してくれてもいいのだが、彼女が話すつもりがないことはここに来るまでに証明されてしまった。
だから僕はただ彼女がどうして死ぬのかも分からず、ただ彼女に付き合って学校をさぼったという訳だ。
「……君にしては珍しくえらく熱心じゃないか」
ここまで長々と状況を説明したわけだけど、こんなにもつまらなくなってしまったのは彼女が僕の話を無視するからだ。彼女が無視さえしなければきっと物語は進行するのだけどな。やっぱり彼女はいつものと変わらずマイペースなようだった。
「……はぁ」
いい加減無視され続けるのも心が痛いというものだ。
だからこそここは自分で行動を起こさないといけないだろう。
僕は彼女が熱心に見つめているノートをチラリと横から覗き見る。
「死ぬまでにやりたいこと?」
「変態覗き魔」
どうやら流石の彼女も反応を返さずはいられなかったようだ。僕の行動のおかげで現在彼女は、蔑んだ目で僕を見ながらそっと距離をとっている。
「もしかしてそれが今日の予定かい?」
彼女が僕を蔑むように見るのは慣れている。今更こんなことでめげたりなんかしない。だから僕はさらに彼女の領域に踏み入る。
「そうよ。今日は私が死ぬまで、やりたい事をやる予定よ」
「なるほどね。そして僕にはそれを教えてくれないのかい?」
「どうしてあなたに教える必要があるの?」
彼女は心底不思議そうに首を傾げていた。
……これ僕がついてくる意味が本当にあっただろうか?
まぁきっと彼女が僕を連れてきた理由なんて至極ありきたりなものなのだろう。偶々一緒にいたら。僕が都合のいい男だから――いや最後のはなんだか癪なので認めたくないが――恐らく理由なんてものはそんな単純なものだろう。そしてこの役目はきっと僕じゃなくても誰でもよかった。僕は偶々彼女の自殺に付き添いに選ばれただけだ。
……すいません。誰かこの役目変わってくれませんか?
「そうね、やっぱりまずは……」
ふと声が聞こえたので横を見ると、彼女は再びノートを広げていた。
声から察するに、どうやら早速やりたいことを選んでいるのだろう。
でも正直に言おう。ここまで無理やり連れてこられた感が否めないが、正直彼女が死ぬまでにどんな事をやろうとしているのか興味が湧いてきた。一体彼女がどんな事をしようとして、どんな事をして死んでいくのか。
(それを確かめられるなら、今日はそれでいいかな)
そうして結局僕は、彼女の都合のいい男に成り下がるのだった。
「――ねぇ?」
「んんっ!?」
ノートに夢中になっているものばかりと思って油断した。
突然近づいてきた彼女は事もあろうが僕の顔を両手でがっしりと掴んだかと思うとそのまま顔を近づけてくる。
彼女が声を掛けてくるのとほぼ同時に僕の口は、返事を返すまもなく彼女の唇で封じられた。
「んっ」
しかし僕の口はすぐに開放された。
意味が分からない。突然の事だということもあるが、どうして彼女が僕の唇を奪ったのだろうか?全く意味が分からない。
でもここはあえて言うべきだろう。これはセクハラなのだと。
女性ばかりに使われるその言葉だが、その逆もまたあることを彼女に教えてあげなければ。
そう、ここはあくまで余裕をもって……。
「い、いいい一体、ななな、なにをっ……!」
失敗した……。余裕もくそもなかった。先ほど奪われたばかりの唇は毒でも塗られていたのか、僕の言うことを聞かずにめちゃくちゃに動いてしまう。
全く……。毒を塗るとは卑怯な。
「不味い」
「はえ?」
「君の唇不味かった」
こいつは一体何を言っている?一方的に唇を奪っておいて不味いだと?この傲慢な態度はまるでどこかの女王様そのものだった。
しかしファーストキスを奪われ焦っていた僕だがすぐにある事に気づいた。彼女にキスされてぐらいで動揺するなんておかしいことに。
そもそも彼女にキスされても何も嬉しいことはない。僕達の関係はそんなラブコメではないのだ。
「君は一体何がしたかったんだい?」
「ファーストキスってレモンの味って聞いたからちょっと確かめたかったのよ。でも見当違いも甚だしいわね」
彼女はどこかガッカリしたような態度で再びノートを手に取った。
すると何やらペンを取り出しノートにチェックをしたのを見て、ようやく僕は気が付く。
「もしかして今のが死ぬまでにやりたかったことなの?」
「えぇ。確かめたかったの。まぁでもこれはそんな興味本位だけどね」
彼女はそれだけ答えると再び意識をノートに向ける。
どうやらもう僕との会話は終了らしい。
「それにしても……」
さっき彼女が死ぬまでにやりたいことに興味があるとか言っていたが、これは思ったよりしょうもないものが沢山ありそうだぞ……。
電車に揺られキスまでされてしまった僕はこれから先の事を考え、早くも憂鬱な気分になってしまった。
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