第3話 早朝

「……どうしてここにいる?」

 早朝。普段ならばまだ寝ている時間。しかも新聞配達の人をちらほら見る限り相当朝早い時間だという事が分かる。

 そんな時間に彼女――彼女は僕の家の前で不機嫌そうな表情を浮かべて待っていた。

「遅い。そもそもその恰好は何?それと荷物は?」

「は?」

 こんな朝早くに、鬼のような着信をして起こしてきた第一声がこれである。

 もう訳が分からない。

 冗談にしては面白くないし、一体彼女は何がしたいのだろうか?

「何してるの?早く準備して来なさい。じゃないと電車の時間に間に合わないじゃない」

 電車?今から彼女は電車に乗るのか?でも僕も彼女もここから比較的近い高校に通っている。だから電車通学とはこれまで無縁の生活を送ってきた。それなのにどうしてこんな早朝に電車に?

「……もしかして忘れたの?」

「忘れたって?」

 一体何のことだろうか?僕は何か彼女と約束でもしたのか?そもそもいつも会うのは学校からの下校時間のみだ。だから当然、朝彼女と学校に行く約束など今までしたこともない。

 いや待てよ?

 彼女は約束と言った。僕は彼女と約束などしたこともないが、ここでようやく昨日の出来事を思い出した。


 ――明日死ぬから。


 そう。彼女は昨日「明日死ぬ」と言っていた。昨日の明日ということはつまり今日。

 彼女は今日死ぬのだ。

 さらに彼女はこうも言っていた。


 ――だからあなたも一緒に来て。


 彼女は確かにそう言った。

 ここでようやく僕は彼女の行動の意味を理解することになる。そして同時に、彼女が言っていた言葉の意味をしっかりと理解することになる。

「……本当に今日死ぬのか?」

 何を恐れているのか知らないが、僕は若干震える唇を強く噛みしめて尋ねる。――しかしよくよく考えれば単に寒いだけだったかもしれない。

 とにかく僕は彼女の発言を全く本気と捉えていなかった訳だから、ここでようやく事の重大さを知ることになる。

「当たり前じゃない」

 そして彼女はいともあっさり認めてしまう。

 もう少し躊躇いとかはないのだろうか?仮にも死ぬと言っているのだぞ?普通自殺をするような人間はもう少し悲壮的な顔をしているものだが……。

「……」

 チラリと彼女の表情を見ると、やはり彼女はいつもと変わらない表情で僕を見ている。そこには確実に早くしろ、と僕の態度にだんだん不機嫌になっている様子が伝わってきた。

「え、え~と……僕今から学校なんだけど?」

「そんなのサボればいいじゃない。何?今日はどうしても学校に行かない理由があるわけ?」

 う~む。別にそうまでして学校に行きたい理由なんてある訳もないのだが、逆に学校に行かない理由がないまでには僕は真面目ちゃんだってことだ。

 しかしここで仮に「今日、好きな子に告白しようと思ってて」などと適当な理由を言った日には恐らく彼女は今すぐそれを実行しようとするだろう。

 電話なり家に直接行き告白を終わらせる。それから振られた僕を涼しい顔で見ながら「さぁ、用がなくなったから行きましょう」と言ってくるに違いない。

 ……いや、そもそもどうして僕が振られる前提かは分からないが。

 とにかく彼女はそういう奴なのだ。適当に理由を言ってしまえばあとで僕が後悔するだけ。

 かと言って彼女が納得するような学校に行きたい理由なんてものは当然思い浮かぶことはなく、それからしばらく経った後に部屋に引き返した。

 勿論彼女の誘いを断ったわけではなく、荷物を取りに行くためである。

 そうして僕はまだ機嫌が直っていない彼女と共に、彼女の自殺に付き合うことになったのだった。


「そういえばどこで死ぬつもりなの?」


 家を出て少し歩いたところで、ふと疑問に思い彼女に尋ねる。


「まだ秘密。いずれ話すわ」


「そうかい……」


 ……どうやら僕は行き先も教えてもらえないらしい。

 そうして彼女の自殺をメインとしてミステリーツアーが始まった。

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