第2話 下校

「私、大人になる前に死ぬから」

「はいはい、なら早く死んでね」

「嫌に決まってるじゃない。だって私まだ子供なんだから死ぬ理由がないわ」

 僕、斎藤涼真はいつものように彼女、園田詩織と帰路を共にしている。

 彼女とは別に友達、という訳ではない。ただ帰り道が同じだからという理由で、小学校から今までこうして一緒に帰っているだけで、それ以上の何者でもない。

 そして彼女の言っている「死ぬ」は口癖のようなもので、事あるごとにこうして死ぬ宣言をしている。

 まぁそれが実行に移される日は来ないのだろうけど。

「僕達はもう子供と呼べる歳じゃなくなってると思うけどね」

「何を言ってるの。私達はまだ十分子供よ」

「そうかな?もう高校二年となった僕達を子供を呼ぶのはいささか現実を知りすぎてると思うけどね」

「今のあなたが現実を?」

 僕の言葉の何がおかしいのか彼女は突然クスクスと笑い始める。

「なんだよ?」

 笑われ続けるのは癪なので、目を細めて睨みを利かす。高圧的な態度をとることで少しでも馬鹿にされるのを軽減しようと思ったからだ。

 しかし目論見は外れて――というかさらに彼女のツボに入ったようでさらになる笑いを起こしてしまった。

 もしかすると僕には笑いの才能があるのかもしれない。

 試しに変顔でもしてみるか。


「…………」


 数秒前。笑いの才能があるとか変な勘違いした僕を全力で殴り倒したい。

 彼女は笑うどころか無表情になってしまったではないか。しかも僕を無視して先に行ってしまった。

「散々笑っておいて何も言わずに逃げるのかよ」

 僕は恥ずかしさとバカにされたことの怒りとで、再び彼女の隣に移動する。

「失礼。私知らない人と話してはいけないってお母さんに言われたの」

「おいおい誰が知らない人だ。さっきまで一緒に話してたじゃないか」

「?」

 一貫して僕を無視しようとする彼女は、どうやら僕のことを本気で忘れてしまっているようだった。どうやら笑いすぎて僕の記憶だけ忘れてしまったらしい。

「全く、少し笑っただけで忘れるなんてお前の脳みそはファミコン以下だな」

「失礼ね。私の脳みそはスーパーマリオブラザーズぐらいはあるわよ」

「おぉ、それはすごい」

 でもあれ?確かファミコンのマリオって40KBしかなかったような……。

 40KBといえば、新聞紙2ページ分の大きさじゃないか。なるほど、彼女の脳みそは新聞紙2ページまでしか覚えられないのか。

 だったら僕のことをすぐ忘れるのも納得だな。

「今、すっごい失礼なこと考えてるんじゃないでしょうね?」

「失敬な、君の脳みそを憐れんでる、いてぇっ」

 まだ言ってる途中だったのに彼女は平気で僕の腹を殴ってきた。

 言葉も態度も容赦ねぇが、こいつは手をあげるのだって容赦ないのだ。

「それでどうしてさっき笑ったんだよ」

 殴られた腹が若干痛かったので腹をさすりながら先ほどのことを尋ねる。

「あなたが変なこと言うから忘れちゃったわよ」

「さいですか……」

 結局無駄に笑われただけだってことのようだ。

 そしてやはり彼女の脳みそは新聞紙……。

「いてっ!」

 まだ何も言ってないのに殴られてしまった。

 どうやら彼女は僕の考えを読めるらしい。


「あぁそうだ」


 腹を押さえて立ち止まっていると、前を歩ていた彼女が突然立ち止まる。

 急にどうしたのだろうか?もしかして突然殴ったことに対して謝罪でもしてくれるのだろうか?

 ……いや、そんな事があるわけないか。どうせまたくだらないことでも言うのだろう。

 そういつものように軽い言葉を交わしながらどうでもいいような日常を過ごしていくのだろうと、その時の僕は思っていた。


「私、明日死ぬから」


「――え?」


 彼女から突然放たれた言葉は、僕の耳に入っては来たがどうやら脳みそに到達しなかったようだ。

 もう一度意味を確かめるべく僕は彼女に聞き返そうとすると、やはりあいつは僕の考えが読めるのか今度はより大きな声で言う。


「私明日死ぬから。だからあなたも一緒に来て」


 彼女はそれだけ言って先に行ってしまった。自分の用事は終わったから帰る。こちらの意見を何も聞かないのは実に彼女らしい。

 だが今回はそうもいかない。

 なにせ、


「明日、死ぬ?しかも僕も来い?」


 訳が分からない。彼女が言っていることはいつも訳が分からないことが多いが今回は特別に訳が分からなかった。

 確かに彼女はいつも言っていた。大人になる前に死ぬと。

 しかしそれは単なる冗談とかそういう類のものだったのではないか?今日学校行きたくないから死にたいとか、明日はテストがあるから死にたい、だとかそういう類のものではなかったのか?

 だが彼女は確かに言った。

 明日死ぬと。そして僕も一緒に来い。

 彼女が死ぬと言ったことに動揺していたが、そもそもどうして僕が行かなくてはならない。

 そんなごく当たり前の疑問をようやく抱いた僕はもう彼女の姿が見えなくなった道を見つめる。


「まぁ……別にどうでもいいや」


 どうせここで何考えても明日の運命からは逃れられない。どうなろうとも結果、そういう運命なのだ。どうしようもできない。

 運命は運命。そうなることは決まっている。僕はいつもそうやって生きてきた。

 だから今回も考えることを放棄して僕も家へと帰る。

 もし彼女が明日、本当に死ぬのであったとしても僕には関係のないことだ。それがあいつの運命であり、どうしようも出来ないことなのだから。

「明日はどうなるだろうな」

 もし明後日に彼女が生きていたら全力で煽ってやろう。そんな事を考えながら僕はベッドの中で目を閉じた。

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