第27話 万事休すか?
我が家の電話番号を打ち込むふりをして、メッセージアプリを起動、園崎のトークをクリックして通話のボタンを押す。
この階にはいないだろうから、きっと大丈夫なはず。
そのはずだったが。
近くの方で、少し大きめの着信音が鳴る。
園崎は、この階にいるかもしれない。
『もしもし? どうしてあんたなんかがいきなり電話してくるわけ? 先にメッセージくらい送りなさいよ』
怒鳴りつけるような口調でいうものだから、笑里まで声が届いてしまいそうになった。急いで音を下げたから間に合ったが、もう少し遅かったら。
「おう、真白。今からうちにお客さんが来るそうだ。だから、よろしく頼むな」
『一樹、あんた頭大丈夫なの。会話になってないんだけど。あなたの脳内で変な翻訳しないとそんなふうにはならないでしょ? ねえ?』
「おいおい真白。ちょっと冷たいじゃないか。真白は今お家だ。だから、しっかり待っていてくれって話だよ」
頼むから通じてくれ。そうじゃないと、俺はどうなることやら。
『ここまでいって弁解なしなら、なんか事情でもあるんじゃないの』
よし、通じた!
「真白はひとりで待ってるんだぞ。さびしいからって、スーパーで合流とかするなよ。無理したらダメだからな」
『なに? あたしがあんたの元までいったら悪いってこと?』
「そうだ、えらいぞ真白。決して俺のところにくるんじゃないぞ。わかったならいいんだ。よし、じゃあな」
こうして俺は電話を切った。きちんと「こっちに来るなよ」という意図が伝わってくれているとうれしいのだが。
「真白ちゃん、あまり外に出るはずないよね。ちょっと不自然だったかな」
「ちょっと妹とふざけてただけさ。ははは」
「なんか変な感じだったなあ」
笑里は今の演技を疑っている。ここでボロが出れば、園崎のことを追及される最悪のシナリオが待っている。
苦しいことをいわれても、冷静にスルーだ。
「いやだけどさ、かずっちが本当のことをいってるっていう確証が持てないんだよね。嘘をついてないって、私に誓っていえる?」
「こういうときは『神に誓って……』とかだと思うんだが気のせいか」
「かずっちの信仰を尊重したんです。私もそういう気遣いはできるタイプだから」
「わかんねえな、笑里は。そうだな、笑里に誓って嘘はついていないと言いましょう」
ここまでいえばわかってくれるはず……
「じゃあさ、通話履歴みせてよ」
「いや、見てただろ。俺は真白と通話してたんだ」
「機械に記録されていることが真実だからさ」
この展開は非常にまずい。通話履歴には、本日、真白に通話した記録など存在していない。
笑里は確証を求める。疑わしいものを極端に嫌う。常に裏切られることを恐れ、変わらない状況に最大の喜びを感じる。
「笑里は幼馴染である俺のことをそんな風に疑うっていうのか。俺が笑里を欺くようなことがあると思うか」
「そ、それは……」
付き合いが長く続いたのは、笑里に信じられていたから、というのもあるだろう。信じられない相手とはあまり関係持たないのがアイツの主義だからな。
この俺が裏切っているとわかれば、笑里との関係の溝が生まれてしまう。念のための確認だ。嘘をついていないと目で確かめ、俺を信じたいのだ。
しかし、今の俺はどう動いても笑里に嫌われる、失望されるような展開が待っているといっていい。
「そんなに嫌だったら、私が無理矢理……」
笑里に向けた視線の先に。
園崎がいる。幸い、真白はいなかった。
だが、ここで関係があることがバレると厄介なところがある、頼むから、スルーしてくれ。
「かずっち、視線が泳いでるけど、そんなに後ろのことが気になるのかな」
笑里が後ろを振り向こうとする。
これは、阻止しなければ……
「ねえ、うら……」
園崎が、口を開きはじめようとしている。
万事、急すか。
だが、無理をしてでも。
こうなったら、なんでもするしかない。
「え」
後ろを振り向こうとした笑里の肩を掴み、無理矢理俺の正面に顔を向かせる。
「ちょっと、ハグしてもいいか」
「急に、どうし……」
俺は、強く笑里を抱きしめる。
「幼馴染の間なら、挨拶みたいなもんだろ」
ふつうなら、こんなことをしたら避けられる。笑里はそんな反応をしないからという確信あってのことだ。
「そうなんだ、かずっちはやっぱりわかってくれた。わかってくれたんだ」
笑里がこっちに囚われている間に、俺は無言で園崎に合図を出す。さっさとここを離れてくれ、と。はけるようにジェスチャーした。
「は?」という表情を浮かべても、それに屈せず何度もはけるよう指示する。
「かずっちは、どうしてこっちを見てくれないの、ねえ」
さっきよりおおげさに、指示をする。さっさといってくれという意志を受け取ってくれたおかげで、どうにかこの場から離れてくれた。
「ごめんな、ちょっとなれてないから」
十数秒ハグし続けて、完全に園崎が見切れたタイミングでやめる。
「ありがとう、本当にありがとう」
打算的なハグだったけど、笑里が可愛いと思ってしまった。我ながら最低な野郎だ。
「ねえ、スマホは?」
画面をつけようとすると、充電がなくなっていた。
どうにか、切り抜けた。
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