第28話 窮地を乗り越えて
「悪い、どうも充電が切れちまったらしいな」
「そっか、それなら仕方ないね。私、なんでかずっちのこと、信じてあげられなかったんだろう」
「いいんだ。信じられないときだってあるさ」
「でも、信じられなくなったらって考えると。やっぱり私は怖い。ずっと、信じていたい」
笑里は片目から涙を流してしまった。たらたらと垂れていき、膝を濡らしていく。
「俺が笑里に信じてもらえるよう、頑張るから。頑張るから、な」
「うん、ありがとう。ありがとう、ありがとう」
流れた涙をぬぐい、笑里は深呼吸をする。
「さあ、私も買い物に戻らなくっちゃ」
「悪い、俺はこれでもう用事は終わりなんだ。ここでお別れって感じだな」
「そっか。今日は、本当に本当にありがとう。かずっち、大好き」
俺の前に、拳を突き出してきた。きっと、こっちの拳を待っている。
「弁当を食べたときぶり、かな。約束のしるしだよ」
笑里と約束なんてできない。笑里にとって、園崎との関係は裏切り行為になるなんてわかっている。
だからこそ、俺は絶対にバレちゃダメなんだ。心苦しいが、俺は拳を突き出す。
「これからもよろしくな」
「それ、数日前にもきいたセリフ。そんな頻繁に使うものじゃないと思うけど」
「俺は今がそのタイミングだと思っていっただけだ。いつだって確かめあったっていだろ」
グータッチをした。
「はい、じゃあ今日はこれまで。入り口の方までお見送りするね」
笑里と横になって歩く。袋を持っていない、手持ちぶさたな左手は笑里の右手によって強く握られる。
側からみれば、恋人みたいなものだ。笑里が俺の恋人と勘違いされるのは悪くないが、どうもしっくりこないように思う。
「ここまでだね。また今度」
「こちらこそ、また今度な」
「週明けの放課後も、屋上にきてくれる?」
「いいさ、いいとも」
その言葉を後に、俺たちは別れた。あちらから手を振られたので、しっかり振り返した。
「……さて」
問題はここからだ。笑里から園崎の存在を寄せ付けないためとはいえ、園崎の前で笑里にハグを見せつけている。
嫌だっとはいえ、人と買い物している最中に、女といちゃついているところを見せられていい気分になるはずがない。どんな罵倒も受け入れるつもりでいる。
あいつがどんな反応をするかが、一番の懸念だ。
笑里のように、執拗に詮索することはないとはいえ、園崎の心に疑問は残るはずだ。
ハグをしていたことをいじられることは許容範囲。笑里のように詮索しないことを祈るばかり。まずは、質問に冷静に対処することを念頭に置いておく必要がある。それは確かだ。
笑里が買い物にいってここにはいないことを確認し、店内から出る。ここで園崎と通話して、落ち合う……
いいや、それはできない。電池はすでにきれてしまっている。俺が知っているのはアイツのメッセージアプリのアドレスだけである。もし電話番号を知って入れさえすれば、俺は公衆電話から連絡を取ることもできたかもしれないのだ。
会えないかもしれない。でも、はやく疑いは晴らしておきたい。そうしなくちゃいけない。笑里との関係をこれ以上拗らせないためにも、アイツにも誤解を生んでしまうと困るんだ。
「連絡がつながるとか、そうじゃないとかじゃなくて。探さないと」
チャンスはふたつ。個々の帰り道で会うか、真白を送り出すためうちの近くにいる園崎と出会えるか。
頼む。
歩き、歩く。
道すがら、正面にいる女。あれは、園崎?
「すみません」
「あの、どちら様ですか」
「申し訳ありません、ただの人違いです」
後姿は似ていたが、園崎じゃない。だめだ、はやく本人をみつけなくちゃならないのに。
しかし、園崎と確信した人物と何人すれ違っても、全員別人だった。
ついに、俺はアパート前までたどり着いてしまう。ここから階段を上り、ドアの前までにみつからなければ、チャンスはもうない。
近づいて覗く限り、人の気配はなかった。やはり園崎はいないのか。
最後の望みをかけて、俺は階段を上る。自分の部屋の階まで。
階段をのぼってすぐ、我が家のドアを背に足をのばして座り込んでいる人物がいた。こちらから見て、ドアは平行に立てつけられているから横顔しか見えない。
「おい、園崎か」
真偽をたしかめることもなく。俺はドアの方まで走った。くるりと体を回し、座り込んでいる人物を見る。
「真白? なんでここで座っている」
「鍵、忘れちゃったから。お兄と一緒に帰るはずだったのに、先に帰れっていうから」
「すまない、それより園崎は? 園崎の姉ちゃんは、どこにいった」
「ここまで見送ってくれてから、すぐに走ってどこかにいなくなちゃった」
「おい、どこにいった? どこにいけば俺は園崎に……」
「おかしいよ、お兄」
「なんだって、真白」
「だから、お兄。どこかおかしいよ。正気じゃないよ。まずは落ち着いて部屋に入って。話をきかせて。お兄が、お兄じゃないの」
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