第16話 支配と暴力の果てに
「あたしの料理、本当は美味しいだなんて思ってないでしょ?」
「ッ……!!」
「やっぱりね」
アイツはため息をついた。諦めと悔しさから溢れ出たものにみえた。
「きっと、浦尾は誰かと比べたんでしょ?」
「比べなかったといったら、嘘になるな」
「そうよね」
ふいに、園崎は立ちあがった。
「あたしさ、誰かに負けたくないし、負かされたくないんだ。常に勝ち続けていたいし、誰かの上にいたい」
「急にどうした。たんにお前が負けず嫌いってだけじゃないのか、それは」
「負けず嫌いとはちょっと違う。あたしは支配する側に回りたいの。常に相手より優位な位置に立つ。それが。あたしを突き動かしてる」
「やっぱ性格悪いな、園崎は」
「そうだね。あたしは腐ってる。でもさ、それが生き甲斐だし、原動力になってる。あんたに包丁を突き付けたときでさえ、どこか昂っていたわ。この瞬間、あたしはあんたより圧倒的に上に立っているってわかるから」
俺には園崎をわかってやることができなさそうだ。常に自分が優位でありたいだなんて思ったこともない。日々をのうのうと過ごせれば、それが俺にとってはじゅうぶんだ。
近くに可愛い妹がいて、幼馴染がいて、雷堂をはじめとする友人がいて。それ以上求めることはない。
「じゃあ。お前はなぜ俺に歯向かうんだ。俺がお前に勝ったなんて思ったことなんてないぞ」
「だからよ。いったでしょ。あたしはあんたのだらしないところが嫌いだって」
「たしかにいっていたな」
「なんで向上心がないの? ただぼやっと生きてるあんたは、上昇志向のあたしにとっては腹立たしいわけ。だから、もっといきいきとすればいいのにって」
「これは俺の処世術。園崎が園崎らしくあるように、俺は俺らしくあるつもりでいる。その根幹を変えたいとは思えない。だから、これからお前とは何度も衝突することになるだろうな」
「あっそっ。なら上等じゃない?」
アイツはビシッと人差し指を伸ばし、俺をさした。
「あたしも折れる気はさらさらないわ。ただ、これからもあんたの許せないところは延々と指摘し続けるわ。それがあたしの生きかただもの。性格は変えずに、あんたを変える」
何をいってるんだか。そんなの屁理屈みたいなもんじゃねえか。
「いいだろう、園崎の本気、俺は受け止めてやる」
俺も床から立ち上がった。
「あたし、負けないからね?」
「これだから、お前はいつもいつも腹立たしいんだ」
「いい調子ね。ああ、スッキリした。もうやるべきことはやりきったから、帰っていいわよ。さようなら」
「おい、押すなよ」
背中をグイグイ押され、玄関まで追いやられる。
「これ以上はなすと、あたしのすべてをさらけ出しちゃいそうだから。あたしもあんたのことを許しているわけじゃないんだからね?」
アイツのいうとおり、こっちは早々に切り上げた。
園崎の家を出たのち、妹のためにコンビニで弁当を調達してから、家路につく。
「ただいま」
家につくと、もう昼すぎ。なんだか、長い時間だったな。どうも、退屈な時間は長く感じるらしいな。
「お兄、顔がやつれてる」
「気のせいだろ」
「心が疲れてそうなの。お兄の心がげっそりえぐれてるっていうか」
「それは否定できない。けっこう精神的に疲れた」
「それじゃあ、膝枕でもする?」
つけ耳をヒクヒクさせ、誘惑してくる妹。何もいわずとも、何かを察してくれたのだろうか。すまないな、妹よ。
「その話、ききいれようじゃないかッ!」
ソファの上で正座をしてくれた妹の上に、俺がそっと乗っかる。
「一分間だけだからね?」
「一分でも、お兄はうれしいぞ……」
これは人をダメにさせる。幼い匂いと優しさの香り。身体中に伝わる柔らかさ。ふだんはさせてもらえないからこそ、この一分間が際立つ。
まさに天国。
「はい、これで終わり。真白にお兄は癒されました」
「やばい…… 尊い……」
きつい態度への疲れも、死への恐怖も亜空間に吹き飛ばされた。充電マックス、これで何も怖くない。
「サンキューな、真白」
「いつもやってあげるわけじゃないんだからね。特別なんだよ」
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