第15話 アイツとマンガと手料理と

「今から料理作るから。あんたは適当に座ってなさい」


「なんだ、朝メシならとっくに食っちまったぞ」


「昼に決まってるでしょ。たとえ朝食だったとしても、別にあんたがすでに食べているかなんて関係ないから。せっかくあたしが作ってやろうってのにさ。生意気なことまた脅すけど?」


「それだけはやめてくれ。何も口出さないからさっさと作ってくれ」


「私の一品級の料理を作るんだから。あんたはそこで大人しく待っていることね」


 とはいっても、やることがない。暇を潰せそうなものがないかと、部屋をうろつく。


「持て余してるわけ? ちょっと待ちなさいよ。あたしのマンガ貸してあげるから、大人しくそれでも読んでいなさい」


 アイツは包丁をまな板の上におろす。廊下に出ると階段を駆け上がっていったようだった。


 しばらくすると、ドタドタと駆け降りてきた。良い子のみんなは、駅のホームとかでやるんじゃないよ。


「はい」


 女子の持っているマンガなので、少女マンガであるとばかり思っていたが。持ってきたのは、いかつい顔をした男たちが並ぶ表紙の漫画だった。それも一気に十数冊だ。手から魔法陣を展開していたり、銃を背負ったりしたキャラたちが描かれているようなものだった。


「能力バトルものよ。あたし、こういうの結構好きなの」


「なるほどな、こういうのが好きだと暴力女ができあがるわけか」


「違うから。一樹は人の趣味を否定するマンですか」


「悪い、悪い。前言撤回する」


 ふん、と首を捻り、アイツは後ろを向いてしまった。強い殺気に圧倒され、何も口出しできない。仕方ないので、持ってきてくれた能力バトルものに目を通していく。


 第一巻をサラッと目を通したところでだいたいの内容を把握した。


 能力の強さによってランク付けがされる世界にいる主人公は、一番下のランクにいる落ちこぼれの能力者。しかし、そんな自分の弱さに甘んじることなく、最弱から最強へ成り上がることを決めた少年が、強くなるために戦いに明け暮れる。そんな話だった。


 そこからじっくり目を通してみたところ、調子に乗っている格上ランクを主人公の実力で跳ね飛ばし、改心させたのち手下として従わせていくというパターンがほとんどだった。


 本の帯を見るに、どうやら結構人気作らしい。思い返してみるのと、アニメ化されていた気がする。自分は興味をもたなかっただけで、世間的には認知されているのだろう。


 ページは擦り切れていて、何度も読んだことがひと目でわかった。



 そこから読み進めていくと、あることに気づいた。ワンパターンといえども、これが意外と面白いのだ。巻数を追うごとに、さらなる力をつけていく主人公の姿は圧巻だった。


 いつの間にか、ページを捲る手が止まらなくなっていた。なるほど、これはハマっても仕方がないな。




 そうしていると、あたりにいい匂いが立ち込めてきた。耳を澄ますと、フライパンで具材を炒める音がきこえてきた。そこを気にしてきたということは、どうやら腹が減ってきたということらしい。



 巻数のおよそ半分にさしかかったあたりで、


「一樹、もうできたんだけど。あたしの一品級料理、食べたくないの?」


 とアイツが何度もしつこくいってきたので、しぶしぶ園崎に応じてマンガを閉じた。物語の世界に没入しすぎたらしい。すぐに小一時間はふっとんだ。


「食べたいさ。でも、たくさん食えるか不安なんだ。朝食からそんなに経っていないからな」


「一樹はどうせ育ち盛りの男子でしょ? いくら食べても成長につながるんだから、つべこべいわずありがたくいただきなさいよ」


 まあ、熱い能力バトルマンガにがんがんカロリーを奪われていたので、食べれるか。


「そういや、園崎は何時起きだ」


「五時」


「早すぎだろ」


「六時には朝ご飯だからこっちはお腹が空いてるわけ。わかる?」


「そりゃあ腹も減るわな。きいたこっちが悪かったな。よし、食うか」


 食卓へとむかう。大皿にドンと一品だけ置かれている。


「手間暇かけてつくった、あたしの野菜炒めよ。あんたの家は冷蔵庫もないからまともに調理する気になれなかったけど、ここなら思うように作れるからね。さあ、食べてみなさい。ほら、ご飯もあるから」


 炊飯器から米をよそってくる。茶碗自体は小さそうなので安心したが、俗にう「マンガ盛り」状態だった。


 食える準備をする。俺と園崎は向かい合って座った。


「それじゃあ早速。いただきまーす。いっぱい食べなさいよ、せっかく作っただから」


 かなり匂いはいい。いつの間にか腹も空いてきた。がっつり野菜を箸で掴み、取り皿に移す。時間をかけているんだ。さぞかしうまいことだろう。


「じゃあお言葉に甘えて」


 野菜が口に侵食する。咀嚼の末にわかったのは、それがふつうの野菜炒めほかならないということだった。残念ながら、格別おいしいわけじゃない。


 ぶっちゃけると、そこそこまずい。


 なぜだ。野菜炒めに失敗することなんてあるのだろうか。この俺でももう少し美味しく作れるだろう。そのくらいのクオリティなのだ。変な味がするというより。美味しくないんだ。


 だが、これをぶっちゃけるとアイツはもっとキレるに違いない。もう包丁を突きつけられるのは懲り懲りだ。


「お、美味いじゃん。けっこうやるじゃないか」


「ほんと? よっしゃぁ!」


 無邪気にガッツポーズを決めていた。心の底から喜んでいるようにみえた。なんだか、申し訳ない。


「じゃあ、あたしも…… う〜ん! 料理人がうまいと食事は最高ね」


 園崎としては満足のいく出来だったらしい。


 それから、野菜炒めがなくなるまで、俺たちは食い続けた。


「ごちそうさまでした」


「お粗末様でした」


「皿くらい片付けておこうか?」


「あんたはつけておくだけでいいから────それよりも、あたしは本当に満足だわ! あんたを唸らせる逸品ができたんだもの。清々したわ」


 園崎は自分にいいきかせ流ようにいった。俺は皿をつけ、俺は漫画を置きっぱなしにしたカーペットの方へ戻った。


「再度にはなるが、野菜炒めよかったぞ」


「あたしだって料理くらいできるし」


「うまかったって褒めてるんだ、素直に喜べ。俺だって美味しくなかったらお前のことなんか褒めやしないさ」


 そんなの嘘だ。美味しくなんかなかった。微妙な味だった。


「ねえ」


「どうした?」


「本当のこといってよ」


 アイツは首に手を当てて天を仰ぎ、ガクッと下を向いてしまった。


「園崎?」


「おだてられてもうれしくないから。本当は、違うんでしょ」

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