妹、浦尾真白編
第17話 真白は〇〇がだいすき!
「やべぇ、やることがねぇ……」
「お兄、宿題はいいの」
「もう終わった」
土曜日、真白が俺にご奉仕してくれたおかげで、気力も体力もガンガンに回復した。いつもならやる気が起きない勉強にも身が入り、大量の課題を仕上げることを可能にしたのだ。妹パワー、恐るべし。
「で、お兄は黙って真白の隣に座って何がしたいわけなの」
「真白、お兄さんと一緒に楽しいことをしないか」
もし外でこんなことをいったら俺はお縄確定だ。だが、浦尾兄弟間では別の意味を持ち合わせている。
「やってくれるの」
「もちろんさ」
せーの、で声を合わせて。
「「映画地獄!!」」
説明しよう。「映画地獄」というのは一日ぶっ通しで映画を見続けることである。パターンはふたつ。
一つ目はシリーズものを一気に見るパターン。『続きが気になって夜も眠れねえよ』から解放されるいいやり方だ。
二つ目は無作為に作品を抽出するパターンだ。恋愛とアクション、邦画と洋画、実写とアニメーション。ともかくなんでも食わず嫌いせずに見る。うちは映画のDVDの保有枚数は異常だと自覚している。さまざまなジャンルが揃っているのだ。
ふつうの人が本やマンガに費やすお金は、我が家の場合、ほぼDVD代に消えていく。買うだけに飽き足らず、よくレンタルビデオ屋にもいっていたものだが、数年前に近くの店が潰れてしまってからは借りることを躊躇せざるをえなくなった。他の店が遠いからな。
「最初の一本はどうする?」
「お兄がテレビ台の下の収納から選んだ一本」
テレビ台は中が収納になっていて、下にDVDがたんまり入っている。
「これだ」
取り出したのは。いわばヒューマンドラマ。家族の絆がうんたらかんたらという話だ。結構泣ける系だった気がする。
すかさずビデオデッキにDVDを吸わせた。
「真白、電源つけて用意頼むな」
無言かつ無表情でサムズアップを決めた真白は、リモコンを素早く操作し、映像が切り替わるまでじっと待ち続けた。
メニュー画面を押せるようになった瞬間、素早い手つきで全編再生ボタンを押す。この動作のスピードなら、真白はギネスを取れるとすら思っている。なんせまばたきする間も無く映画本編がスタートしているくらいだからな(体感時間)
「これって、全米が泣いた系?」
「そうだ。絶対泣けるって話題になった作品だったよな、確か」
我が家に置いてあるDVDは何百枚とあるが、もう全制覇している。どの作品も複数回見ているはずだ。ただ、内容はぼんやりとしか覚えていないが。
なんだか悲しい理由で親子が離れ離れになるところからはじまった。全員が、ともになることなく別れてしまう。
「フィクションってどうせ虚構なんだよな。じっさいは別れなんてこんな感動的でもないし」
「同感。脚本家は何もわかってない」
「昔だったら、ここで胸が苦しくなったのかな」
「わからない」
話が先に進めば進むほど、「泣いてください。ここが感動シーンですよ」と過剰に演出された箇所が何度も出てくる。前に見たときはボロボロ泣いていたように思うんだが。
なんだかわざとらしくて、こっちがバカにされるように感じてしまった。
後半、主人公の兄弟と再会、いよいよ親探しも本格的にはじまる。調査には何年もかかって、私生活をダメにして、少しずつ居場所を突き止めようと努力していく。犠牲の果てに、それらしき人物の手がかりを掴む。
「どうせあれだろう。ここから会えるんだろ?」
「別にどうでもいい」
真白は冷たい返事をした。
クライマックスに入れば、それはそれは泣かせにかかるBGMとカメラアングル・迫真の演技。
結末は────ハッピーエンドだった。スタッフロールが流れ始めたタイミングを見越して、真白はすぐにDVDを取り出す。
「面白かったか?」
「まったく」
「同感だ。どうしてこんなDVDを持って着たんだっけ?」
「親とよく一緒にみた。これを見てはいつも泣いてた」
「そうだったな」
親は、死んでいるわけじゃない。ご存命だ。しっかり俺の銀行口座に仕送りもしてくれている。
ただ、しばらく連絡していない。もはや、親子というより他人の関係に近いといえる気がする。
「真白は、あの家に帰りたいと思うか」
「お兄はどう思うの」
「俺はどこでだって生きていけるから問題ない。俺は真白がどうしたいかだと思う」
「やっぱ、親のことは語りたくない。さっさとこんなDVDしまって、他の映画みよう」
しまったDVDは、魔白によって乱雑に収納された。
見たくないものは、見えないところへ追いやる。自分から避ける。真白はそういうやつだ。
「またいつか、気が向いたらはなしてくれ。俺はいつでも受け入れる覚悟はできている。俺は、な」
「ありがとう、お兄」
「お兄って呼ばれるのも、よく考えるとなんだか恥ずかしいな」
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