第6話 初仕事から妙に変なアイツ

「いや〜、それにしても落ち着く家ね〜」


 園崎は我が家に来るや否や、ソファーを占領しやがった。ギリギリ三人座れる横幅はあるものの、あいつと至近距離で座りたくない。真白はいつも左端が固定ポジションのため、どこへ座ろうとも園崎と隣になる。家にいるときまで隣の席とかさ、まじでないから。


「ハッハッハ〜 そうだな、園崎。我が家はとても落ち着くだろう!」


「ほんとずっと住んでいたいくらい!」


「ああ、それは嬉しいな。ガハハハ」


「お兄、なんかわざとらしい」


 真白は、顔もあわせずボソリといった。


「いや、俺たちはこういう関係なんだ。通常運行といったところだよ」


「変なの」


 園崎がこっちを睨んできた。俺は何も悪いことなんぞしていない。ただ、あんたに合わせたにすぎない。俺は悪くないのだ。


「あ、そうだそうだ。ちょっと勉強教えてほしいんだった。さーて、勉強部屋へいきましょうね〜」


「園崎、押すな。無理やり押し込むなって、おい」


 強引に勉強部屋まで押し込まれる。


「あんた、なんでわざとらしい態度をとるのよ。ありえない、まじ死ね」


「いやぁ、園崎こそなんだ。今朝からやけに別人みたいでキモかったけどな。もしかして昨日までの人格は死んじまったか? 可愛い子ぶっても可愛くねえもんは可愛くねえんだよ」 


「はぁ? あたしはあたしなんだけど。っていうか、それが従業員に対する雇い主の態度ですか? セクハラです、セクハラ。一生独房で暮らして寂しく生き絶えろ、この野郎」


 いったん呼吸を落ち着ける。オーバーヒートしすぎだ。このままだと発火してしまいそうな勢いだ。これじゃまるで会話にならん。


「じゃあきこう。お前の態度が豹変したのはなぜか。適当な文字数で答えよ」


「あたしとあんたが敵対関係にあると知られれば、真白ちゃんに嫌われるかもしれないからだっつうの。そんなのもわからないわけ?」


「それなら安心しろ。俺らが敵対関係にあることくらい、とっくにリークしてある。今更どう足掻いても無駄だ」


 そんなこと、いったところで何も変わらんだろう。真白だってその程度の情報で人を嫌うわけないし。


「はぁ? 従業員の了承もなしに雇い主が勝手な言動を真白ちゃんにしていいなんてこと、誰が許したっていうの?」


「それは雇い主のセリフだろ。たとえ脅されて契約したとて、偉さいえば雇い主>従業員じゃないのか」


「力関係はそうとは限らないでしょう。ともかく、まずあたしは真白ちゃんに好かれたい」


「他にも理由がありそうな言い草じゃねえか」


「それは……」


 園崎は下を向いてモジモジし始めた。先ほどまでの勢いが急に衰え、声も一気にかぼそくなる。


「……だから」


「もう一回いってみよう」


「この……が、……だから」


「君ならできる。もっと大きな声で」


「この性格が、……だから」


「最後ぉ〜」


「こ、この腐ったあんたの性格を、矯正したいからに決まってるでしょ!! 何からかってるの。まじありえない。キモ。きのういったことすら忘れる脳年齢後期高齢者ですか?」


 まずは全後期高齢者に謝りたまえ。この瞬間からてめえは三千万人を敵に回したも同然だぞ。園崎、果たしてお前に勝てる相手なのか。 


 そういや、学校の朝会、何度も挨拶やり直させる先生おったよな。俺は嫌いだ。だって俺以外がちゃんとやっていればいいんだもん。同じように園崎にやったのは────気分だ。本当はきこえてたけど、揶揄ってからかってやったぜ。


「園崎にも態度を改めたい気持ちが、あったんやな」


「当たり前でしょ。このまま社会に出たら、すぐクビでしょ。殴るわ蹴るわの危険人物だもん」


 冷静に考えてみればそうだ。ここまで短気だと、生きていくのも辛いことだろうよ。


「お、自己分析がしっかりしてなさる」


「とにかく、すべての元凶であるあんたにイラつかなくれば、きっと他の人にもイラつかずに、暴力も振るわなくなるかなって思ったわけ。そうきのうもはなさなかったかしら」


 すべての元凶ってのはさすがにいい過ぎではないだろうか。俺を討伐すれば世界に平和が訪れるってか。まるでラスボスじゃねえか。


「そりゃあ一割くらいは覚えているさ。でもな、なんだか園崎らしくないんだよ」


「私をいったいなんだと思ってるわけ?」


「暴力女」


「私はあんたを捻くれ野郎としか思ってないからいいけど。他の女に同じようなこといったら嫌われるわよ」


「気をつけます」


「ということで。これから、私さ。あんたに優しくできるくらいの女目指してるから」


 しっかり目をあわせる。


「よろしくね」


 柄にもなく、笑っていた。どこか不器用で、全然板についていない振る舞いだけど。俺にはなぜか、あれが偽りのない笑顔だと思った。


「ああ」


 つい、手を差し出し握ろうとしてしまった。


「何触ってんの? あ?」


 一瞬触れてしまった手を、すぐに戻す。


「なんでもありませんから、お許しを」


「まあいいわ。今から家事業スタートってところね」


 今日は、一緒に勉強して、少しだけ掃除をしてくれた。ゴミをまとめてくれたのは助かったな。我が家の安全地域は勉強部屋とソファー前だけだったからな。


 さて、これから園崎とうまくやっていけるのだろうか。

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