園崎真琴編〜嫌いなアイツの意外な一面!?〜

第5話 アイツが豹変しすぎて怖い。

「はぁ……」


 次の日の学校。登校してすぐ、俺は机に突っ伏した。きのうの疲れが出たせいか、体に力が入らないのだ。


「どうした一樹。今日のお前はいつも以上に元気ないぞ」


 その様子を見かねて、雷堂が様子をうかがってきた。


 元気がない? 当たり前だろう。園崎が「雇なさい!!」とかいってきたんだ。青天の霹靂だよ。


「宿題のせいで寝不足が続いてんだよ」


「課題のせいか。なら仕方ないな」


 納得してくれて何よりだ。まあ、「まさか、園崎を雇ったのか?」なんてピンポイントできいてくるはずもないからな。だって、同級生を雇うだなんて状況は、九割九分フィクションの中にしか存在しないからな! 


「そういう雷堂はどうなんだ。ちゃんと終わったか」


「まさか、この俺がきつい宿題をやってくるとでも? きのうは推しの配信にすべての時間を捧げてきたさ。そのうえ、数千円が投げ銭に溶けた。配信が終わった後は、過去の動画を夜遅くまで見返していたね」


 さすがは重度のオタク。アニメ・マンガ・ゲーム・配信者・ボードゲーム・鉄道etc……。ありとあらゆるジャンルを深く愛しているだけある。


「あいかわらずだな、雷堂は」


「いや、褒められると照れるではないか」


「褒めてねえわ。マイナスの意味でいっただんだ」


「そういや、一樹だって変わってないよな、アイツとの関係。昨日もそうだ。おふたりは仲がよろしいようで」


「んなわけあるか。お前の目は節穴か」


 やめてほしいものだ。根本的にアイツとは反りがあわない。仲良しと誤認されるのは流石にキレそうになる。


「おっと、噂をすれば」


 ドアが開かれる。中に入ってくるのは、女子。


 よりによって、園崎真琴だった。


「浦尾くん、おっはよ〜!」


 昨日のテキスト書き込み事件並みにニコニコな園崎に、俺は恐怖を感じてしまう。


「お、おはよ」


 雷堂の表情が固まる。そして、俺と園崎を何度も交互に見る。他のクラスメイトも、動揺を隠せずざわつきはじめた。ふだんから火花を散らしまくっているふたりなのに、なぜ。そう驚いても仕方ない。


「おい、いったい俺は何を見たんだ? あの園崎真琴が、一樹に笑いながら挨拶する、だと」


「アイツだって笑うときくらいあるだろう。きっと昨日いいことでもあったのさ」


「一樹。もしかしたら、今日は空前絶後の大雪に見舞われて、地球最後の日をむかえるかもしれねえ。短い間だったが、俺の友人でいてくれて、ありがとうな」


「とんだ杞憂だ、雷堂。そもそも雪くらいじゃ地球は滅びねえ。昨今は地球温暖化が騒がれてるっていうのに、よりによって寒冷化で人類の危機か」


「だって氷河期の間はたくさん生物が死んでるわけだし」


「というか論点はそこじゃねえよ」


 いつの間にか変に脱線していた。やれやれだぜ。


「あれか、園崎真琴が近いうちに一樹を冥土行きにさせる前兆ってやつか」


「死んでも嫌だわ」


「どちらにせよ死ぬぞ」


「その前に、殺されないよう精進します」



 さて、今日のアイツはやけに優しかった。


 赤ペンを忘れてしまった、といえば。


「もう、浦尾くんったら。気をつけなきゃダメなんだよ」


 ここの問題がわからないんだ、といえば。


「私が教えてあげるから、しっかりきくんだよ」


 授業中にうとうとしていたら。


「こら。だめですよ」


 怖えぇ。 それも別人のように微笑みながら、声色を変えていうんだぜ。これで裏がなかったら、この園崎は何者なんだ。影武者か? 


 クラスメイトもいちいち俺たちのやりとりにざわめき、ありもしない噂話をしていたりと、今日はやけに落ち着かなかった。


「真白」


「おかえりお兄」


「俺は女ってものが理解できそうにない」


「ふーん。まあもともとそんなことは知ってたけど」


 真白は退屈そうに答えた。またテレビをみている。どうやら、今日は恋愛ドラマの気分らしい。「私とアイツ、あんたはどっちを選ぶわけ?」というセリフから察するに、どうやら修羅場のようだ。まあ、俺にはまず恋人の選択肢がないからな。女の子との縁なんて────ゼロではないが、どれも恋愛に繋がるものではなさそうだし。


「知ってたと、いうと?」


「だってお兄は真白のこと全然わかってくれないんだもん。知ってるも何も、って感じ」


 ああ、ベートーベンの「運命」のイントロが流れてきたよ。絶望の淵から突き落とされ、奈落へと誘われた感覚。この先には、想像を絶するような地獄が待っている、的な。


「頼む、俺の精神が崩壊しそうだ。これ以上のダメージは、もはや致命傷」


「いまのお兄、めんどくさい。いまのシーン、いいところなのに」


 オーバーキルすぎんよ。殺傷性が高いんだよ。言葉は使い方を間違えればナイフなんだよ。園崎からは刺され慣れてるけど。それと違って真白の発言は、一言でも、深く、深くめり込むんだ。もう立ち直れなくなってしまうくらいに。


「わかった、今は俺よりドラマの方が大事だよな。トホホ」


「お兄がわかってくれるならそれでいい」


 園崎は今日、部活が委員会活動があるらしい。とはいえ、報告程度で済むとのこと。あと三十分もしないうちにここにはつけるだろう。


 なんせ我が家は学校から(ギリ)徒歩でいける距離にあるからな。安くて広さも十分あるアパートなんぞ、駅から近いはずもないからな。


 課題でもやりながら時間を潰していると、ちょうど三十分後、インターホンが鳴った。


「はーい」


「園崎真琴ですっ!! お邪魔しま〜す」


 ダメだ。おかしいのは変わっていない。やけに態度が豹変している。毒でも飲まされてるのか? 俺にもわかるように教えてくれよ。


 鍵を開けると、すぐに園崎の顔がひょっこりと現れた。


「えへへ。今日から浦尾家のハウスキーパーだね」


 え、何これ。雷堂のセリフもあながち間違っていなかったのかもしれない。今日、殺されるのかな……

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