第4話 園崎が無理やり我が家にやってこようと試みた結果……

 家政婦? 雇う? 色々話をすっ飛ばしすぎだ。


「なあ、しっかり説明してくれ。そんな説明じゃ納得できない」


「あんたみたいにだらしない男の元で暮らしてたら、真白ちゃんが可哀想でしょ。どうせあんたは家事なんてしないだろうから、あたしが代わりに家事をやるってことよ」


「断固拒否だ。俺と真白の絆を引き裂ける奴など、存在するはずがない。友人だろうが幼馴染だろうが、誰だってな。ましてやお前みたいな女がそうであってたまるか。ここは俺と真白だけの聖域なんだ!!」


「週三回、食事・掃除・洗濯まであたしが全部やる。やれることはなんだって。ただそれだけじゃない。何が悪いの? 別にあんたたちの絆を引き裂くつもりはないし」


 聖域のくだりははスルーかよ。まあ、家事をやってくれるのはありがたい。だがな、お前じゃないんだ。


「たとえ絆を引き裂かないとしてもダメだ。無料だったら心が揺れたかもしれないが、『雇う』ってことはこっちがカネを払うんだろ。金を払ってまで嫌なやつを家に呼び込む阿呆がどこにいる」


「じゃあ、一ヶ月間は無料体験。それ以降は、あんたが満足いかなかったら全額チャラにするから。月に一回の支払いでよろしくね。値段は追々決めるから」


「一ヶ月無料体験って。お前は化粧品会社か動画サイトの回し者か」


「反応薄いわね。せっかく安くしようと思ってたのに。こうなったら、最終手段。ちょっと待ってなさい。スマホとってくるから」


 なんだ、今からプレゼンでもするつもりだろうか。


「これ、あんたでしょ」


 部屋に入ってすぐ、あいつはスマホの画面を突きつけた。一枚の、写真。


 これは────


「園崎真琴。なぜあんたがこの写真を持っている。さっさと吐け、そのワケを」


「あたしが持っていたって、問題ないでしょ」


「大問題だ。今すぐ消せ。端末から抹消するんだ。今すぐに」


「それはあたしを雇ってからだからさぁ。雇ってくんないんだったら、拡散するけど?」


「その写真だけは絶対にダメだ。絶対に。晒された日には、俺の立場がなくなる」


「それなら雇うしかないんじゃない」


「でもな、ここで俺がお前のスマホを強奪してデータを消すこともできるわけだしな」


「別にあんたがあたしからスマホを奪おうとしても、あたしの方が断然力強いからきっとできないでしょうね。あたしは運動部、あんたは帰宅部なんだから」


「そういえばそうだったな」


「この優柔不断。もういいわ。あんた、あたしを雇いなさいよ。これは命令よ!!」


 嫌なあいつと同じ時間を過ごすか、写真をバラ撒かれるか。俺にとっては、断然あいつと過ごす方がマシだった。


「仕方ない、雇おう」


「やった〜。これであんたの腐った性根を叩き直せる〜」


「園崎、そういえばテキストの件とこの話、何の関係がある?」


「あなたのことを『テキストを勝手に使われたくらいじゃムカつかない人間にする』ことが真の狙いよ。イラつくのはあんたのせい、ならあんたから矯正すれば万事解決ってことよ」


「なんだよ、その理論。意味分かんねえ」


「あたしの中では筋が通っているからいいの。また明日来るから、もう帰る。じゃあね」


「え、まだ確認したいことが…… おい待て」


 もたついていると、すでにあいつはいなくなっていた。


「何がどうなってんだよ……」


 誰もいない玄関のほうを、呆然と見ていた。


「お兄、彼女さんと実質同居だね。よかったじゃん」


「彼女でもないし同居でもないからな」


「これで真白の出る幕も無くなったね。もうスキンシップしなくても大丈夫そうだね」


 ずっとテレビに釘付けの真白が、わざとらしくいってきた。


「いや、前提としてあいつは俺の天敵なんだぞ? きっとあいつのせいで気苦労も増えて、より真白を求めることになりそうな予感がする」


「それならお兄は断ればよかったんじゃないの」


「お兄にもお兄なりの事情があるんだ。真白もいつかはわかるさ」


 最悪、あいつはリビングで真白と触れ合わせておけばいい。俺が勉強部屋に籠城すれば、ほとんど関わらずに済む。やったぜ。園崎はお掃除洗濯お料理ロボットと何も変わらなくなると。アンドロイド園崎。本当は無料でも引き受けたくないよ。


「お兄適当すぎ」


「あいあい」


 この先、妹という癒しだけじゃ足りなくなりそうだ。新たな萌えがやってこないだろうか。いいや、やってくるはずがない。幸運にも、人類は二次元という概念を発見している。困ったときは二次元にゴーだ。


 予期せぬ事態との遭遇は、今後の学校生活にどんな影響を及ぼすだろう。いうまでもない、いいはずがないに決まっている。


 未来のことなど考えたくない。あんな契約、損しかないのだ。何はともあれ、今は後悔するしかないということだ。

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