第3話 あの。家政婦になりたいとか、きいてないんですが。
「園崎。とにかく、事情をはなしてくれ」
俺は、偉そうにソファーに座る園崎の前で正座し、話を切り出した。園崎は素足で、制服姿のままだ。ソファーの横には、通学鞄とその上に綺麗に畳まれた上着と靴下が乗っかっている。
気に食わないことに、腕と脚を組んで座っている。人の家でやけに偉そうだな。君は重役か何かかな。
俺はお前のそんな態度、決して許してないぞ。反論が怖いからいってないだけだからな!!
「これ」
園崎は立ち上がって通学鞄の中を漁り、一冊の教材をとった。
「あんたのと取り違えていたみたい」
「要件はそれだけか」
「そうよ、なんか悪い」
「いや、それなら学校でもいいだろうと思っただけだ」
「だって明日提出でしょ? 提出できないと私が困るから」
そういえばそうだったな。
「わかった、今とってくる」
勉強部屋から、テキストを見つける。やゔぁい。しっかり書き込んでしまっている。しかも消せない色ペンで。まだ数回しか使っていない教材なので、園崎のものだとは気づきようがなかった。
……どうする。
「まだ〜」
バレたら殺される、渡さなくても殺される。いずれにせよ、待ち受けるのは死だ。渡すなら、正直にいって謝るのが定石だろう。
だが、相手は園崎。死んでも謝りたかねえ。俺は絶対謝りたくない。そうだ、正々堂々とすればいい。「俺、なんかやっちゃいましたか」ってしらばっくれた態度をとればいい。
「お待たせ。はい、これ」
「どうも。こっちはあんたの」
渡されたテキストを勉強部屋に持っていこうとする。あいつがここでテキストを見なければいいんだ。それなら学校で怒られるだけだから。頼むから、真白の前では怒るんじゃねえぞ。
「ねえ、浦尾く〜ん?」
戻ってきたときには、なぜか園崎はニコニコだった。ナンダロウナーワカンナイナー(すっとぼけ)。
「私のテキストに、何してくれてんのかな」
「人間が毎日寝ることと同じように、テキストは書き込むためにあるものだ。当たり前のことだろ? それの何がおかしいっていうんだ」
「あのさ、あんたがマーカー引いたせいで裏移りしてるんだけど? 」
「そりゃマーカー引いたら裏移りくらいするだろ」
「このマーカーの跡を見るたびにさ、腹立たしいあんたのことが何度も思い起こされるじゃない。それが嫌だからに決まってるでしょ」
たしかに、俺がアイツに同じことをされたらキレる。そんで、テキストはもちろん買い換えるだろう。
「テキスト買い換えればいいだろ。問題あるか」
「あんたのために買い換えるなんてアホらしいから」
ああ、これ一生続くやつだな。アイツの声をきくたび、強気に返してしまう。それはアイツも変わらないだろう。
耐えかねた真白が、こちらに視線を送ってくる。
「ど、どうした真白」
「お兄、このお姉さんと仲良いの? お兄に彼女がいたなんて初耳」
「「誰がこんな奴なんかと!!」」
「やっぱり仲良いのかな」
んなわけあるかッ!!
「ああもう、腹立つ」
あいつは、ガシガシと頭を掻きむしって困り果てている。
「はぁ……」
本当に疲れる。ごっそり体力を持っていかれるというか。
いつの間にか、アイツは頭を掻きむしるのをやめていた。黙りこくって、何かを考えるそぶりをみせている。
「待って、そうよ、それしかない」
「何がそれしかないだ。テキスト買い換えるってか」
「いますぐ勉強部屋にきなさい。私、いいこと思いついたから」
締め切られた勉強部屋。今度はそれぞれ学習椅子に座り、向き合う。
「なんだ、そのいいことっていうのは」
「そう急がないの。ねえ、あんたって私のこと嫌いよね。心の底から嫌っているわよね。ね? ね?」
目を輝かせ、早口でまくしたてる。
「ああそうだ。ぶっちゃけていえば、お前なんか大っ嫌いだな」
「もちろん私もよ」
「何をいまさら」
「私があんたのことを嫌いな理由、知ってる?」
嫌いなもんは嫌い。好きなものは好き。それ以上のそれ以下もないだろう。直感的に受け入れないだけ、っていうのも理由だと思うぞ。
「そんなの考えたこともないな。理不尽に嫌われているとしか」
「じゃあ教えてあげる。私が嫌いなのは……いや、そう。あんたのそのやる気がなさそうで生意気な態度と受け答えよ。そこが気に食わない」
「ほー。こんな話し方、お前だけにしかしないに決まっているだろう。お前が俺を受け入れてくれるなら最初から対等に接していたと思うぞ」
「受け答えは直せばいいわ。あたしも対等に接するよう努力する。でも、この腐った生活は何? ここは生き地獄なわけ? 生活がすさんでるよ?」
生活がすさんでいるといわれれば、反論できない。家事に関してはほぼひとりでやっている(やってないけど)。
家事といえば、コインランドリーにいくくらい。食事に関しては、ウィダーかコンビニ弁当と相場が決まっている。ゴミにおいては綺麗にまとめていない。いつから捨てていないだろうか。
「だって生きていられるから」
「あんた、こんな可愛い妹がいながら腐った生活を送らせるつもりなのね」
「くっ…… それをいわれちゃ何もいえねえじゃねえか」
真白を苦しませるのは絶対にダメだ。真白のために、俺もそろそろマジメに家事でもするか。
「あたしさ。あの子を見てから、ようやく決心がついてたの」
「なんだよ、決心って。なんだ、『浦尾君の可愛い妹さんを私にください』ってか? ぜってーやらねえから、真白のことは!!」
「真白ちゃんのことじゃない、あんたのこと」
「俺か? いいかげん教えてくれ」
「いっても、驚かないでよ」
おもむろに園崎は立ち上がり、床にひざまづいた。両手をついて、頭を深く下げ。
「どうか、このあたしを家政婦として雇え、このクズ野郎!!」
「家政婦として雇う、だと?」
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