第16話 *どうして?
販促イベントを終え、平折はへとへとになりながらも舞台裏にある楽屋に戻る。
「お疲れ様だな、平折」
「昴さん」
そこでは苦笑いをした昴が出迎えてくれた。
そして、先程の気合が空回りしてかみかみになってしまったのを思い出し、赤面してしまう。
「今日も良かったよ、平折ちゃん!」
「うんうん、動画編集も捗るわぁ」
「あれだよ、ずっとこのままのお姉ちゃんでいてね?」
「でもさっきの質問に対して、毅然と応えたのもよかったわぁ……最後の方いつも通りになってるのもポイント高し」
「そういえばあの子、有瀬元本部長と一緒にあいさつ回りに回ってた子じゃ? 何度か見かけた記憶あるよ」
「うそ、カチコミ?!」
「プライドの高い子だし、ああなった手前、直接手を出してくることは無いと思うけど」
昴の他にも、すっかり顔見知りになったスタッフ達も出迎えてくれる。
今までと同じようにあわあわしてしまったにもかかわらず、むしろそれが良いという評価を頂く。
平折としては、そうならないようにと気を張っていただけに、微妙な顔になってしまう。
ともかく、それでも大成功と言える結果だった。
それは耳に入ってくる動員数や売り上げの数字からもわかる。
(これでちょっとは皆に認めて貰えたかな……?)
ほんの少しの手ごたえも感じつつ、昴と共に家路に着く。アカツキグループで費用を持ってくれるタクシーでの送迎だ。
至れり尽くせり過ぎて、この点はいつまで経っても慣れそうにない。
その何とも座り心地の悪さ感じながら、すっかり暗くなった街並みを眺めつつ、ここ最近の事を過去の事と比べて、その変化に戸惑ってしまう。
今まで誰かに必要とされる人生じゃなかった。
そもそも望まれて生まれたわけでもない。
むしろ疎まれ拒絶されてきた。
それでも母はしっかりと愛情を注いでくれたと思う。
色々と不自由な中、自分に心を砕いてくれた。
――それが、とても心苦しかった。
自分の存在が母を苦しめているのは、幼心にも理解出来た。
やつれた顔に笑顔を浮かべつつ、しかし
――誰かに疎まれ、愛してくれる母を苦しめるだけの存在なんて消えてしまえばいい。
本気でそう思っていた時期もある。
だけどそれは、自分は惨めなんかじゃないと慰めるための言い訳だった。
本当は独りなのがイヤで嫌いで、誰かに自分という存在を認めてほしいだけだった。
だから平折は、皆の目を惹きつける凜に憧れた。
中学で彼女を初めて目の当たりにした時、かくも眩しい子がいるのかと衝撃を受ける。
自分と違い、周囲からそこに在ることを望まれ、その期待に応え続ける女の子――自分とは何もかも違う女の子。
一方で、陽乃にも強い羨望があった。
当時から同年代の女子に人気があり、彼女の様になりたいという声を聞き、心を揺らされる。
腹違いとは言え、同じ姉妹なのに、どうしてこんなに違うのかと、見せつけられた。
2人とも遠い存在だった。
だけど昴のお陰で、急接近することになる。
それはとても光栄で嬉しくもある事だけど、同時に自分と彼女達との差を嫌でも感じさせられるものでもあった。
実は大企業の令嬢で、遥か年上の大人たちでさえ動かし、そして頼りにされる凜。
モデルとして磨かれてきた感性で、プロをも唸らせる発想やアイデアを提供できる陽乃。
……そして、そんな彼女達をも惹きつけ、驚かし、変化さえ促す昴。
翻って、いったい自分には何があるというのだろうか?
眩しかった。眩し過ぎた。
知らず、劣等感が降り積もっていく。
『わ、私も有瀬直樹の娘でっつっ!』
それは、今回の撮影に至るきっかけになった平折の言葉。
だからきっとあの時、彼女達の様になりたいという願望も込められていたのだろう。
もちろん陽乃の為――
だけど平折にとって、
『あぁ俺、新しい家族が出来て嬉しかったんだ』
かつて昴が平折の――家族の為にしてくれたこと、それを思えば、平折が陽乃に手を差し伸べることなんて、至極当然のことだったのだ。
モデルと言うのは華やかな世界だ。
しかし綺麗ごとばかりで済まないというのは、今までの短い人生の中で十分に理解している。
今だって、悪意ある質問を浴びせられたばかりだ。
もっとも平折にとって、幼少期産みの父に言われやられた事に比べれば、些事と言い切れるものでしかない。
とはいえ、自分がしっかりと返答などを出来ていない自覚はある。
舞台で堂々としている陽乃を見れば、その差は歴然だ。
たびたびフォローをされており、これだとどちらが手助けをしている立場かわからない。
幸いにして今の所、悪くない雰囲気だ。
だがこれはたまたま偶然の事で、この先も続いて行くだなんて楽観視もしていない。
スタッフや級友達がこの空気を作り出すために、どれだけ奔走しているかということもわかっている。
それでも――
(私でも、頑張ればなんとかなっています……よね)
思ったよりも高評価を得ており、平折は少しだけ自分はここに居ても良いのだと、認められたのだと――そんな想いが芽生えつつあった。
そしてまた、平折には頑張らねばと思う理由が生まれていた。
――2000万円。
一般家庭の平折達にとって、無視できる数字じゃない。
しかし運もあるかもだが、頑張れば非現実的なものではない。
だから、いましばらくは頑張りたかった。
もしそれだけのお金を稼ぎ、父へと渡すことが出来たのなら、同時に昴も救った事になるのではないか? 昴や憧れた彼女達に近付くことが出来るんじゃないか?
そんな思いがあった。
だから、ポツリと呟いた昴の言葉は、平折にとって受け入れ難いものだった。
「……平折は今回限りで、この仕事から手を引いた方が良い」
「…………ぇ?」
思わず振り返るも、昴は苦々しい顔をしたまま窓の外を見ており、平折を瞳に移していない。
「その……向いてないと思う。今回はたまたま良い様に運んでいるが、次からは大丈夫という確証はない。陽乃の様に慣れているわけじゃないし、凛の様に護身術を使えるわけじゃない……平折は
「……ッ!」
昴の声色は平折を案じるかのようなものであった。
平折もその気持ちが分からなくもない。
だけどそれは明確に、平折が憧れた彼女達とは違うという事を意味する言葉であり――平折の心を抉るのに十分な意味を持つ言葉だった。
「どうして……」
「どうしても何も、平折はこういう事に……」
「どうしてっ! そういうことを、言うんですか……ッ!」
「……平折?」
返す言葉は大声になってしまった。
狭い車内で詰め寄られた昴はやっとこちらを見て、困惑とも驚きともつかない顔を向ける。
平折は流れ出た涙に気付かぬまま、己が思いをぶつけていく
「わた、私だって頑張って、それで少しは……その、でも! 昴さんは……昴さんにとって、私は応援する価値もないっていうですか……っ!」
ただただ悲しかった。
お前じゃダメなんだと……そんな事を告げられた気がして、その事が重く胸に伸し掛かる。
だけど……いやだからこそ、昴の言葉を受け入れるには抵抗があった。
その昴はと言えば、ハッと何かに気付いたような顔を見せたものの、ますます顔を歪に歪ませ――まるで自分が傷ついているかのような顔をして、そっと平折から視線を逸らす。
「それでも……それでも、俺は平折にこの仕事を続けて欲しくない」
しかし平折の訴えにもかかわらず、昴の態度が変わることはなかった。
「昴さんの……昴さんの、馬鹿……ッ!」
せめて流れる涙を見せはしまいと、平折も窓の外へと視線を移す。
……無機質な街の明かりが、平折を染めるだけだった、
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