第14話 変わるもの、願う者


 それからいくらか時が経ち、年が明けた。


「あけましておめでとー!」


 元旦早々、振袖姿の陽乃が、にこにことした笑顔で我が家を訪れていた。

 そこに憂いや陰といったものは無く、むしろ上機嫌で悩みを吹っ切れたようで清々しい。


 着ている振袖は撮影にも使った白地に紅梅をあしらったもので、髪も結い上げ、まさに正月に相応しい晴れ姿。


「……おめでとう。予定より随分早いな、ほら、上がってくれ」

「えっへへー、おじゃましまーす、それともただいまー?」


 花咲くような笑顔を振りまきながら、俺より先に家へと上がる。

 ここ最近、見慣れた光景になりつつあった。


「やぁ陽乃ちゃん、あけましておめでとう」

「あら陽乃さん、今年もよろしくお願いしますね」

「おとぅさんにおかぁさんも、あけおめ!」

「……ったく」


 気安い感じで親父と弥詠子さんに新年の挨拶をする陽乃。

 2人もそんな彼女の様子に慣れたもので、まるで家を出て一人暮らしをする娘に対するような気安さだ。


 陽乃と平折の距離は縮まった。

 きっと、2人の間で何かがあったのだろう。


 今までどこか遠慮やよそよそしさのようなものがあったのだが、それも無くなり、それこそ本当の姉妹のような空気を醸し出している。

 それからというものの、陽乃は二日と間を空けず、今までの時間を取り戻すかのようにうちに訪れるようになっていた。


 事実、クリスマスも大晦日も我が家で過ごし、彼女の人好きのする性格もあって、親父や弥詠子さんに受け入れられて新しい家族の一員のようになっている。

 きっとそれは、俺達が再婚の連れ子同士の家族だというのもあるだろう。


「そういえばお姉ちゃんは?」

「自分の部屋で鏡とにらめっこしてるそうだ。なんだか色々しっくりこないんだと」

「あー、着物だと色々勝手が違うから……って、よく着付け出来たね? あたしがやろうと思ってたけど」

「それは弥詠子さんが」

「あぁ、なるほど」


 そう言って陽乃はうんうんと頷いた後、平折の部屋へと向かう。

 慣れた足取りは、如何にうちに馴染んでいるかを示している。


 平折のモデルの話を聞いて以来、弥詠子さんは色んな服を買ってきては自分の娘に色々着せようとする事に目覚めてしまったようだ。

 着せ替え人形になっている平折は何とも言えない表情をしているが、やたらと楽しそうな顔をする母と、またその事が陽乃と弥詠子さんが意気投合して仲良くなっている要因になっているので、強く言えないでいた。


 やがて二階から「ふぇっ?!」という平折の鳴き声が聞こえると共に弥詠子さんが席を立ち、長くなるなと淹れたお茶を親父とすすり終えた頃に、肌をやたらつやつやさせた陽乃と弥詠子さんと共に平折が降りてくる。


「じゃじゃーん、どうよー!」

「ふふっ。平折、似合ってますよ」

「ぁぅ……」

「おぉ、これは!」

「へぇ……」


 平折も撮影で着ていた、紅地に白梅をあしらった振袖をめかし込んでいた。

 それは華やかで活発なイメージのある陽乃と対称的に、楚々として奥ゆかしいイメージに仕上がっており、2人並べば姉妹だからこその絵画じみた華麗さを演出している。


 俺は撮影で何度かその姿を見ていたにもかかわらず目を奪われ、初めて見る親父や弥詠子さんに至っては、言葉も無く食い入るように2人を見ていた。


 それほど、仲睦まじく美しい光景を作り上げていた。


「ぁ、あまりジロジロ見ないで……」


 相手が両親だからなのか、その艶やかな姿を見せるのに少し気恥ずかしさを隠せない平折は、照れ臭そうに身動ぎする。

 逆にそんな姉が誇らしいのかドヤ顔の陽乃は、ペタペタと平折にくっつく。

 その対称的な構図は、ますますこの姉妹の美麗さを引き立てていくのであった。


 いつまでも見ていたいところだが、そうも言ってはいられない。


「んんっ、それで俺はいつでも出られるぞ。2人共どうなんだ?」

「私はいつでも。お姉ちゃんは?」

「だ、大丈夫、です」


 今日俺達は、山の手にある芸術と商売繁盛を司る神社へ行く予定があった。


 一応、親父と弥詠子さんも誘ったのだが、どうやら2人で過ごしたいらしい。

 有瀬直樹の一件以来、妙に仲睦まじくて……見ているこっちが困るほどだ。




◇◇◇




 神社へは電車を使って向かう。

 振袖だと動きにくいし、タクシーや親父の車を出してもらう事も考えたが、元旦の神社ともなれば初詣の参拝客の車でごった返していそうだし、公共機関を使ったほうが確実だろうということになったのだ。


 幸いにして元旦の午前中ともなれば、家でゆっくりしている人が多いのか、電車がガラ空きであり移動はスムーズである。

 しかし目的地に近付くにつれ乗客も増えていき、駅を降りれば近隣住民と思しき人や参拝客で、想像以上にごった返していた。


「おい、あれって有瀬陽乃じゃ……」

「隣のよく似た娘って、もしかして噂のお姉ちゃん?!」

「うぇ、どうしよ、さすがに無断で写真や動画撮ったらやばいかな?」

「でも頼めば握手くらいはしてもらえるんじゃない?!」


 見目麗しいこの姉妹は良く目立つ。

 普段と違い晴れ姿にめかし込んでいることもさることながら、片や話題の美少女モデルと、片やSNSやネット上でその姉と噂されている2人なのだ。周囲に騒ぐなと言うほうが難しい。


 ――少し軽率だったか?


 陽乃も俺と同じ様な事を考えているのか、あちゃあと言いたげなバツの悪い表情を作っている。

 好奇の視線は数を増やし、まるで矢ぶすまのように彼女達へと突き刺さる。


 そんな時だった。


「すいませーん! 撮影はご遠慮くださーい!」

「後程色々機会を作りますので、今は道をあけてくださーい!」

「陽乃さーん、平折さーん、こっちでーす!」


 どうしたものかとまごついていると、見慣れたスタッフ達がやってきて連れ出してくれた。

 少し離れた一角では、既に皆が集まっており、彼らを代表して呆れた顔をした凜が、ため息と共に出迎えてくれる。


「すまん凛、助かったよ。平折も陽乃・・も目立つってことを忘れてたよ」

「…………まったく、しっかりしなさいよね。……何かあったの?」

「別に何も。どうかした?」

「……いえ、別に」


 どこか訝し気な表情で凜が俺を見てくる。


「……」

「……ぁ」


 しかし平折と凜は顔を会わすも、すぐに目を逸らしてしまう。

 ぎこちないと言うか、何ともならない部分は残っている。

 2人とも、なんとかしようと攻めあぐねている雰囲気があるのが、余計にじれったい。


「あれ、南條専務がどうしてもって言って来たんですよ。もっとも本人はあいさつ回りにこの場所にいませんけれど」

「そ、そうか」


 良く知る女性スタッフの方が、そんな事を教えてくれた。

 実は今日この神社で関係者が集まって、初詣と共に写真集の発売祈願をする予定だったのだ。


 撮影の機材などを持った30人近い集団ともなれば非常に目立つ。

 神社の隅の方に寄ってはいるが、明らかに空白地帯とも言えるモノを形成していた。

 さすがにこれほどの人数が集まればちょっかいを出されることは無い。


「なぁ、これだけ人と資材が集まってるってことは、撮影とか宣伝とかするのか? その……神社の人とか迷惑かからないのか?」

「許可はもらっているわ。参拝客が増えそうだから、その分潤うって言って諸手を挙げて賛成よ……さすが商売繁盛の神様の神社なだけあるわね」

「なるほど……」


 凜はと言えば、桜と雪をあしらった、いつぞや南條専務との件があった時に見せたのと、同じ振袖を着ていた。

 その姿は華やかだった。周囲の目を惹きつける存在感は、平折や陽乃に負けていない。


 可愛いと言うよりは、綺麗という言葉がよく似合う。

 なんとなく気恥ずかしい思いから、正面から見られなくなり――ついっと目を逸らして視線を彷徨わせてしまった。


「あー、こんなに人がいるんなら、ついでに写真集の宣伝とかも本格的にすればよかったかもな。発売日も近いし、SNSやネットだけじゃなくてさ」

「……そうね、それも一理あるわね」

「あ、おい、凛!」


 言うや否や、凜はスマホでどこかへ指示を飛ばし始めた。

 半ば照れ隠しで言っただけの思い付きの言葉なだけに、面食らってしまう。


「えぇ、そう。表紙の画像にタイトルと発売日の日付があるだけの簡易的なものでいいわ。コピーで構わない。ともかく、早く神社にまで持ってきてほしいの。モノクロでもいいわ、本社ビル中の輪転機を回してちょうだい」


 しかし生き生きと通話をする凜を見れば、そのことを言うのも野暮に思え、躊躇われた。


 この日、神社で突発的なファン交流会、撮影会と共に正式に有瀬陽乃の復帰と新作発表が行われ、大いにSNSやネット上を大いに盛り上げることになる。

 正式に表舞台に立つことになった平折は、明らかにガチガチになっており、いっそ見ている方が憐れむほどでもあったのだが、それも人気の一助になってしまう。

 そして動画が配信されてがっつり映ってしまった凜も、この姉妹にも負けず劣らぬ美少女として騒がせることになった。


 年も変わり、何かが変わろうとしている。


 そんな空気の中、冬休みも終える1月の6日、ついに平折と陽乃の写真集が発売されたのだった。

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