向き合う時

第13話 冬の月夜に想う


 神社の境内でひぃちゃん――陽乃と別れ、1人家路に着く。


「……昴さん」

「平折」


 その入り口、鳥居の陰にはついて来ていたのか平折の姿があった。

 さほど離れた場所ではないので、先程の俺達の会話は全て聞こえていたのだろう。何だかバツが悪い。


 平折はどこか心配そうな顔をしており、悩むこと逡巡、俺にペコりと軽く頭を下げると、陽乃の所に向かっていった。


 きっと今の彼女に必要なのは、俺じゃなくて平折だ。

 そんな陽乃の事に思いを巡らす。


 有瀬陽乃という娘は、とても魅力的な女の子だ。

 モデルを務めるほどの整った容姿をしていることもさることながら、自分や他人の服飾に対するセンスや洞察力も極めて磨かれており、特筆に値する。

 どれだけ優れているかというと、彼女は積極的にプロのスタイリストやメイクの人達と意見を交わし合い、そしてどんどんと質の高い作品が出来上がっていくのを、目の当たりにするほどだ。


 それは、ただただ凄い事だと思う。


 正直俺は、ファッションの事とかはよくわからない。

 しかし彼女の意見が採用されるたびに、映し出された画面が華やかになり、奥行きが生まれ、物語が紡がれていくのを見れば、嫌でもその才能の凄さを感じ取れる。


 ――あぁ、スタッフ達も陽乃を頼りにするはずだ。


 もしかしたら、ゆくゆくはそちらの道へ進むのかもしれない。

 1つ年下のハズの彼女は、自分と比べるととても大人びて見えて――そして少し羨ましくもあった。


 だからこそ、たとえ冗談だとしても「彼女にしてよ」だなんて言われると困る。


 男として惹かれないわけがない。

 それこそ可愛いし、性格も良い。名家の生まれだし、彼女自身も努力家で類まれな才を持っている。

 彼女ほどの女の子が恋人だとすれば、それはとても光栄な事だろう。


 だけど、それだけだった。


 俺にとっての有瀬陽乃は久しぶりに再会した幼馴染であり、平折の腹違いの妹であり、そして姉想いの――少し寂し気な顔をする女の子だ。


 彼女の家庭環境は、ある程度想像できる。

 おそらく俺と同じく、寂しさを抱えていたのだろう。

 それゆえ、陽乃は平折に――に強くこだわった。


 彼女には好意を持たれていたと思う。

 しかし何度か「私を彼女にしなよ」という時は決まって、その瞳の奥に平折の影がちらついていた。


 きっと……そういうことなのだろう。


 好意は持たれていたと思う。

 俺だって彼女の事は好ましく思う。




 だけど、いやだからこそ彼女の、そして俺の好きは恋じゃない。




『私を彼女にしなよ』



 蠱惑的に誘われるその言葉はしかし、寂しさを埋めるための方便でもあり、助けを求める告白だった。

 それは、かつての自分の事を考えればよくわかる。


 もし、もう少し早く陽乃と知り合っていたら?

 もし、もっとその寂しさを前面に押し出して助けを求めてくれたら?

 もし、それとは別にストレートに好意をぶつけられていたら?


 ――いや、たらればの事を考えても詮無きことだろう。


「はぁ……」


 知らず、夜空を仰いでため息が出てしまった。


 彼女と――陽乃と共にある未来はあったかもしれない。

 だけど俺は、確かに何かの選択をしてしまったのだろう。

 思う所がないわけじゃない。


 それでも未来を思い描いた時、俺の隣に居たのは――


 未練の様に吐き出した白い息は、冬を照らす煌々とした寒々しい月へと消えていく。

 今まであやふやだったものを、固めろと言わんばかりの月夜だった。

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