第12話 *平折と陽乃とその想いと


 日付もとうに回った午前二時。

 地上50m以上はあるタワーマンションの18階は、時折強い風が窓を叩く。


 その中でも煌々と明るい電気が灯る一室のソファーでは、陽乃を膝枕している平折の姿があった。


 陽乃は既に寝息を立てており、安心しきった表情をしているがしかし、その目尻には隠しきれない涙の跡が浮かんでいる。


 そんな彼女を平折は、慈しむかのように頭と髪を撫でていた。

 時折撫でられた陽乃が、「んぅ~」と甘えるような声を出す。


 目の前にあるテーブルには散乱したジュースとお菓子の山があり、まるで祭りの後のような物悲しさと寂しさが同居しているような空気を演出している。

 事実、先程までの姉妹の様子は、一種の祭りめいた様相と言えた。


『あーあ、バカやっちゃったなぁ……私ね、すぅくんが好きだった。そしてきっと、昴君も好きだった。だけどね、好きという気持ち以外のものも大きくて、そういうのを押し付けすぎてたみたいでさ……だからさ、自分の根っこのところにある気持ちを気付いた時には終わってたんだ』


 陽乃は感情のままに、それこそ思いついたままの支離滅裂とした言葉のままに、平折へと思いの丈をぶつけた。

 その陽乃の言葉は全て、平折にとっても無視できないものだった。


『崖から落ちた時も、お姉ちゃんとの事も、そしてこの間の父の件も……全部サクーって解決しちゃうんだもの、頼っちゃうようになってもしょうがないよね』


 それは平折にも言えることだった。

 昴に救われたからこそ、今の自分がある。

 だからこそ陽乃の気持ちも手に取るようにわかる。


 昴はそうやって、さりげなく誰かを助ける。


 ある意味平折にとって、陽乃は自分でもあったのだ。




『好きだよ。だけどその好きは恋じゃない』




 まさにその通りではないか?


 あの時神社の傍で、平折は全てを見ていた。

 陽乃に向けて言ったはずの昴の言葉が、胸に突き刺さる。


 平折と陽乃はよく似ている。

 姿だけでなく、昴にとっての立ち位置も、彼に抱く想いさえも。


 唯一そこに違いあるとすれば、平折には自覚があって、陽乃には自覚がなかった。


 平折は昴の事が好きだ。

 しかし好きであると同時に、ある種の依存心があることも自覚していた。


 1人の辛さを知っている。

 1人じゃないという心強さと安らぎを知っている。

 だから、誰かに拒絶される怖さを――凜との仲違いを通じて、嫌というほど知ってしまった。


 頼れる人だから、味方してくれる人だから、構ってくれる人だから……だから、今の関係を手放したくないだけなのではないか?


 常にそんな感情が、平折の胸を支配している。


 故に、平折は家族・・であることに固執した。

 家族・・ならば、ならば、いくら甘えても頼っても――思いを寄せても、その関係が崩れることは無い。


 陽乃は自覚がなかったからこそ、恋慕と信頼その他の感情をごたまぜにして昴に寄りかかり――そして、恋人として接することを拒絶された。


 もし自分がそうなったらと思うと、とてもじゃないが耐えることができない。

 だからこそ、陽乃は凄いと思うし――だからと甘やかしてしまう。


 自分は家族・・だ。だ。

 それで十分だ。


 だけどどうして、これほど胸が痛むのだろう?

 どうして、学校で陽乃が彼女にしてよと言った時、ダメと大声で止めたのだろう?

 どうして、真っ直ぐに昴が好きだと言う凜の顔が眩しくチラつき、胸が涙が零れるのだろう?


 ポタポタとこぼれる雫が、陽乃の頬に当たる。

 身動ぎしながら「お姉ちゃん」と慕う寝顔に罪悪感が募る。


(ごめんなさい……)


 その安らかな顔を見て思い浮かぶのは、昴に拒絶された時の神社での姿。


 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……


 あの時、陽乃さんが振られてホッとしてしまってごめんなさい……


「嫌なお姉ちゃんで、ごめんなさい……」


 平折の心は、もはやどうしようもなく誤魔化しが効かなくなっており、もう一度向き合う時が近付いていた。


 だけど平折は――

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