第19話 だから彼女は……


 それからの皆の動きは、非常に素早かった。

 どこで集めたのか、康寅達有志一同は一丸となって、告知と舞台設営を整えていく。


 本来グラウンドステージでは、吹奏楽部やダンス部、落語研究会など部活の発表や、生徒会主導のビンゴ大会などが予定されていた。

 それらの出演時間を削ったり明日に持ち越すことにより、何とかミスコンの時間を捻出されることとなる。


 突然の変更であったが、康寅達の熱意ある説得に応じてくれたとの事。

 彼らにとっても有瀬陽乃の件は大きな関心事のようだった。

 ……もっとも、同調圧力ともいえるものが多分にあったみたいだが。


 ともかく、それでも舞台は整えられた。

 後はガス抜きの如くイベントミスコンを盛り上げるだけ。

 一方、騒ぎの起点となった平折のクラスのコスプレ喫茶は閉め切られ、平折やひぃちゃんの控え室として提供されていた。

 ちなみに凛は康寅達と一緒に、急遽決まったミスコンの調整に走り回っている。


「ふぉおおぉおぉぉっ! 今度はこっち、こっちを着てみて!」

「自分の作った衣装なのに、別物に見えちゃう!」

「はぁ……着る、ということにここまで奥の深さを感じさせられちゃうなんて……」

「あはは、今まで色んな服を着てきたけど、こういう衣装は初めてだから、私としても新鮮な気分だよー!」


 そこではひぃちゃんを中心に、やたらと盛り上がってる女子の集団があった。

 彼女達は康寅から話を聞くなり手伝いを申し出てくれた、平折のクラスの女子達である。


『どの衣装で出れば良いかな?』


 と言い出したひぃちゃんに対し、是非使って欲しいと彼女達が名乗り出た結果、ちょっとしたファッションショーが展開されたのだ。


 ――確かに同じ服なのに、全然印象が変わって見えるな。


 安全ピン一つで魔女のワンピースに見事なドレープを作り出し、ショールを組み合わせては巫女服に千早をあわせたように演出し、量販店で買った既製品のメイド服でさえ、扇子や手足にリボンをあしらう事によって個性的に魅せている。


 ちょっと手を加えただけで、華やかにも厳かにも変わる様は、まさに魔法だ。

 その魔法は着てる衣装の魅力、ひいては着てる者の魅力を最大限に引き出していた。

 きっとそれは、長年のモデル生活で身に着けた能力なのだろう。


 彼女達だけでなく、俺もひぃちゃんから目が離せないでいた。


「すごい、ですよね……」


 ポツリ、と平折が呟いた。

 その視線はひぃちゃんに固定されている。

 平折もひぃちゃんの魔法に圧倒されている一人だった。


 なるほど、あれを見せ付けられて一緒にミスコンに出るというのは、気が重くなるのも仕方が無い。


 だけど――


「平折もすげぇよ」

「ふぇっ?!」


 俺は驚く目を向ける平折の衣装を見ながら、心の底から嘆息する。


 肩口の開いた着物にミニスカート風の袴――ゲームの平折フィーリアさんを参照に作られたそれは、驚くほど完成度が高い。

 しっかりとしたイメージがあったからか、細部に至るところまでこだわって作られている。

 これらを全て、針の基本的な使い方を教えてもらうところから初めて作ったというのだ。


 そんな平折だからこそ、今回の事も何とかしてしまうに違いない。


「おねぇちゃーん! 今度はおねぇちゃんを、今以上に可愛くしようと思います!」

「「「「ふぉおおぉおぉぉっ!!」」」」

「ふぇぇ~っ?!」


 いつしか平折の方に話題が移ったひぃちゃん達が、涙目の平折を攫っていく。

 情けない姿ではあるが、意外と逞しいことを知っているので、俺はそのまま見守った。




◇◇◇




 グラウンドに特設されたステージ前には、一面埋め尽くさんばかりの黒山の人だかりが出来ていた。


 集まった人達の顔は一様に興奮から紅潮しており、今にも期待にはち切れんばかりの様子だ。

 そしてそれは、午後3時丁度に弾かれた。


『突如決まったミスコン、集まってくれてありがてぇ! 早速だがエントリナンバー1番、スペシャルゲストにして大本命の登場だーっ!』

「はーい、有瀬陽乃でーすっ!」


「「「「うぉおおおぉおぉおぉんっ!!」」」」


 会場は最初から最高潮だった。


 康寅の司会のアナウンスと共に、飛び出すようにひぃちゃんがステージに躍り出る。

 初っ端から出し惜しみなしの大本命の登場に、会場は地響きが起きる程の大歓声に包まれた。


 しかも彼女はゲームに出てくる聖職者とか聖女などを連想させる衣装を身にまとっており、それがこの祭りの空気と非常に合致して、盛り上げる一助となる。


 余談ではあるが、平折のクラスの子が作ったシスターや巫女服などを組み合わせたものである。

 意外な組み合わせのコーデの上手さに、作った彼女達も見惚れてため息をついている。


『続いてエントリーナンバー2番は、2年の吉田平折ーっ!』

「ぁ、あの、やっぱり私その……っ」

「いいから、いいからっ!」


 さすがにこの人数を前にして、平折は完全に萎縮していた。

 だけど、ひぃちゃんが一度舞台袖にまでやってきて、強引に平折をステージへと連れ出していく。


「「「「ほぁああぁあぁぁあああぁっ!!」」」」


 そして平折の登場と共に、先程と同じく大歓声が上がった。


 平折の恰好は、コスプレ喫茶の開店と同時に噂になったけも耳着物ミニスカ袴スタイル。

 昼間の件で店が閉じられてしまった事もあり、その姿を一目見たいという注目度も高い。


 平折はあまりにもの声の大きさに、ビクリと身を奮わせてしまうが、それはもはやより一層の歓声を呼び起こす所作にしかならなかった。


 そして追い打ちをかけるかの如く、康寅が皆が聞きたがっているであろう質問を浴びせかける。


『なんと、この2人は実は姉妹だという事ですがーっ?!』

「はーい、ちょっと待ってねーっ! おねぇちゃん、こっち、そんでこう!」

「は、はひっ!」


「「「「きゃぁあああぁあぁああぁっ!!!」」」」


 打ち合わせ通り、目の前でひぃちゃんが平折そっくりの変装をしていくというパフォーマンス。

 これには例え見るのが二度目である人にとっても、驚き混じりの大歓声を上げることとなる。


 ――これで、平折とひぃちゃんが姉妹だというのが知れ渡っただろうな。


 今後この事で、色々と煩わされることも少なくなるだろう。

 当初の目的を果たせたと言っても良い。


 俺は舞台袖から、ぐいぐいとひぃちゃんに引っ張られながら周囲にアピールする平折達2人を見て、ほっと胸をなでおろした。


「……ねぇ、ホントにあたしも出るの?」

「凛」


 俺とは対称的に、珍しく沈痛な面持ちの凜が話しかけてきた。その姿は平折と同じくコスプレ喫茶の時のゴスロリ姿のままだ。

 そこへ康寅が空気を読まずか、上機嫌で急かすかのように割って入ってくる。


「ミスコンなのに2人だけってのはおかしいだろ! 次だぞ、南條!」

「うぅ、だよねー……」


 凜はどこか諦めた空気を纏って、虚ろな瞳でステージを見る。

 そこに映るのは、割れんばかりの喝采を受け愛想を振りまく美少女2人。

 しかも時の人である人気モデルとその異母姉。


 確かにこの2人の続いて舞台に登場するというのは、比べられるという事――それは凜といえど、躊躇う程のものだというのは容易に理解出来た。


「でも、凛もあの2人に負けてないだろう?」

「……え?」


 確かに2人は凄いと思う。

 しかし見た目もそうだが、凜は決してその2人に負けないほどの魅力に溢れる女の子だというのを、俺は知っている。


 驚く凜は、俺の言葉が本当かどうか確かめるかのように、その瞳を覗かせてきた。

 その端正な顔を近付けられて、思わずドキリとして逸らしそうになるが、ここで目を背けば言った言葉が嘘だと思われるかもしれない。

 だから俺は、腹に力を入れて凜を見つめ返す。


「……」

「……」


 やがて俺を信じてくれたのか、「ふぅ」と大きなため息を吐いた凜は、くるりと身を翻した。


「ま、いいわ。信じてあげる」

「……そうか」


 そっけなく言葉を紡ぐもしかし、凛の足取りは軽く、どこか言葉も弾んでいる様だった。


『エントリーナンバー3番はこの人! 校内でもはや知らない人はいないだろう、振った相手の数知れず、2年の南條凛ーっ!!』


「「「「きたああぁああぁああぁあぁっ!!!」」」」


 康寅の司会と共にステージにまろびでる凜。

 湧き上がる歓声は、平折とひぃちゃんの2人にも勝るとも劣らないものだった。

 それどころか、より一層華やぐステージに対し、会場の熱が上がったとさえ錯覚する。


 ――ほらな。


 凜に向けた言葉が真実であっただろうと、どこか誇らしい気持ちで3人を眺める。


「次は僕達の番だな、倉井君」

「えっ、誰……まさか、坂口か?」

「ふふっ」


 掛けられた言葉に振り返り、そこに居たのはやたらとゴツイホステスの様な恰好をした女装男だった。

 声から辛うじて坂口健太だと推測出来た。


 サッカーで鍛えられた引き締まった肉体は、これでもかと雄を強調しており、どう控えめに言ってもミスマッチ過ぎる恰好だった。

 なまじ男性的である端正な顔がより一層、アンバランスさを悪い方に強調している。


 そういえば彼のクラスは女装キャバクラを出し物にしていたということを思い出す。


「おぅ、昴も早く準備しろよ! オレも出るしさ、皆も手伝ってくれるみたいだし!」

「え、ちょ、康寅?! まさか!?」


 サムズアップしていい笑顔を見せる康寅の背後から、目を血走らせた女子の集団が現れる。

 にじり寄る彼女達から逃げようとするも、同じく良い笑顔をする坂口健太にガシッと捕獲されてしまう。


「一度倉井君にも化粧させてみたかったんだよね!」

「祖堅はネタ枠として、倉井はガチで仕上げてみたい!」

「ちょっと、男のくせに腰がちょー細いんですけど!」

「いやああああ、まつ毛わたしより長いんですけどお?!」

「あ、すね毛は剃ってもいいよね?!」


 ミスコンだが、確かに女子以外が出てはダメだという規定は無い。

 そして、この3人に続いて比べたがる女子というのも、皆無に等しいだろう。

 だが、それも女装した俺達というのなら話は別だ。


「倉井君、彼女達ばかりに負担をかけないためにも男らしく観念しよう」

「……そう、だな」

「オレ、一度女装ってしてみたかったんだよなーっ!」


 平折達の助けになるならば、と自分を納得させて彼女達に身を任せていく。



『続くエントリーナンバー4番はサッカー部のイケメン、女子になって挑戦する坂口健太! 5番は意外と女装が似合ってしまってちょっぴりドキドキしてしまう倉井昴、そして6番はこのオレ、祖堅康寅だーっ!』



 康寅の司会と共に、3人一気にステージへと足を運ぶ。

 個別に現れるより、女装男そろって登場の方がインパクト的にも大きいだろう。


 そしてそれは、狙い通りの効果を発揮することとなった。


「わはは、アイツラ何やってんだ?! わははっ!」

「うげ、化け物! あ、でも倉井はちょっと見られ……アリかも?!」

「く、屈辱的な恰好させられてる坂口君に萌えるんですけど! はぁはぁ!」


「おらー、女装するだけで美少女に近付けて羨ましいだろ、おまえらーっ!」

「PKの緊張に比べたらマシ、PKの緊張に比べたらマシ……」

「うぐ……思った以上に恥ずかしい……」


「あ、あんた達何やってんのよ?!」

「あはは、すぅくん意外とかわいーっ!」

「あ、あうぅ……」


 それまでと違った方向性の歓声があがり、ステージは盛り上がってくる。

 この空気に触発されたのか、お調子者達が飛び入りで参加してくれる嬉しい誤算も起きた。

 ステージは一発芸じみたものへと盛り上がっていく。


 ――平折達以外にも話題が逸れて、よかったのかな。


 そう思える程の舞台だった。


 やがてステージも終焉を迎え、優勝者も発表される。


「み、みなしゃん、ありがとうございま、しゅっ! ぁぅ……」


 優勝したのは近所に住む女の子、あまねちゃん(4)だ。

 幼稚園で一生懸命練習したダンスで、観客皆を魅了した。


 あまねちゃんが表彰されて、皆がほんわかしている表彰式の時、平折や凜、ひぃちゃんと目が合う。

 みんなどこか呆れつつも、いい笑顔をしていた。


 それを見て、文化祭は成功だと確信できたのだった。



 …………


 ……



 全てが終わり、ミスコンの話題で溢れる楽屋裏でもある平折のクラス。

 水場から化粧を落とし帰ってきた俺に、上機嫌のひぃちゃんが駆け寄ってくる。


「ね、すぅくん! おねぇちゃんどうだった?」

「平折が?」

「もっとさ、表舞台で輝ける人だと思わない?」

「……それは」


 問い掛けというよりかは、確認するかのような台詞だった。


「きっと写真集も成功するよ。だっておねぇちゃんはさ――もっと日向に出て、皆に祝福されるべき・・・・・・・なんだ」

「ひぃ、ちゃん……それって……?」


 ひぃちゃんの瞳には、信念に満ちた光があった。

 そして俺は、彼女の意図を理解した。


 平折の今までは、父にその存在を否定され、日陰を歩むかのような人生だった。

 その異母姉を、皆に認めてもらいたい――それこそがひぃちゃんの心の底にある思いだったのだ。

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