第18話 騒ぎ


 体にズンと響くような、歓声とも悲鳴とも付かない大音声と共に、周囲は一斉に騒ぎ始めた。

 辺りはもはや騒然というには生ぬるい、混沌とした様子になっている。


「え、うそ、本物?!」

「ちょ、ちょちょちょ、吉田さんと姉妹ってどういうこと?!」

「さっき2人とも双子の様にそっくりだったし……えぇっ?!」

「もしかして休止の件って吉田さんも何か関係してたりする?!」


 真っ先に平折とひぃちゃんを取り囲んだのは、近くに居たコスプレ集団の女子クラスメイト達だった。

 本来ならこういう時、彼女達は真っ先に平折達を守るべき立場なのかもしれない。

 しかし、先日休止を発表したばかりの人気モデル有瀬陽乃の突然の登場というだけでなく、今まで一緒に給仕していたクラスメイトがその姉だと言うのだ。冷静になれと言うほうが難しい。


 幸いと言うべきは、平折を取り囲む彼女達が普段と違い、派手で際どい衣装を身に着けているおり、下手に彼女達に触れるのは憚られたことだろうか。

 周囲の皆もそれくらいの理性は残っていたようで、彼女達を遠巻きに見るに留まっている。


 もっとも、周囲の人々に代わって質問攻めをする彼女達は、クラスメイトというのもあって遠慮と言うものが無かった。


「うそ、陽乃ちゃんの肌きめ細かい! 手入れとかどうやってんの?!」

「吉田さんの方が背はちょっと低いのね!」

「どうして姉妹って……そりゃ中々言えないよね、でも詳しく教えてよ!」


「あぅぅ、その……」

「ちょ、いや、何て言いますか……」


 それは袋のねずみ、四面楚歌、八方ふさがりという言葉の意味が、よく理解できそうな囲い込みだった。

 遠慮なく浴びせられる質問に加え、ぺたぺたと遠慮なく身体中をまさぐられたりもしている。


 こういう騒ぎには慣れているはずのひぃちゃんでさえ、あまりの彼女達の興奮具合に腰が引けてしまっていた。平折なんて目を回して今にも倒れそうだ。


「ちょっと皆、落ち着いて! 平折ちゃんも陽乃さんも困って……あぁ、もう! 話を聞いて!」


 そんな彼女達の中で、唯一正気を保っていたのは凛だけだった。

 孤軍奮闘、必死になって周囲を諌め落ち着けさせようと声を上げているが、まさしく焼け石に水。


 それだけ有瀬陽乃という存在、そして平折と姉妹だという爆弾発言は、彼らを熱狂させるのに十分な燃料なのだろう。


「うぅ、どうしよ……ぁ」

「ふぇ?」

「――っ!」


 こんなことは想定外、そう言いたげなひぃちゃんが助けを求めるかのように俺の方を見て――そして、釣られて視線を向けた平折と目が合った。


 俺がこの場に居たことが意外だったのか、一瞬驚いた顔をするものの、すぐさまにっこりと微笑んだ。


『大丈夫ですよ』


 そんな言葉が伝わって来そうな微笑みだった。瞳にはいつもの、強い意志を感じさせる光が灯っている。

 平折は『よし』、とばかりに胸の前で拳を握って小さく息を吸い込み――


「平折、こっちだ!」

「――ふぇっ?!」


 ――それを見た俺は、平折に手を伸ばして駆け出していた。


 きっとあのまま放っておいても、平折なら何とかしたかもしれない。

 だけど、俺が動かないと、と思ってしまった。

 ここで何もせず傍観者のままだと、これから平折の隣に立つ資格を失ってしまう――そんな気がしてしまったのだ。


 突如大声で彼女達に割って入る俺に、平折だけじゃなく周囲も呆気に取られて意識の空白の時間が出来る。

 驚く平折は伸ばした俺の手と顔を交互に見つめ、逡巡するも一瞬、「はいっ!」と大きく返事をして手を取った。


「うそだろ?! アレを見てみろよ、なんだよ一体?!」


「いきなりどうしたってんだ、祖堅?!」

「え、何?! 今度はどうしたの?!」

「何も無いけど? え? 何かあるの?!」


「康寅っ?!」


 その時康寅が、あらぬ方向を指差して騒ぎ始めた。

 どうしたことかと康寅を見ると、ニカッと白い歯を見せるだけ。


 ――アイツ……っ!


 どうやら事情を察した康寅が、助け舟を出してくれたみたいだ。

 親友の作ってくれたこのチャンスを逃すことは出来ない。


「凛とひぃちゃんはそっち!」

「っ! えぇ、わかったわ!」

「え、あ、うん!」


「うぉおぉ、アレはなんだ?! マジでどうなってるんだ?!」

「おい、祖堅! どれだよ?!」

「何がどうなってんの?!」


 困惑し、騒然とする周囲をよそに、俺は平折の手を引っ張り走り出す。

 俺の意図が伝わったのか、少し遅れて凛もひぃちゃんの手を引きその場を離れる。


 上手くこの場を抜け出せたのは、康寅の機転のおかげだった。




◇◇◇




 その後俺達は連絡を取り合い、職員室で落ち合った。

 着物ミニスカ袴の平折にゴスロリ姿の凛、そしてうちの制服を着たひぃちゃんに教師たちもビックリしているが、凛が軽く説明してくれたので特に何も言ってこない。

 もっとも、チラチラとこちらの方に興味津々の視線を投げかけていた。教師と言えど人の子なのだとよくわかる。


「悪ぃ、助かったよ康寅」

「へへっ、良いって事よ」

「よく暴動にならなかったわね、あれ」

「あはは、さすがに予想外の騒ぎだったかなぁ?」

「す、凄かった、です……」


 今もまだ、上へ下へと大騒ぎになっている廊下をよそ目に、何とかひと息をつけた。

 さすがに職員室という場所柄、もし見つかったとしても集団で突撃されることはないだろう。


 だけど、いつまでもここ職員室に引きこもっているままと言うわけにもいかない。


 さて、どうしたものか。


「それよりオレさ、この状況がよくわかってないんだけど……?」

「……あ」


 困った顔を浮かべながら康寅が、申し訳無さそうに切り出した。

 そこで初めて、俺達は康寅に何も話していないことに気が付いた。


 ――康寅は何も聞かずに助けてくれたのか。


 そんな親友に対し、罪悪感にも似た気持ちが沸いてくる。

 これ以上、何も話さないと言うには不義理になるだろう。

 それに何か打開策があれば意見も欲しいし、手伝っても欲しい。


 確認するかの様に皆の顔を見渡せば、うんとばかりに頷いてくれた。


「平折とひぃちゃん――有瀬陽乃が姉妹だっていうのは本当だ。ただ、これには非常にややこしい事情があって、2人の母親はそれぞれ別人だ」

「うぇっ、マジかよ?! いきなりハードな展開だな?!」

「それに陽乃さんの突然の休止と、平折ちゃんは無関係と言い難いわ……だけど、あたしとしてはどうしてあの場所でカミングアウトしたのかって方が気になるけれど」

「あ、あはは……」


 そういって、凛はジト目でひぃちゃんを睨み付けた。

 さすがにひぃちゃんはバツが悪い顔をして愛想笑いを浮かべるが、凛の疑問は俺達も気になっていた。


 あははと愛想笑いを浮かべていたひぃちゃんは、諦めたかのようなため息を吐いて、おもむろに言葉を紡ぎ出す。


「あはは……はぁ……ええっとですね、私が転校して来たら遅かれ早かれおねぇちゃんとの事はバレると思うんだよね。だからあらかじめ注目を集めてる最初の内に、ガツンとやっちゃった方が後腐れがないかなーって思ってさ」

「それって最初に強烈なインパクトがあったら、その後何かがあったとしても、初めのそれと比べたら小さなことだって思わせるって事か?」

「確かに戦略としては、一理あるわね……」


 何となく、ひぃちゃんが言ってたことを自分なりに解釈してみた。

 平折や康寅もなるほどと頷き、凜も腕を組んで唸っている。

 なるほど、ベストとは言えないかもしれないが、ベターと言えるものだった。


「けど、ここまで収拾がつかなくなるとは思わなかったけどね」

「どうすんだよ、一体……」

「あれはもはや暴動寸前だったわ、頭が痛い……」

「……あぅ」


 ひぃちゃんが読み間違えたとしたら、自身の人気の高さと、平折と姉妹だという関係性が、あまりにも周囲に対して衝撃的な出来事過ぎたということだろう。

 もし今、平折とひぃちゃんがのこのこと外に出ていったとしたら、完全な無秩序状態になるのは目に見えている。

 狼の大群に羊を解き放つようなものだ。


 ある程度こういう騒ぎに慣れている凜やひぃちゃんでさえ、お手上げ状態になっている。

 俺達は互いに顔を見合わせて、困り果てるしかなかった。 


「なぁ、ならいっそもっと盛り上げたらどうだ?」

「「「っ?!」」」


 そのとき不意に康寅が、キョトンとした顔で、どうしてそうしないんだと言いたげな顔で言った。

 こちらもその発言に、どういう事だとキョトンとした顔になってしまう。


「康寅、どういうことだ?」

「いやさ、こないだの陽乃ちゃんのサイン会も凄い人手だったけど、秩序だって捌けてたじゃん? 皆どうしていいかわからず暴走してるわけだからさ、そういうルールを設定してやれば良いんじゃないかなーって」

「それよ! ナイスアイディアだわ、祖堅君!」

「成程ね、私も街中で見つかったら必要以上に騒がれるけど、それ以上人が多いイベントじゃ余裕で捌けてるわけだし」


 康寅の提案に、凜もひぃちゃんもこれは名案とばかりに膝を打つ。

 解決の方向性として間違っていないのだろう。


 だけど、疑問もあった。


「あ、あの……具体的にはどんなイベントをするんですか?」


 その疑問を、おずおずと平折が遠慮がちに口にした。

 うっ、と口ごもる凛とひぃちゃんだったが、一方の康寅は我が意を得たりとばかりにドヤ顔で胸を叩く。


「決まってらぁ、これほどの美少女達が揃ってるんだ、ミスコンだよミスコン!」


 それは半ば、康寅の願望も混じった魂の叫びだった。

 しかし同時に、なるほどと納得させられてしまう妙な説得力もある。

 問題があるとすれば――


「康寅、うちの文化祭ってミスコンってあったっけ?」

「無ぇよ。だから今から企画して作るんだよ!」

「は、はぁ?! 祖堅君、何を――」

「任せとけって!」


 だというのに康寅は、自信満々に意気揚々と職員室を飛び出して行った。


 先ほど騒ぎ出した張本人であるある康寅は、廊下に出てすぐ誰かに捕まり、その話声がこちらにまで聞こえてくる。


「おい、祖堅! さっきの何――」

「いい所に! ちょっと手伝えよ!」


「祖堅、陽乃ちゃんと吉田さんはどこに――って、おいっ?!」

「わはは、こっちへ来いって! もっと凄いの見られるぞ!」


 こういう事はノリと勢いだと言わんばかりに、康寅は周囲を巻き込んでいく。

 俺達は呆気にとられつつも、その騒ぎを扉越しに聞き、互いに顔を見合わせた。


 一体何をやらかすのか、想像できそうで予測がつかない。


 どこかハラハラした気持ちで過ごす事10分ちょっと、俺達も何か出来る事を話を切り出そうとした直後、康寅の声で校内放送が響き渡った。



『あーあー、本日15時から急遽ミスコンを始めまーす! 場所はグラウンド大ステージ! あの・・スペシャルゲストもいるぞー! 皆期待して待ってろーっ!!』



 直後、校舎を揺るがすほどの大歓声が沸き起こったのだった。

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