第17話 明らかにされるもの
文化祭当日、この日の校内は非日常に彩られ、文字通り朝からお祭り騒ぎの様相を呈していた。
「おい、2年のアレ、行ったか?」
「コスプレ喫茶だろ、凄いみたいだな」
「衣装のクオリティも凄いのよ!」
「ああいうのって、一度は着てみたいよね~」
その中でも平折や凜のクラスは男女共に大きな噂の的になっていた。
普段から校内屈指の美少女達が、普段は見られないような衣装で着飾って給仕してくれるのだ。
しかも喫茶店という出し物の関係上、間近で見られるだけじゃなく客として奉仕してくれるという……これが、人気が出ないはずがない。
事実、隣のクラスは始まった直後から長蛇の列が出来ており、康寅は自分の狙いが当たったと喜ぶと共に、捌ききれるかなと目を回していた。
ちなみに俺はといえば、朝からグラウンドでせっせと焼きそばとお好み焼きを焼くのに従事していた。
「焼きそば大盛2つ追加。都合6!」
「お好み焼きは4枚追加! これでストックは無し!」
「どっちも作り置きは全部なくなった! どんどん焼いてくれ!」
「調理班、お好み焼きのタネと焼きそばの具が尽きかけてる! 誰か追加を買って来てくれ!」
俺の所属している調理場も文化祭開始早々、戦場の様な忙しさが展開されていた。
確かに、同じ学内の生徒は平折や凜のクラスに流れている。
しかしうちの学校の文化祭は外部にも広く開かれており、近隣に住む住民達やここを受験しようとする中学生たち、出会いを求める他校の生徒たちが、大挙して押し寄せていた。
学校の顔とも言える校門付近に出店しているうちのクラスは、予想外の客の入りにてんてこ舞いになっていたのであった。
「これ、確実に明日の分の材料無いぞ!」
「やっぱ土曜より日曜の方が人が来るかな?」
「誰か午後からのシフトの奴に、頼んで買って来てもらえ!」
客足は一向に途絶える様子はなく、むしろ昼が近付くにつれて、その忙しさに輪をかけていく。
俺のシフトは正午までだったのだが、この忙しさの中ではとてもじゃないが時間通りに上がらせてくれという事は出来ず、結局50分ほどオーバーしてから解放されたのだった。
「すまん倉井、時間過ぎてしまって!」
「この客の入りじゃ仕方ないさ」
申し訳なさげに言うクラスメイトに断りを入れ、屋台で自分で作った焼そばを1つもらってその場を後にする。
せっかくなので他の屋台のものを食べたかったのだが、近隣のウチ以外の屋台も、目を背けたくなるほどの人の列が出来ていた。
――ま、自分で作ったモノの味が分からないっていうのもな。
そんな風に自分を納得させながら、校舎の裏手の方に足を向けた。
校内はどこもかしこも人で溢れていたので、お昼くらいはゆっくりと思っての事だったのだが――
「吉田さん、今度オレと一緒に遊びに行ってください!」
「吉田さん、ずっと前から貴女の事が気になっていました!」
「自分の好みです、付き合ってください!」
「あ、あの、私は吉田じゃ……」
そこには複数の男子に告白されている、平折によく似た女の子がいた。
他の人と比べて真新しい制服に身を包む彼女は、平折と瓜二つとも言えるくらいで、彼らが見間違うのも無理は無いとも言える。
「……なにやってんだ、ひぃちゃん」
「すぅくん!」
その女の子は、平折の異母妹である有瀬陽乃が変装した姿だった。
どうしてここにと、一瞬疑問に思うが、先日の引っ越しや制服の新調の事を考えると、大体予測は付く。
おそらく今の状況は、祭りの空気に浮かされた男子生徒たちによって平折に間違われたひぃちゃんが、平折と思われて告白されているようだった。
このままでは彼らが暴走しかねない様子だったので、素早く彼らから引き離そうと、ひぃちゃんを背に庇った。
突然の乱入者である俺に、彼らは不機嫌さを隠そうとせず、声を荒げて詰め寄ってくる。
「倉井……なんだよ、邪魔するんじゃねぇよ」
「別にお前、吉田さんと付き合ってるわけじゃないんだろ?」
「そうだ、これはオレ達と吉田さんの問題だ!」
「赤の他人のお前に、オレ達の邪魔をする権利は無い!」
彼らは普段の鬱憤を晴らすのかの様に、その激情を俺にぶつけてきた。
その剣幕に、俺だけじゃなくひぃちゃんもたじろぐほどだ。
文化祭という非日常的な空気に後押しされたのか、ここぞとばかりに不満めいた想いを吐き出してくる。
――こいつらの言い分もわからなくはないんだけどな。
きっと俺は、普段から平折を独占しているようにも見えたのだろう。
先ほどのは、せっかく平折とお近づきになれるチャンスを、俺が邪魔したように見えたに違いない。
だけど、いやだからこそ、彼らの言葉を浴びせられるにつれ、敵愾心にも似た黒い感情が育つのを感じてしまった。
「色々言ってるけど、お前らに平折と付き合う――いや、好きになる資格すらねぇよ!」
気付けば、そんな攻撃的な言葉を彼らに向かって吐き出してしまっていた。
さすがの言い草に彼らも看過することが出来なかったのか、掴み掛からんばかりの勢いで俺に迫る。
「何だとっ?!」
「倉井、お前何様のつもりだよ!」
「資格って、思い上がってるんじゃねぇよ!」
「何度でも言ってやる……本物の平折が見分けられないお前たちに、平折をどうこういう資格なんて無い!」
だが、続く俺の言葉に彼らの動きは止まってしまった。
その顔は皆困惑しており、どうしていいか分からないといった様子だ。
「はぁ?! 何を言って……」
「訳わかんねぇこと言ってんじゃねぇよ」
「お前、頭でもおかしくなったのか?!」
「彼女は平折の妹だ、本人じゃねぇよ!」
「そ、そうですっ!」
コクコクとひぃちゃんも頷いているのだが、半信半疑といった様子だ。
――結構違うと思うんだけどな……
と思ったりもするが、彼らにとって見分けるのは至難の業らしい。
「証拠を見せるから、こっちに来いよ」
そう言って俺は、彼らをある場所へと促した。
◇◇◇
その教室は、明らかに今朝とは有様が違っていた。
「「「「ありがとうございました~っ!」」」」
袴着物にゴスロリ、魔女やメイドや巫女にシスター、様々な衣装に身を包んだ華やかな女の子達が、教室から出るお客に対して総出で頭を下げていた。
普段見ることの無い衣装の女の子達は非常によく人目を惹いている。
その中でも、特に目立つ少女が2人。
肩口がざっくり開いた小袖のミニスカ袴姿に狐の耳と尻尾をあつらえた平折に、黒を基調としてところどころに紅をあしらったゴスロリドレスに身を包んだ凜の2人だ。
2人の衣装や容姿もさることながら、平折の小柄ゆえにぴょこぴょ動く耳と尻尾も愛らしいし、普段きりりとした印象のある凜が甘いフリルやレースのドレスとのギャップが、見るモノのため息を誘発していた。
「ほら、本物の平折はあそこにいるだろう」
「あ、あぁ……本当に妹さんだったんだ」
「そっくりすぎる……オレは見た目しか見て…ん…」
「いつもと違う姿も可愛い……けど、くそっ……!」
ともかく、そこには確かに平折が居た。
連れ立ってきた彼らも、自分たちが勘違いしていたと認めざるを得ない。
俺が言った台詞を思い出しているのか、彼らの顔は苦渋に歪んでいる様にも見える。
――普段からちゃんと見てれば、直ぐにわかるのにな。
そんな優越感じみた事を思っていた時の事だった。
「おねぇちゃんって、やっぱりモテるよね」
「……そうだな」
それは、ひぃちゃんの独り言だった。
男女を問わず、クラスメイトやお客に声を掛けられ、たどたどしくも一生懸命接客をしている姿は、庇護欲を誘うと共に応援もしたくなる不思議な魅力があった。
どうやらあまりの人の多さによって、喫茶店にも拘らず映画館の様に、時間による総入れ替え制を実施しているようだ。
それほど人気がでるのも、平折や凜の姿を見ていると納得してしまう。
邪魔にならないうちに立ち去るか――そう思っていた時の事だった。
「おねぇちゃん!」
「お、おいっ?!」
「陽乃さんっ?!」
突如、ひぃちゃんが人員整理していた平折に前に躍り出た。
「……え、うそ、誰あの子?!」
「吉田さんそっくりだけど」
「おねぇちゃんって……妹さん?!」
「そういや、以前校門のところに来てたことあったっけ?!」
様々なうわさが飛び交い、それは校内の他の場所に居た人の注目も集めてしまい、まさにこの場所は学校中の全ての人の衆目に晒されてると言ってもいい状態になってしまう。
そんなあまりの予想外の人物の登場で、誰しもが状況を把握していない最中、こういった
「はーい! 私はこの吉田平折の妹になりまーす! 今度この学校の1年に転校してくるので、おねぇちゃんともどもよろしくお願いしまーす!」
「ふぇえぇっ?!」
この校内中の興味を引いている状況で、そんな爆弾発言とも言えることを言い放った。
「姉妹……そっくり」「私もあんな妹欲しい!」「嘘だろ、双子?!」「学年は違うみたいだぞ!」「あんなそっくりな妹がいるなんて」
目を回す平折をよそに、ひぃちゃんを中心として波をうつようにさざめきが広がっていく。
今や学校中の関心は平折とひぃちゃんという2人の姉妹が独占している。
確かに転校してくるなら、いつかは姉妹だとバレるような事だっただろう。
だが、果たしてこのタイミングで言って良かったものなのかは、考えると軽く頭痛がしてしまう。
どういうつもりかとひぃちゃんを睨むように視線を移せば、ニヤリととても良い笑顔を返された。
まるで、悪戯を思いついたかのような、無邪気な笑顔でもあった。
――まさか!?
「あ、わたしおねぇちゃんとは色々あって苗字が違うんです――有瀬陽乃、といいます♪」
そして、ひぃちゃんはカツラを取って、有瀬陽乃として正体を現し――
「「「「きゃぁあああぁあぁあぁぁああぁぁぁっ!!!???」」」」
――周囲は阿鼻叫喚とも言える、悲鳴に似た歓声に包まれた。
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