第16話 私、変われました?
仕事が忙しいのか、父親に連絡が付いたのは、文化祭を前日に控えた次の日の夜遅くの事だった。
『平折ちゃんがモデル……写真集っ?! 確かに可愛らしい子だが……ちょっと待ってくれ、こちらの理解が追い付かない……』
「俺だって、未だに半信半疑な所があるしな……」
父親はやはりというか、突然の事に驚き戸惑っていた。
それもそうだろう、再婚相手の連れ子がいきなりモデルと一緒に写真集を出すというのだ。いきなり信じてくれというのも難しい。
だが――
「この件、有瀬直樹が絡んでいるんだ」
『……どういうことだ?』
「実は……」
『……』
その一言で、父親の声色が変わった。
有瀬直樹の名はやはり、看過できる名前ではないのだろう。
実際の所、俺は両親と有瀬直樹との間に何があったのかは知らない。
しかし、先日平折が有瀬直樹と出会ったというのを聞いた時の弥詠子さんの取り乱し具合を見るに、おいそれと踏み込んで聞いて良いものかと躊躇してしまう。
だからこの件に関しては、父親に任せたほうがいいだろう。
それとは別に、俺も平折も未成年で学生だ。まだまだ色々な面で親の庇護下にある。
今回の件でも、もしかしたら書類上で保護者の承認が必要になってくることもあるだろう。
だから俺は、必死になって父親に自分の想いの丈を伝えて説得した。
「色々迷惑をかけることになると思うが、その辺色々頼む」
『それは構わないが……この事、弥詠子さんには言ったか?』
「何も……直前まで言わないつもりだ」
『……その方がいいだろうな』
その甲斐があったのか、父親の理解を得ることに成功した。
こちらの意図を汲み取ってくれ、協力をしてくれるようだ。
もし、この件で何かしら保護者が必要とされたときは、父親が対処してくれることになってホッと一息をつく。
『しかし昴、お前はどうして――』
その時父親が何かを言おうとしたが、コンコンと部屋をノックする音がそれを遮った。
「すまん、人が……」
『あぁ……』
とはいうものの、俺の部屋を訪ねる相手なんて限られてる。
時間帯を考えると平折しかいない。
一体どうしたというのだろうか?
もしかしたら、モデルになるということに何か不安が出てきたのだろうか?
実際に前に出て頑張るのは平折だ。
何かしら、俺にはわからないプレッシャーを感じているのかもしれない。
そう思って扉を開けて目に飛び込んできたのは、意外な恰好をした平折だった。
「平おっ……フィーリア、さん……」
「はぃ、そうです……」
肩をザックリと剥き出しに開かれた小袖に、ミニスカの様になっている袴の和風な衣装。
髪も見慣れた黒髪でなく、栗色のふわふわしたおさげに獣耳に尻尾。
それは
ここのところ一生懸命作っていたのを知っていたが、そのクオリティは思わず唸ってしまうほど高い。
「……」
「……」
いつもと違い、俺の返事を待たず部屋に入った平折は、そこが自分の指定席だとばかりに俺のベッドにちょこんと腰掛ける。
最近は衣装製作で俺の部屋に訪れていなかったので、なんだか懐かしい感じがすると共に、その現実離れした平折の恰好に何だか緊張してしまう。
――女の子は、服と髪型で驚くほど印象が変わる。
それはかつての平折で、充分に知っている事……のハズだった。
「これ、作っちゃいました。どうですか? 似合ってますか?」
「あ、あぁ……凄く似合ってる。びっくりした」
「ふふっ、さすがにこの格好だと、自分が自分じゃないみたいです」
「そ、そうか……」
平折はいつもと違って声色も明るく、言葉も随分と軽やかだった。普段とは随分と雰囲気も違う。
まるで
今までに無い感覚だった。
相手は平折なのだが、全然知らない平折と相対してるかのようだ。
だけど、今までにない魅力の様なものを、平折から感じてしまった。
俺の中に、どこかひぃちゃんと一緒にモデルになるという事に不安の様なものがあったが、これなら問題ないだろう。そんな確信にも似たものを思わせるものが、彼女にはあった。
――まったく、平折にはいつも驚かされるな。
また俺の知らない間に、一歩先に進まれたかのような疎外感すら覚えてしまう。
もしかしたら、平折は俺に大丈夫だという姿を見せに来たのかもしれない。
「私、ゲームの中では変われると思ったんです」
「……平折?」
だというのに平折の言葉は唐突で、一瞬意味がわからなかった。
「明るくて、自分から意見を言って、遊びに誘って……この子フィーリアみたいになりたかったんです」
ベッドから立ち上がった平折は、くるりと回ってスカートを翻し、にっこりと微笑む。
その平折ではなくフィーリアさんゲームの平折っぽい仕草に、やたらと胸がドキドキしてしまう。
さらには普段見ることのない肩や太ももの肌色に興奮を覚えてしまい、思わず目を逸らしてしまう。
「フィーリアさんって、凛に憧れて……とか言ってたよな」
「そう、ですね。あの頃の私を救ってくれた一人だから、あんな風になれたら……と思っていたこともありました」
「実際交流するようになって、変わったか?」
「えぇ。凜さんは私と同じように色んな事に悩んだり苦しんだり、でも努力して……しかもゲームにはだらしない所があって、頼りになるけど抜けてるところもあって……なんだか普通の女の子でした」
「ははっ、そうだな。凜もそういう意味では普通だな……幻滅したか?」
「いいえ――」
そこで言葉を区切った平折はどこまでも優しく、誇らしくさえある笑顔を見せてきた。
「思っていた以上に素敵な女の子でした」
「そう、か……」
親友をどこまでも愛しく思う、慈愛に満ちた――あの日
思わず見惚れてしまう、異性を感じさせるものなのだが――
「私ね、変われると思ってたんです。あの日
「平折……?」
自虐気味に呟く平折の意図がよく分からなかった。
何かを諦めたかのように言う寂しげな顔が、何だか無性に気に入らなかった。
「変わっただろ!」
「……ぇ?」
気付けば平折の腕を掴んで揺さぶっていた。
自分でも思いもよらない行動だった。
だけどどうしても、その言葉を平折に認めさせちゃいけない――そんな使命感にも似た思いに突き動かされた。
「平折は凄いんだ、変わったんだ、ずっと見てきた! 俺は置いていかれるんじゃって焦って……今だって平折はどんどん前に――ってすまない……」
「昴、さん……」
俺は随分と必死な形相をしていたと思う。ただただ自分の中に生まれた言葉を伝えたくて、強引に平折に迫ってしまった。
突然の俺の変貌に驚いたのか、平折はびっくりとした顔をしている。
その顔を見ると、自分のやってしまった事に後悔が生まれ距離を取ってしまう。
だというのに、平折はびっくりしつつも嬉しさをにじませた顔で俺の手を取り微笑んでくる。
「私、
「……平折?」
そして、よし、と胸の前で拳を作って去っていく。
俺は唖然としつつもその顔に見惚れてしまい、言葉を紡ぐことができなかった。
――こうして少しもやもやとした気持ちを残しつつ、大きな転機となる文化祭が始まった。
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