第15話 密かな決意
その後、有瀬陽乃の異母姉だと判明した平折への、スタッフ達の興味はとどまることを知らなかった。
平折への質問の手は緩められず、次々と質問を浴びせ続けている。
「あ、あぅぅ~……」
「ちょ、おねぇちゃんが目を回してるし、その……っ!」
隣に居たひぃちゃんも必死で間に入ろうとするが、おねぇちゃん呼びが余計にスタッフの好奇心を掻きたてるのか効果は薄く、それは見かねた凜が一喝するまで続いた。
「いい加減になさい! 興味が湧くのもわかるけど、これからどうするかを打ち合わせなさい!」
さすがに経営者一族である凜が間に入れば、スタッフ達も残念そうにしながらも落ち着きを取り戻す。
しかし『平折ちゃん大丈夫?』『変な事されてない?』と甲斐々々しく、彼らの女主人とも言える凜が平折に世話を焼く様は、余計にスタッフたちの好奇心を掻き立てる事になっていた。
――まったく。
俺はそれに気づいていない凜に呆れつつも、彼女を中心として計画の概要が話し合われていくのを見守った。
…………
……
それからおよそ1時間半、大枠としての基本方針は固まった。
細かい調整部分となると、ここから先はスタッフの方々の仕事の領域になる。
特に何も出来る事は無くなったので、俺達はここを後にすることにした。
色々とその辺は気になるが、そもそも俺達は学校を抜け出してきているという状況だ。早く戻らないとダメだろう。
それに、思った以上の大事になってしまった事もあって、俺も気疲れしているのは否めない。少し落ち着く時間も欲しい。
「あ、社用車じゃなくてタクシー回して」
「よかった、リムジンで学校に戻るなんて嫌だからな」
「さすがにここには無いわよ。あれはホテルだったし」
ちなみに平折は少し残念そうな顔をしていた。
それほど良いモノだったのだろうか、リムジン?
「ね、どうせならどこかでお昼食べて戻らない?」
時刻を見れば、既に正午を回っていた。
せっかくなので、俺達は凜の提案に乗ることにした。
◇◇◇
凜が案内してくれた店は、意外な場所だった。
「雲海ふわふわフロートのお客様~?」
「それあたしです。騎士の血の誓いはそこの男の子のところで、錬金術師のお茶ポーションはそっちの女の子ね」
「あ、そのブルーオアシスソーダはわたしです!」
「「……」」
部屋の利用料金がかかる個室に案内された俺と平折は、想定外の展開に虚を突かれた状態になっていた。
ちなみに、ちゃっかりとひぃちゃんも一緒だったりする。
「皆グラス持った? じゃあ何とか上手くいくことを祈ってかんぱーい!」
「「「か、かんぱーい」」」
いきなりの乾杯の音頭に、突然宴会じみた様相になる。
目の前には奇抜な色と派手な装飾が為されたドリンクに、お皿の中でイカの化け物が船を襲うように盛り付けられたタコ焼きに、岩山に見立てた盛り付けが為されたフライドポテトがあった。
ちなみに商品名はクラーケン討伐隊とグレートロックガンソルトフライというらしい。
「雲海ふわふわフロート、クリームの形も凝ってるわね……あ、食べ物は適当に頼んだけど、何か欲しいのあったら追加してね。あ、カラオケにはゲームの曲とかも入ってんじゃん!」
「うわ、竜王ファブニールコロッケだって! 冒険者の携帯食セット……乾パンと干し肉の盛り合わせとか凄く気になる! うぅ~、見てるだけでも楽しいんだけど!」
凛とひぃちゃんのテンションは非常に高かった。
好奇心から様々なものを物色し、そしてカラオケにも手を出し始める。
2人はなんだか良いコンビだった。
途中から互いにマイクを握ったまま離さず、一緒に唄いだす始末。
ノリと勢いで食べ物や飲み物もどんどん頼み、暴飲暴食を繰り返す。
それだけストレスも溜まっていたのだろうか?
「ぁ、ぁの昴さん、私その、お財布が……」
「大丈夫、俺も今日は持ち合わせがあるし、それにアイツら人気モデルに大企業のお嬢様だろ」
「そう、ですね……くすっ」
「……ははっ」
そんな好き放題する2人を見ながら、何だか笑いが零れてしまった。
カラオケセロリで、何をして良いか分からないという状況が、奇しくも初めて平折とここを訪れた時と同じだったからだ。
――図らずとも、皆で一緒にここに来るという約束も果たせたようだな。
あれ、そうなると約束じゃ俺が奢らないといけないんじゃ……と、少し青褪めながら、2人が落ち着くのを待った。
「ところで平折とひぃちゃんって、具体的にどうなったんだ?」
気になったことを聞いてみた。
先ほどは途中から専門的な単語などが飛び交っていたので、結局どうなったのか、あやふやなままだ。
あの流れになったものの、平折の性格的に表舞台に立つというのは、どうにも想像し辛いものがある。
「基本的に有瀬陽乃の復帰の際に、一緒に居てもらう事になるわね。何せ休止の理由にもなるわけなんだし」
「それと、おねぇちゃんとは一緒に1つミニ写真集を出す事になるかなー。ほら、私たちが姉妹だっていうのを印象付けるためにもだし、今回の色々と出た損失の補填分としてもね」
「が、がんばります……っ!」
なるほど……それなら話題性もあるし、上手く波に乗れば復帰もスムーズに行けそうな気もする。
それでも、いくつか気になる事もあった。
「もし世間からの注目が平折に集まり過ぎたらどうなるんだ? 他の所で仕事をしてくれとか、ひぃちゃんとセットで仕事をしてくれとか」
「ありえなくはないわね。だから一応、アカツキに所属してもらって、あたし達の方で防波堤になるつもり。それとも平折ちゃん、こういう仕事に興味ある?」
「い、ぃえ、わたしは別に……」
「ま、おねぇちゃんに話題を掻っ攫われない様、私も色々気合入れて頑張るよー」
平折が言い出したのは、勢いに任せてという側面も強い。
しかしそれでも、色々と対策なりを考えていてくれているみたいだ。
……実際の所、どうなるかはわからない。
ある程度勝算の道筋が、見える人には見えているとは言え、やはり外部の反応はわからない。
そして、どういう反応を見せるか全くわからない者もいる。
「有瀬直樹に関しては、どうなるだろう……」
「そればっかりは分からないわね。こちらの行動を予測しているか、それとも……」
「一つ言えるのは、私が休止している間に、どんどん仕事を奪われて復帰しにくくなるってところかしらね?」
「み、みなさん、年明けあたりが勝負みたいだと言っていました」
てことはこれからおよそ2か月、大忙しになりそうという事か。
――きっと、確実にもう一波乱起きるな……
そんな、確かな予感が俺達にはあった。
◇◇◇
その後俺達は、昼休みが終わるくらいに学校へ戻ることが出来た。
クラスの皆には、姿を消したことに多少怪訝な顔をされたが、特に何か言われるような事は無く、淡々と文化祭の準備へと戻る。
先ほど、平折やひぃちゃんの人生の転機になるかもしれない出来事があったというのに、学校はどこまでも日常で……それがなんだか拍子抜けすると共に、可笑しな気もちになった。
きっと、それだけこの学校で過ごしている日常というのは、掛け替えのないものなのだろう。
凜が親元を離れて学校に通っている理由が、少しだけ分かったような気がした。
「んじゃ明日~」
「さよなら~」
「またな」
「ま、また明日、ですっ」
その日は久しぶりに皆と帰った。
――もしかしたら、こうやって皆で一緒に帰る事も難しくなるかもしれない。
この間の事があって暫く一緒に帰っていなかったが、今朝の事を考えるとそれらが途端に些細な事に思えてきたから不思議だった。
「……」
「……」
駅から家までの帰り道、俺達はいつものように無言だった。
今日は色々あり過ぎて、何を言って良いかわからないと言っても良い状態だった。
だけど何かを言わなきゃ……自宅へと近づくにつれ、そんな焦燥感ばかりが募っていく。
「……今日の事、お母さんにはギリギリまで黙っていてください」
「……あぁ」
辛うじて為された会話は、それだけだった。
確かに有瀬直樹が関わっている以上、弥詠子さんこの事を知ったらどうなるか予測がつかなくなる。
しかし保護者である親に対し、何も言わないでいるということは難しいだろう。
――親父には話をしておくべきだな。
理由を説明し、俺達の意志を伝えなければ……
俺は密かに決意した。
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