第13話 *面目


 アカツキグループ広報芸能部は、近年まれに見ぬほどの慌ただしさに包まれていた。


 原因は、突然の有瀬陽乃休止の電撃発表によるものだ。


「はい、あくまで休止ということで……えぇ、本人もそのまま引退するつもりもなく――」

「わたくし共の方でも、今後の予定も――」

「彼女の空けた穴はすぐにでも……え、既に?!」

「あ、はい、こちらもそのように手配を……突然の事で申し訳――」


 異様な光景だった。まるで戦場の様な慌ただしさだった。

 しかも指示を出し報告を受けている指揮官とも言える者は、制服を着た女子高生だ。

 それが、より一層この場の異様さを演出していた。


 有瀬陽乃は、何もアカツキグループ内でのみ活動しているわけではない。

 人気の絶頂にいる彼女を起用したいという企業は数多く、手ぐすねを引いてその機会を得ようとしている。


 それこそ彼女を通じて、直近でも数億円規模の金が動くプロジェクトがあったのだ。


 突然の休止宣言――すなわちそれはプロジェクトの中止を意味する。

 取引先の企業は堪ったものでもないし、信用問題にもなる。


 それ故に、現在アカツキグループ広報部のスタッフは、戦々恐々といった面持ちで各所に連絡を入れていた。


「宍戸広報企画、ミヤコ印刷、それとアキラ物産にも既に連絡が行っており、代替要員の紹介が終わっています!」

「今の所全ての契約が為されたところには、先んじて手が回されています!」

「それだけじゃなく、プレゼンもしっかりと……」


「そう……さすがの手腕ってわけね」


 しかし相手先と連絡を取るにつれて、スタッフの表情はどんどんと困惑したものへと塗り替えられていく。


 それはこの場の指揮官である女子高生――凜にとっても同じだった。


 凜は各所から上がってきた詳細が書かれた報告書にも目を通す。

 その内容は全て有瀬陽乃が絡む仕事に関するものであり、そして全て彼女の代わりに誰が宛がわれるかというものだった。


「手抜かりはなし、か。ここに父さ――有瀬直樹が居ないってことは、本人が直接新人を連れてドサ回りしてるってことかな」

「……自分の事なのに、随分と呑気ね」

「今更ジタバタしてもしょうがないしね。ほら、朝のワイドショーもどこも私の事ばかり。これはテレビ局に事前にリークしてたかなー?」

「……そう、知らなかったのはあたし達アカツキ内部だけって事ね」


 凜の背後から資料を覗き込み、まるで他人事のように言うのは有瀬陽乃――渦中の本人だ。

 資料を覗き終えた彼女は、リモコンを持って事務局内にあるテレビのチャンネルをぐるぐると回している。


 報告書の内容を纏めるとこうだ。 


 あらかじめ先方にもある程度の連絡を入れており、その穴を安値のアカツキ芸能の新人で補う。

 大口の顧客の所には、有瀬広報本部長が新人を直接連れて回っているらしい。

 有瀬直樹の手腕は、業界内でも有名だ。彼が直接やって来て説明すれば、相手方としても無視はし辛い。


 それにこれは、アカツキグループとしても損のある話ではなかった。


 良くも悪くも、現在アカツキ芸能部は有瀬陽乃の一強だ。

 もし彼女に何かあれば、何の準備も無ければ大打撃を受ける。

 そのリスクを下げる為の新人育成の機会、投資と考えれば悪い事ではない。


 有瀬直樹が直接動いているという事は、ある程度の勝算もあるのだろう。


(アカツキグループも相手方もそこまで損はしない……つまり、被害を受けたのは有瀬陽乃だけって構図ね)


 有瀬陽乃を商品・・として考えた場合、どうしたって製品寿命がある。

 いかに彼女が現在ティーンに人気を博しているとはいえ、10年後はこのままの地位にいられるわけではないし、どうなっているかはわからない。


 むしろ今回の事は、アカツキグループとしては将来的に益になるとも言える。

 数字的に結果を出してしまえば、有瀬広報本部長を咎めることは出来ないだろう。


 ――してやられた!


 そう思い、凜がこめかみに手をやった時のことだった。


「すぅくん?! おねぇちゃん?!」

「えっ?!」


 突如、有瀬陽乃が素っ頓狂な声を上げ、凛の思考を遮った。

 どうした事かと彼女の方に目をやれば、テレビの画面に釘付けである。


『――突然の休止発表に驚き、駆け付けたのは報道陣だけでなく、ファンの学生たちもいるようです!』

『いや、俺達は……』

『ぁ、ぁぅ……』


 そこにはマイクを向けられ困惑した様子の昴と平折の姿があった。

 画面にはそれ以外にも様々な有瀬陽乃に対するテロップと共に、生放送という文字が躍っている。


「な、なにやってんのよーっ?!」


 事務局のフロアに、凛の鈴をかき鳴らしたような声が響き渡った。




◇◇◇




 凜は事務局のスタッフを使い、強引に裏口から昴と平折を招き入れた。

 彼女にとって2人がここに来るのは予想だにしていなかった事であり、半ば混乱しつつ興奮気味に語気を荒げていた。


「まったく、何やってんのよ!! 放送されたのが学校に見つかったらどうする気?!」

「そ、それはこっちの台詞ですっ! 大変な事になってるなら、どうして何も私に言ってくれなかったんですかっ!」

「いやだって、それは……っ」

「凛さん! 私たちと、とと友達でしょう……っ?!」

「ぅ、ぅん……」


 だというのに、圧倒されているのは凛の方だった。

 凛以上に平折は興奮しており、普段は聞くことのない音量で話す親友の声に、凛はどんどんと小さくなっていく。まるで親に叱られた子供の様にも見える。


「まぁまぁ、平折も凜も落ち着けって」


 それを昴は必死で宥めていた。


「あの子誰……?」

「お嬢の友人……?」

「あんな姿、初めてみた……」


 事務局のスタッフはその信じがたい光景を、目を丸くしながら見守っていた。

 スタッフの驚きはそれだけじゃない。


「陽乃さんは今日の事、大丈夫なんですか?」

「んー、私本人とか事務所の方には問題ないけど……仕事的には今後はボロボロかなぁ?」

「そ、そんなっ」

「あはは、大丈夫だって、おねぇちゃん。元から強制されてやってたことだし……」

「でも……」


 その子は有瀬陽乃にも、まるで姉妹として接するかのような光景を演出していた。


 ――おねぇちゃん。


 当然の事ながら、スタッフは有瀬陽乃は本来の上司であるはずの本部長の一人娘だと認識している。

 だというのに、今目の前で繰り広げられている会話は何だというのか?


 彼らの主筋にあたる凜とも忌憚なく意見を言い合える関係性から、有瀬陽乃との姉妹ということの真実味が増していた。


 少なくとも凜と有瀬陽乃にとって大切な存在という事には変わりなく、そして彼女達にも負けないほどの美少女だということもあり、目が離せない。


「凛、結局どうなってるんだ?」

「昴……さっき彼女が言った通りよ。急な休止の穴は彼女の父・・・・がうちの新人を宛がって何とかってところ。うちは有瀬陽乃一強だった事を考えると、博打感は否めないけど、将来の投資としては適切ってところ」

「そうか……」

「相手が一枚上手ってところね」


 そしてもう一人、目を離せない存在がいた。

 美少女と一緒に事務局にやってきた男子高校生だ。

 彼女達ほどの華やかさはないモノの、清潔感に溢れ、隣に立っていても見劣りすることはない。


 それだけでなく彼女達とも親しい仲なのか、先程から間を取り持つように気を配っていた。

 凜も有瀬陽乃も、今まで異性の影が全くなかっただけに、違う意味でも興味を惹かれて目を離せない。


「つまり、ひぃちゃんが泣きを見れば万事解決って感じでもあるのか」

「私はおねぇちゃんにも言った通り、仕事が無くなっても別にね。だけど――」


 この状況は有瀬陽乃だけが割りを食っている状態だ。

 そして、彼女自身がそれを受け入れてしまっている今、アカツキグループとしても何も問題は無い。


 酷な言い方をすれば、彼女さえ切れば全て上手く収まるとも言える。

 彼女本人がそれを受け入れているのであれば、グループとしてはきっと、それが正しい判断なのであろう。


「有瀬ぇえぇええぇええええっ!! どうなってるんだぁあぁあっ?!」


 ダンッ! と勢いよく扉が開かれ、その怒声によってスタッフ全員が震えあがった。それは凜でさえ例外でない。

 苛立ちを隠そうともせず入ってきたのは、40代半ば程の精悍な男性。


「こちらの顔に泥を塗りやがってぇええぇ!!」


 感情もあらわに喚き散らすのは南條豊和――アカツキグループ専務にして、凛の実父だった。

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