第12話 そういうところ、好きです
学校から抜け出すのは簡単だった。
文化祭準備の買い出しで街に繰り出す生徒も多く、校門を抜けても咎められる事はない。
俺と平折は何食わぬ顔で学校を後にして、駅へと向かった。
向かうは都心部にあるアカツキグループ本社ビルだ。そこには有瀬陽乃が所属する事務所も入っている。
本来二限目の授業中である時間の電車は閑散としており、この車両には俺と平折しかいなかった。
「あ、あの、お金は後で……」
「これくらい別にいい。それよりも返事は何もないのか?」
「はい……電源も入っていないのか、通話も繋がりません」
「……俺と同じか」
そのままの勢いで飛び出したせいか、ポケットに入れっぱなしの俺とは違い、平折は財布を持っていなかった。……女子のスカートってポケットとかどうなってるんだろう?
ともかく、電車に乗った俺達は凛や有瀬陽乃と連絡を取ろうとするも、どちらも反応は芳しくない。
……それだけ、彼女達にとっても逼迫した状況なんじゃと想像を掻き立ててしまう。
やはりこの件は平折とひぃちゃんの実父、有瀬直樹の仕業に違いない。
そのやり口に、感情的理由から反発してしまう。
「……どうして」
「うん?」
「どうして昴さんは、そこまでするんですか……?」
「どうしてって……」
有瀬直樹の事を考えていただけに、平折の質問には虚を突かれた感じだった。
手に持つスマホに目を落としたままの表情は、どういうものかと読み取れない。
しかし平折の疑問も、もっともだ。
この問題は大人気モデル有瀬陽乃に関するものであり、ひいてはアカツキグループという巨大企業の内部権力に関しての、権謀術数が渦巻いている。
とてもじゃないが、一介の高校生がなんとか出来るような事案じゃない。
「それ、は……」
その問い掛けは、俺自身の何かを問うモノだった。
頭の中に思い浮かべるのは、凛と有瀬陽乃――ひぃちゃん。
2人は、色々とよく似ていた。
家族間の葛藤を抱え、それでもと前へと進み、そして周囲が羨むほどの評価を手に入れている。
そんな2人を信用していないわけじゃない。
きっと彼女達ならば、今回の様な逆境だって撥ね除け、何とかしてしまえるだけの能力があるだろう。
何の力もない高校生の俺が出来る事なんて、たかが知れている。
そんな事は、平折も百も承知だ。
だからこそ、何故彼女達の下に行こうとしているのか?
明らかに俺は、唯の友人だからという理由を逸脱した行動を取っている。
「……」
「……」
俺と平折の沈黙が重なる。
今まで重ねた事のない種類の沈黙だ。
「どうして、かな……」
「……すばる、さん」
自分でもその理由がわからなかった。
だけど平折のどこまでも真剣な眼差しが、はぐらかさないでと俺の瞳を撃ち抜いてくる。
平折は頑固で強情なところがあるのを、ゲームを通じて知っている。
きっと、ちゃんと俺が話すまでこの話題を続けるつもりだろう。
どこか観念した気持ちで平折に顔をやれば、どこか思い詰めたようなものを感じさせて――それが凜とひぃちゃんとも重なってしまった。
――あぁ、これは幾度となく感じたものだ。
そもそも、凛やひぃちゃんに関わろうとしたのも、この既視感のせいだ。
だからこそ、俺は……――
思った事を言おうと思い平折を見つめ返す。
互いの視線が交差する。
その瞳に映る俺を見て――息を飲んでしまった。
「――っ?!」
――ぴたりと重なってしまった。
凛とひぃちゃんが平折に似ているんじゃない。
3人とも、自分と重ねていただけという事に、
頭の中は混迷を極めた。だけれども、全てを納得してしまった。
湧き上がる感情は戸惑いと共に自己嫌悪、そして独りよがりな満足感。
俺が彼女達の為に動いた行動原理、それは――
「自分の為、なんだ……」
「そう、ですか……」
絞り出した言葉は重くて昏いもので、どこか懺悔じみたものでもあった。
平折によって暴かれたそれは、過去からずっと俺の中で燻り続け、蓋をして見ない様にしていたものだ。
俺は幼い頃に母を亡くした。
父はそれを紛らわすかのように仕事へ打ち込み逃避し、必然的に家では常に独り。
他者の息遣いが聞こえない家は、どこまでも幼い俺の孤独感を醸成させた。
ひぃちゃんと神社で遊んだ時、平折が義妹になった時、そして凜にフレンド友達になってと言われた時――そのどれも、元を辿れば自分の中にある1つの感情に起因する。
「俺は……寂しかったんだ……」
「……ぇ」
それはひどく独善的な理由だった。
なんてことはない。
俺は同じく家族の不和を抱える彼女達に、自分を投影していただけなんだ。
とてもじゃないが、手を差し伸べたなんて言えない。
勝手に関わり救った気になり、その実、自分が満足するためだけの独りよがりの偽善者――それが俺の正体だったという訳だ。
「……ふぅ」
自嘲を込めた大きなため息を吐く。
あぁ、そうか。
平折や凜へと好意を抱きつつも、はっきりとそれは恋愛感情じゃないと理解していた。
何故ならそれは彼女達への罪悪感から、無意識に感情の流れをせき止めていただけに他ならない。
「俺は、寂しい自分を平折達に重ねて、お節介を焼くことで自分を慰めたいだけなんだ」
言葉にすれば、随分身勝手な事をしていたと思う。
気付いてしまえば、自分の矮小さに嫌気すら差してしまう。
こんなことを言えたのは、平日午前中の無人車両という特異な環境だったというのもあるだろう。
何より、平折だから言えた――知って欲しかったというのもある。
これ以上は騙せない、と……
「それでも、あなたは凜さんや陽乃さんのところへ行くんですよね」
「……っ! 平折?!」
だけど、平折の行動は俺の予想外だった。
優しく俺の手を包み込んだと思えば、どこか眩しそうな顔で笑顔を向けてくる。
突然の事でビクリと身体を震わせてしまい、動揺した顔で平折の方へと顔を向けた。
「それでもあなたは、迷わずに飛び出しちゃう人だから」
平折の瞳は信頼と共に確信の色を帯びており――心の奥底を見透かされている気さえする。
何だか気恥ずかしかった。
全てを知ってなお、平折は――いや、だからこそ平折は――
「昴さんのそういうところ、好きです」
「……………………え?」
――そんな事を、笑顔で俺に言った。
『――ビル前、――ビル前』
どういう意味かと聞き返したり、考えさせられる前に、目的地に着くアナウンスが強引に思考を断ち切る。
「さぁ、行きましょう!」
「あ、あぁ……っ」
顔は今までにないほどの熱を帯びる。
心臓なんて、このまま破裂しそうな程ドキドキだ。
だというのに平折は、そんな事よりもと、強引に俺の手を引っ張っていく。
何だかそれに、一周回って理不尽さすら感じてしまった。
だけど、前を行く平折の後ろ姿から覗く耳が真っ赤なのに気付き――まったく、平折は……
なんだか憎めなくなってしまった。
どことなく、
あぁ、そうか、平折は――と、平折への気持ちに思いを寄せようとするも、目の前に飛び込んできた光景がそれを許さなかった。
「すいません、何か一言でも――」
「今、私たちは有瀬陽乃が所属している事務所があるアカツキビル前に来ています――」
「依然、所属事務所からは何の音沙汰もなく、公式ブログの真偽のほどが――」
アカツキの本社ビル前には、人の山が出来ていた。
それらは全て取材メディアの関係者で、入口は封鎖されていると言っても良い状態である。
有瀬陽乃の休止宣言、それは俺達の想像以上の事態を引き起こしていた。
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