転機

第11話 『やられたっ!』


 あれから数日、文化祭の準備は順調に進み、本番を週末に控えていた。


「おはよーっ!」

「はよーっす!」

「やぁ、おはよぅ……」

「おはよ……」

「……ぉはようございます」


 朝の改札口、いつもの場所で挨拶を交わす。

 文化祭が近付くにつれてテンションが上がっていく凛と康寅に対し、平折と坂口健太の顔色は対称的だった。平折なんて目の下に隈なんて作っている。


 親友同士である平折と凜はテンションも顔色も正反対だった。

 だけど2人とも言葉の端々にわくわくとしたものが躍っていた。


「やー、我ながら難儀な衣装にしちゃってさ、おかげで寝不足になっちゃって困るよー!」

「でも、完成が見えてきました」


 その原因となるモノはどちらも同じで、文化祭でやるコスプレ喫茶で使う衣装の自作だ。

 最近はゲームもそこそこに、必死に針を動かしている。


 隣の部屋の灯りは日付が変わっても消える気配が無く、その結果が今のフラフラとして隈を作っている平折だ。

 少し心配にもなるが、言ったところで止まるような性格じゃない。


 それに……裁縫の事は何も知らない俺に、手伝えることは何もなかった。


「さすがにゴスロリはフリル過多かなー、だけど量が多いからこそ色々誤魔化しが効くからいっぱい付けちゃうんだよね」

「着物袴はシンプルだから、色々神経使うです……」


 目の前では平折と凜が楽しそうに衣装の進捗について話をしている。

 俺はその様子を、何となく居心地が悪い気持ちで眺めていた。


「どうした昴、浮かない顔をして? そっちのクラスの進捗上手くいっていないのか? 最近帰る時間も合わないしなー」

「……ま、そんなところだ」


 そんなあからさまな顔をしていたのだろうか、話しかけてくる康寅の言葉にドキリとしてしまった。

 康寅の言う通りこの数日間、一緒に帰ったりしていない。


 平折と凜を目の前にすると、先ほどの様に顔に出てしまう。

 今まで普通に接していたというのに、異性として意識している自分を知られたくなかった。


「ふぅん? そんな事言っちゃって、ホントはあたし達と違うクラスだから話に入れなくていじけてんじゃ――」

「そんな事って――って、おい!」


 その時、いつものように・・・・・・・悪戯っぽく話しかけてきた凜が、足をもつれさせ体勢を崩してしまう。

 慌てて抱き留め、間近で顔を合わせてしまう事になり――


「ごめ、ありがと」

「……気をつけろよ、厚化粧」

「ふふっ、久しぶりね、その言葉」

「……そうだな」


 すぐさま悪態を吐いて、顔を逸らす。


「も、もうっ、凜さん!」

「っと、平折ちゃん!」


 それを見た平折があっという間に凜の手を取り、学校への道を先に進んで行く。


 俺はそれを、まともに見られなかった。




◇◇◇




 文化祭本番を控え、ラストスパートとばかりに学校全体が騒がしい。


 俺のクラスはグラウンドで焼きそばの屋台に決まっていた。

 現在は皆で、せっせと当日に使う屋台を製作している。


 出し物が焼きそばと決まるのが遅かったからか、準備の進捗は芳しくない。

 さすがに俺も手伝わないという訳にはいかず――それが今は都合が良かった。


 最初は無関心な同居人、それがいつしか努力家で頑張り屋でいつしか目が離せなくなった平折。

 最初は高嶺の花、それが交流を持つうちに信用を深めて様々な面を見せていってくれた凜。


 平折も凛もどちらも魅力的な女の子で、俺はそんな2人を強烈に意識してしまっていた。

 問題を先送りにしている自覚はあるが、自分の中で感情を持て余しているのも事実。


 だから今は、無心で屋台の骨組みにカナヅチを振るっており――そんな時だった。


「うっそ?! 有瀬陽乃が休止だって?!」

「マジで?! うわ、ニュースサイトもそればかりだ!」

「っ?! っ痛ぅーっ」


 突如耳に入った有瀬陽乃の話題に動揺してしまい、思わず指を打ち付けてしまった。


「おい、倉井、大丈夫か?!」

「聞いてる方が痛い音がしたぞ?!」

「い、いや……それよりも、さっき有瀬陽乃が休止って……」


「あぁ、どうも今朝方発表されたばかりなんだけどさ」

「公式ブログの方を見たほうがいいぞ」

「お、おぅ」


 有瀬陽乃――ひぃちゃん。俺の幼馴染で、平折と凜を異性と意識するきっかけを作った女の子。

 彼女とは色々あったものの、その寝耳に水な突然の活動休止というニュースはどうしたわけかと、慌ててスマホから彼女の公式ブログへとアクセスする。


『いつも応援していただきありがとうございます。

 皆様の温かい声援に背を押されて、全力でここまで走ってまいりました。

 しかし、ふと自分は今どこを向いて走っているのだろう?

 何か見落としていないだろうか?

 今一度立ち止まって、じっくり考える時間が欲しくなりました。

 ここまで私を走らせてくださった皆様には申し訳ないとは思います。

 しかし再び走り出す道が定まるその時まで、

 心身充電するために仕事を一時お休みさせて頂きますよう、お願い申し上げます。

           ――有瀬陽乃』


「これ、は……」


 有瀬陽乃の公式ブログに綴られていたのは、紛れもなく休止を告げるものだった。

 どこか謝罪文にも見て取れる内容で、一見納得してしまいそうになる文面をしている。


 だけど、何かが心に引っかかるものでもあった。

 上手く言えないが、有瀬陽乃本人の意思がないというか、作為的なものがあるというか……しかしそれは自分の中の直感とも言える部分で感じたもので、上手く言語化出来ないのがもどかしい。


「え、なに?! 有瀬陽乃が休止?! 引退?! どういうこと?!」

「うっそ、マジで?! 急過ぎね?! もしかしてスキャンダルかなにか?!」

「きっと彼氏か好きな男が出来たんだよ! その為に仕事辞めて普通の女の子に……キャー!」

「んなっ! そんなわけねーよ! んなわけ……あったら相手を呪い殺さないと……」


 俺達の会話を聞きつけて、クラスの女子たちも耳聡く集まってきた。

 男子だけじゃなく、女子にも有瀬陽乃の話題は注目度が高い様だ。


 休止発表がされたのがつい先程という事もあり、会話に参加していないクラスメイトも真偽を確かめるべくスマホを弄り――悲喜交々の声が漏れてくる。

 これを切っ掛けとなり、有瀬陽乃の話題が教室中に広がっていく。

 気付けば教室の半数近くが、文化祭の準備から有瀬陽乃の話題へと塗り替えられていく。


 それだけ、有瀬陽乃の人気がある事の裏付けだった。


「……」


 どこもかしこも彼女の突然の休止についての噂を口にしていく。

 彼氏が出来た、事務所との不和だ、何かの病気だ、そんな様々な憶測が飛び交う。

 そのどれもが心配半分、面白半分といったものだ。

 どちらかといえば、ネガティブな印象を受ける。


 なまじ知っている相手なだけに、好き勝手言われるのはあまりいい気分じゃない。かといって、それを止めたり意見を言ったり出来るわけでもなかった。


 ――ああ、くそっ!


 何とも言えない気持ちで、心の中で悪態を吐く。

 そして、これ以上噂を聞きたくないと教室を後にした。


 しばらく時間を置けばこの話題も――


「あ、あのっ!」

「平折っ?!」


 教室を出てすぐ、制服の袖を引っ張られた。

 突然の出来事と、こちらを見上げる平折の憔悴した表情に、俺の感情が掻き乱される。


「凛さんが『やられたっ!』て言って、学校を……っ!」

「……どういうことだ?」


 続く平折の台詞に、更に心が掻き乱される。

 平折が胸で抱えるのはスマホ、その画面に映し出されているのは有瀬陽乃の公式ブログ。

 胸の中に渦巻いていた、嫌な予感が加速していく。

 その一方で、頭は冷え込み思考がこれはどういうことだと加速する。


 ――凜の言う『やられたっ!』という言葉、これは有瀬陽乃の休止をつい先ほど知ったという事だろう。


 有瀬陽乃はモデルとしてだけではなく、広告のイメージキャラとしても人気だ。

 アカツキグループとしても、彼女を手放したくない人材のハズ。

 だが突然の休止宣言は、彼女にマイナスイメージを与えているというのが、先程の自分の教室から見て取れる。


 あれでいてひいちゃん――有瀬陽乃は律儀な所がある。

 引っ越しの世話になっている凜に何の相談もなく休止をするというのは考えにくい。


 わけがわからなかった。


 一体こんなことをして誰が得を――


「――有瀬、直樹?!」

「……っ!?」


 自然と、その言葉が口から漏れた。


 このタイミングで有瀬陽乃がイメージダウンすることによって、誰に得がするのか。

 答えは誰も得をしない。


 だが取り上げられた自分の手駒の価値を下げる事によって、相対的に自分の受けるダメージを減らすことが出来る。

 損切り、とでもいうのであろうか。

 それは悪あがきでありながらも、上手い一手だった。


 凜の『やられたっ!』という言葉にも符号する。


「くそっ!」


 だがそれは、有瀬陽乃の価値を下げるという手でもある。

 彼女のキャリアに泥を塗る手だ。

 果たしてそれは、実の娘を犠牲にしてまで打つような手なのだろか?


 ――気に入らない。


 とてもじゃないが、その考えは許容できない。

 手は痛いほど握りしめられ、足は今にもここから飛び出せと訴えている。


「待って!」

「っ、平折?!」

「わ、私もいきますっ!」


 平折はそんな駆け出しそうになっていた俺の手を掴み、真剣な瞳で俺を見据える。


「わ、私はお姉ちゃん、ですから……っ!」

「……あぁっ!」


 その瞳にはどこまでも強い意志の強さが込められていた。


 ――俺の好きな瞳だった。

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