第9話 *平折の想い
その日、平折のクラスでは、祖堅康寅が教壇の上で拳を振り上げ熱弁を奮っていた。
「我がクラスの同胞よ! コスプレ喫茶! 我がクラスにこれ以上の催し物があろうか? わかるよな……いや、
「「「うぉおおおぉおおぉんっ!!」」」
彼に呼応するかのように、教室が沸き立つ。
(あ、あはは……)
平折はその熱気に圧倒されてたじろいでいた。クラスの期待をするかのような視線が、一斉に自分に向けられたから、だけではない。
「あたし達のこの思い、自分達で形にしなくてどうするの?!」
「「「作ってやんよぉおおぉおっ!!」」」
こういう時、平折と同じく注目を集めるはずの親友――南條凛が、率先して周囲を煽っていたからだ。
嬉々として自分達の手でオリジナルの衣装を作ろうと扇動する親友に助けを求めて目を向ける。
「任せて! うんと似合うのを作るから!」
「ぇっ?!」
しかし、非常に良い笑顔を返されるだけだった。
それと同時に凛の言葉に突き動かされた女子の集団が、目を血走らせて平折ににじり寄ってくる。
「吉田さんには是非着てもらいたいものがあるんだよね!」
「前々から脳内で着てもらっていたものを現実に!」
「ていうか、自分でも着てみたいものがある筈でしょう?!」
「是非とも私達と一緒に!」
「ふぇえぇぇっ?!」
彼女達はまるで諭すかのように平折に囁きかけ、そして採寸しなきゃと揉みくちゃにしていく。
それは新たな犠牲者を沼に引きずり込もうとする、狂気にも似た光を放つ妖怪の様相をしていた。
さすがに身の危険を感じた平折は、再度助けを求めて親友に目を向けるも、「小悪魔系とか小動物系エロリサキュバスとかのそういうギャップとか絶対堪んないよね!」と鼻息荒く、一緒に迫ってくる。
これは正しく洗脳であり、布(腐)教だった。
困惑する平折ではあったが、そもそも彼女には変身願望とも言えるものが存在する。
今のままではダメだ、変わりたい……その思いがあったからこそ、髪を整えたり着る物を一新したのだ。
――最高の衣装を自作しよう?
そう吹き込まれる平折は、ある1つの考えに至る。
(
それは彼女にとって天啓でもあった。
「わ、私も作りたいです!」
「吉田さん、同志よ!」
「うんうん、ようこそこちら側へ!」
気付けば平折は、力強く彼女達に宣言していた。
先程まで目を回していたかと思えば一転、その台詞だ。
全力で沼に引きずり込もうとしていたものの、その急な変わり身に、凛はさすがにやりすぎたかなと思い声を掛ける。
「あの、平折ちゃん? あたしもちょっと悪ふざけが過ぎたし、嫌なら――」
「ねね、凛さん」
「うん?」
「(自作なら、フィーリアとかサンク君の衣装ってのもあり、ですよね?)」
「(あぁっ!)」
しかし平折が悪戯っぽくそんな事を言うものだから、凛はドキリと胸を跳ねさせてしまう。
その瞳は平折が時折見せる、意志の強さを感じさせるものであり――凛の好きな目だった。
これなら大丈夫、凛は安心して微笑みかける。
「そっか」
「はぃっ!」
◇◇◇
その日の放課後は、文化祭の出し物の準備に当てられていた。
向かった先は駅前にあるアカツキハンズ。
住まいと生活に関連する商品を数多く揃える、ホームセンターともデパートとも言えるお店だ。
「お勧めはソーイングセットね。一通り物が揃っているし、これだけでも材料さえあればぬいぐるみだって作れるのよ!」
水を得た魚の様に、嬉々とした様子で語るのは
平折は彼女のアドバイスに従い、家で使うことが前提の、箱に入ったものを選んで購入した。
(帰ったらログインしてフィーリアの衣装を観察ですね……あ、後は公式サイトとかファンブックにイラストとかあるかも……)
平折にとってゲームのキャラは思い入れが深い。こうなりたいという、理想の姿とも言える。
同じ衣装を身に纏えば、理想の自分に近付けるかも――平折はそんな事を思っていたりもした。
道具の購入が終われば、後は自然と解散の流れになった。
新たに手にした道具を早く使いたいのか、生地売り場や自宅に足を向ける人が多い。
平折もその中の一人だ。
早速製作に取り掛かりたい気持ちはあるものの、まだ具体的な道筋は立っていない。
まずは家に帰って、購入したものの使い心地を楽しもうと、帰路に着いた。
そして、商店街にある雑貨店を目にした時、ふと鞄の中に入れっぱなしのバレッタに手を添えた。
(お返し、要りますよね)
そう言えば誕生日も近かったなと思い出す。
今まで平折は義兄に対して、何かプレゼントの類を贈ったことは無い。
贈る切っ掛けもなかったし、没交渉状態だったこともあり、贈ったところで不審がられるかも……そんな思いがあった。
しかし、貰ったバレッタのお礼と共に誕生日プレゼントとなれば、十分に自分の中で贈る言い訳が立つ。
ふらふらと花に誘われる蝶のごとく店に吸い込まれた平折は、どこかうきうきとした気持ちで商品を吟味していく。
(どうせなら、普段も使ってもらえるような物がいいですよね)
これはと思うものを見定めた時だった。
「……平折ちゃん?」
「ふぇ?! り、りりりりりり凜さん?!」
平折の親友、凛が話しかけてきたのだ。
まさかこんなところで話しかけられるとは露とも思わず、慌てふためいてしまう。
しかし、これは良い機会なのでは、とも思った。
ゲーム内での事はともかく、現実の平折はこうしたものはついつい地味なものを選びがちだというのを自覚している。
以前義兄に同行してもらって服を買った時も、その事を痛感していた。
その辺りのセンスに長けた凜に一緒に選んでもらえれば、大変心強い。
「じゃあさ、あたしもついでに誕生日プレゼント選ぼっかな」
「わ! きっと昴さんも喜ぶと思います!」
その提案は渡りに船だった。
こちらの贈り物の相談にも乗ってもらえるし、親友の贈り物選びも一緒に楽しむことが出来る。
自分と親友、2人からプレゼントをもらった義兄が喜んでくれるかなと考えると、平折は胸が温かくなってくる。
平折にとって義兄と親友は特別な存在だ。
その2人が仲良くしてくれることは、平折にとって特別な意味を持つ。
先日のアカツキロイヤルホテルでの出来事を思い出す。
親友の凛がアカツキグループのお嬢様だったことには、非常に驚いたものだ。
その立ち振る舞い、財力に権力――学校や今までの付き合いでは知る事の出来なかった一面を、これでもかと見せつけられた。
正直に言えば、平折にとって驚天動地の出来事だった。
あまりにも自分の住む世界との隔絶さを理解してしまった平折は、凜を親友と言っていいのかどうか、自信が無くなりかけてしまう程だったのだ。
しかし、その考えを打ち消したのが義兄だ。
『もうやめろ、凛。お前凄い顔しているぞ』
『――っ!』
いつものように振舞う義兄に、一瞬、アカツキグループのお嬢様になんてことを! と思ってしまった平折を責められる者は居まい。
凜の肩書を知ってなお、いつものように接する兄に、敬慕の念を抱くことを否めなかった。
(――――あ)
きっとこの人は誰にだって、こうして手を差し伸べるのだ。
その時平折は、義兄に救われた
幼い頃崖から落ちて庇った時、そして再会してからの――
――そこで考えを打ち切り、真剣な顔でプレゼントを選ぶ親友の顔を伺う。
その眼差しは優しくも嬉しそうで、一体誰を思ってそうなっているのかなんて一目瞭然だ。
「うん? どうしたの、平折ちゃん?」
「い、いえ! こちらとこちら、どちらが良いかなと」
「んー、どっちも良さそうだけど、ここは敢えて――」
「ふんふん、てことは――」
視線に気付いた凜に、咄嗟の事で誤魔化す平折であった。
今まで色恋というものに縁遠く、自分でもその辺が鈍いという自覚がある平折だが、ここ最近凜が義兄を見る目が変わったという事には気付いていた。
先日の一件が、確実に親友の心境の変化をもたらしたというのは、想像に難くない。
それと同時に思う。
あの時、義兄がその場に居なければ、今頃こんな会話は出来ていただろうか、と。
だからこそ、親友は義兄を……
改めて義兄の良さを再確認すると共に、この憧れさえ抱く親友の隣に、大切な存在である義兄が並ぶところを思い浮かべる。
それは平折にとって、驚くほどすんなりと思い描け――そしてチクリと胸が痛んだ。
(だって私は――――だから――)
滲むように心に湧いてくる想いを、まるで戒めるかのように拭い去って蓋をする。まるで自分にはその資格が無いのだというように。
そして胸の痛みを振り切るように、プレゼント選びに没頭していく。
「決めました!」
「あたしも決めたわ!」
平折が選んだのは猫がプリントされたちょっと大きめのマグカップ、凜が選んだのは花の刺繍がされた皮のキーケースだった。
それぞれ可愛らしいアクセントがあるものの、どこか少しだけ大人っぽい。
嬉しそうな顔で鞄に仕舞い込んだ時、凜に連絡が入る。
その通話を盗み聞くに、どうやら不動産関係の話らしく、住む世界の違いを思い出す
「ごめん、ちょっと用ができちゃって……」
「うぅん、気にせず行ってください」
にっこりと笑顔で凜を送りだすものの、平折の胸にはしこりの様なものが残るのだった。
(……こんなとき昴さんだったら、凛さんは着いてきてって言ったのでしょうか?)
先日の義兄と親友の関係を目の当たりにした平折は、そんな事を思ってしまう。
平折はモヤモヤとしてしまった心の内を振り払うため、何かの参考になるかもとパーティーグッズ売り場へと足を運ぶのだった。
――自分を誤魔化しながら……
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