第2話 いつも通りに
坂口健太に連れられて来たのは、いつぞや平折と2人で話をしていた校舎裏だった。
明らかに他の誰かに聞かれたくない話をする場所である。
「……」
「……」
そこで俺達はしばしの間、無言でにらみ合っていた。気まずい空気だった。
互いに何の話をしたいのかはわかっているのだが、どうやって切り出したものかと探り合っている。
だが、この場に呼び出したのは坂口健太だ。
彼はゆっくりと、1つ大きなため息にも似た深呼吸をして、口を開く。
その目は俺を射抜くかのように鋭かった。
「単刀直入に聞くよ――倉井君は吉田さんの事を、どう思ってるんだい?」
「それ、は……」
正直、少し意外な質問だった。
てっきり、平折と有瀬陽乃の事について聞かれると身構えていたからだ。
最近その事について聞いてこなかったし、こちらからもまるで秘密にするかのように話していなかったのもある。
だから、言葉に詰まってしまった。
「……わかんねぇよ」
そう答えるしかなかった。
事実、俺自身も平折をどう思っているか、いや、どう扱って良いのかわからないでいた。
このタイミングで、この話題を出す坂口健太の意図もわからなかった。
「吉田さんはさ、とても魅力的な人だと思うよ」
「そりゃあ、周りもあれだけ騒いでいたしな」
「見た目もね。だけど今はその話じゃない」
「……どういう意味だ?」
平折が注目を浴びるようになったのは、髪型を変えてからの事だ。それまでは地味で黒くて目立たない女の子だったはず。
話の流れとしても、有瀬陽乃の事もあり、容姿に関する事だと思っていただけに、ますます困惑の度合いを強めてしまう。
坂口健太はそんな俺を、困ったような、それでいて諭すような顔を向けてくる。
「誰かの悪口は言わず、性格も真面目。いつも一生懸命に頑張っていて、話すのは苦手だけどいつも真摯に言葉を返し、気が弱そうに見えて親友をバカにされたら言い返す芯の強さを持っている――平手打ちは勘弁だけどね」
「それは……っ」
それは見た目の部分じゃない、平折の姿だった。俺が凄いなと触発された――自分だけが知っていると思っていた部分だった。
坂口健太の口からそれを告げられることによって、俺はひどく動揺してしまった。
何だか胸に嫌なものが広がっていくのを感じる。
目の前ですました顔で、俺を試そうとしているかのような坂口健太が気に入らない。
自分の手を随分強く握りしめているのに気付き――猛る気持ちを抑え込めるかのように絞り出した声は、随分と低い自覚があった。
「――何が言いたい?」
「わからないかい? ……そうだね、敢えていうなら警告、かな?」
「警告?」
今までどこか余裕があった、飄々とさえしていた坂口健太の纏う空気が変わる。
「吉田さんの魅力は、その容姿だけじゃない」
「……だからどうした」
「これから彼女に好意を寄せ、思いを告げる人は増えてくるよ」
「……かもな」
「倉井君、君はどうするんだい?」
「……知るかよ」
わざわざ言われなくても、頭の隅にはあった事だった。
かつて一度は南條凛にも警告を受けていたし、目の前の坂口健太とは浮名を流したことさえある。
ただ実際、彼の口からそれを語られると――警告というより、宣戦布告じみているだなんて思ってしまう。
「君は彼女とちゃんと向き合ったほうが良い」
去り際、坂口健太が言い放った言葉は胸に突き刺さった。
俺はその場に縫い付けられ、身動きできなくなっていた。
平折が誰かに言い寄られ思いを告げられる――おそらく現実になる可能性が高い。
文化祭も近いし、そういった機会にも事欠かなさそうでもある。
――だからって、どうすりゃいいんだよ。
平折がモテるだなんて、言われなくても分かっている。
だけど、俺がその事についてどうこう言えるような立場でもない。
そもそも、平折を異性として意識してしまったのはつい先日だ。それに義妹でもあり、男性恐怖症もある。
平折には様々な問題が横たわっている。
正直なところ、色恋とは遠い所にあると思っていた。
その解決の糸口は、まだ見つかってはいない。
だから――
「わかんないんだよ……」
思わず弱気な声で独り言ちる。
「何がわからないのよ」
「凛……」
立ち尽くす俺の前に現れたのは、南條凛だった。
どこか呆れた様な顔を見るに、先程の会話は聞かれていた様だ。
そんな彼女は、どこかバカバカしいと言いたげな表情をつくっては、えいっとばかりに俺の鼻を摘まんできた。
「っ! 何すんだよっ」
「下らない事で悩んでいるからよ」
「下らないって、お前な――」
「ねぇ、今までの事を思い出してみて?」
思わず息を飲んでしまった。
俺の顔を覗き込む南條凛は、どこか優し気で慈愛に満ちた表情をしており――それは先日、平折が有瀬陽乃に向けたものと酷似していた。
続く言葉は優しく、そして教え諭すかのよう。
「昴はさ、ずっと平折ちゃんの為に頑張ってきたじゃん。だから今まで通り、それでいいんだよ。ほら、ずっと見てきたあたしが保証する」
「今まで通り、か……それが一番難しいな」
「そう?」
「そうだよ」
「……色々あったもんね」
「……あぁ」
そう言って、互いに苦笑いになる。
思えばここ最近、有瀬陽乃の登場と共に、目まぐるしく状況が変わってしまった。
それをまだ、上手く呑み込めていない。
――凛の事も、色々知ったよな。
実はアカツキグループのお嬢様だってこと、その権力の強さなんてのも知ってしまった。
だけど不思議な事に、俺が南條凛に対する見る目が変わったかと言われるとそうではない。今だって自然体のやり取りだった。
今まで通り――きっと、俺だけが平折を意識してしまっていることを窘めてくれたのだろう。
こういう所があるから、彼女には敵わないなと思ってしまう。
「そうだな……もっとよく考えてみるよ。ありがとな、凛」
「ふふっ、ちょっとはマシな顔になったわね」
悪戯っぽくいつもの笑顔を見せてくる彼女に、何かお礼をしたかった。
ふと、先日有瀬陽乃に連れられた時に買ったバレッタを、持ったままだったことを思い出す。
「そうだ、これ。ここのところお世話になってるというか、普段のお礼というか……受け取ってくれないか?」
「えぇっ?! や、あの、その、困るっ!」
「すまん、迷惑なら別に――」
「ち、違うのっ!!」
差し出したものの、一度は困ると言われて引っ込めようとしたが、物凄い速度で南條凛の腕に収まる。
「こ、こういうのもらった事なくて……その、反応に困っちゃったというか……ありがと……」
「そうか……ゲームする時、髪を纏めるのにでも使ってくれ」
「うんっ! ふふっ……えへへ……」
「喜んでくれて何よりだ」
宝物を扱う様に胸に抱き、その目尻には光るものが見えた。
こんな1000円もしない安物のプレゼントだなんて、貰っても困るのだと思ったのだが――そうでは無かったようで、安堵する。
よくよく考えれば、南條凛はアカツキグループのお嬢様だ。
だけど、家族に問題を抱えているというのも知っている。
もしかしたら、こういう贈り物貰ったのは初めてなのかもしれない。
嬉しそうに、そして自分でも感情を未だ処理しきれないのか、困った顔をする彼女を見て――俺も嬉しくなって笑顔を向けた。
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