第27話 【急募】義妹を異性と意識してしまった【家での接し方】


「ん~、泣いたら色々スッキリしちゃった!」


 ひとしきり泣きはらした有瀬陽乃は、とても良い笑顔をしていた。

 隣には困った顔の平折。

 何かが吹っ切れたかのような有瀬陽乃は、平折にべったりとくっついて離れようとしない。


 今も平折の腕を抱いて、肩にぐりぐり頬ずりをしている。

 平折は助けて欲しそうな顔でこちらを伺ってくるが、俺と南條凛は生暖かい目で見守るだけだった。


「可愛い妹に甘えられてるんだ、好きにさせてあげな」

「すぅくん、わかってる!」


 そしてより一層、有瀬陽乃の甘え攻撃は激しくなる。

 もっとも、小柄な平折の方が可愛がられているように見えるのが、なんだか可笑しかった。


 とにかく、この2人の間の距離が縮まって、喜ばしい事だと思う。

 だが、気に掛っている事もあった。


「なぁ凛、有瀬直樹はこれからどうなるんだ?」


 聞きづらい話題について触れると、平折の肩がビクンと震えた。先ほどまではしゃいでいた有瀬陽乃も身体を強張らせ、平折に抱き付く腕の力をこめる。


 2人には悪いと思ったが、具体的な事が何もわかっていないと不安が先立つので、そうした情報が欲しかった。


「そうね、彼の能力自体は非常に高いしグループとしては手放すのは得策ではない。となると、取引かしらね」

「取引……?」

「たとえ平折ちゃんの件が世間に露呈したとしても、今の彼の立場を保証する代わりに、これからも組織の為に役立ちなさいってね。ま、首輪を付けて飼いならす感じかしら?」

「つまり、もし有瀬陽乃が平折のスキャンダルで失脚したとしても、グループ内での立場や出世をある程度守るってことか」


 なるほど、妥協点としては悪くない……のかな?


「打算的なあの男のことだから、取引には応じると思う。だけど今回釘をさした件で、凜様が恨まれるかも……」

「様付けは止めてよ。ま、多少恨まれるのは覚悟の上。もし何かされそうになったら昴が助けてくれるんでしょ?」

「俺に出来る事ならな」


 有瀬陽乃は「あら頼もしい」と茶目っ気たっぷりに軽口を叩く南條凛を、呆れた目で見る。

 同じような目で俺を見るのは何だか心外だった。


 そんな俺達を見守る平折の目は、何だか先程有瀬陽乃を包み込むかのような優しい瞳で――なんだかそれに胸がざわついてしまった。




◇◇◇




 その後平折の体調も良くなったので、程なくして帰路へと着いた。


 南條凛は近くまで送ると言ってくれたが、俺は丁重に断った。

 送迎用にリムジンを出してきたのもそうなのだが、ここは女子同士話をした方がいいと感じたのだ。

 ホテルに泊まっている有瀬陽乃も同行するようだったし、何て言うか、女子の集団の中に入り込む度胸が無かったのも事実だ。


 そのほかにも理由があった。


『何があったんだ?』


 父親からは、そんなメッセージが返って来ていた。

 明らかに、弥詠子さんとの出会いを聞いて返って来る返事ではない。


 疑念は確信に変わった。


 早く知りたいという気持ちを抑えつつ、最寄りの駅から家に帰る途中の公園に立ち寄る。幸いにして周囲に人は居ない。


 何となく、平折に聞かれたくなかった。


 焦る気持ちで電話をかけ、呼び出し音が1コールもしないうちに繋がる。


『昴か?』

「有瀬直樹に会った」

『……』

「……」


 電話の向こうで、息を飲むのがわかった。

 その上でこの沈黙は、何か言葉を選んでいるかのようだった。


 ――そう言えば、弥詠子さんはまだ親父のとこだっけ。


 暫くして、衣擦れの音とドアを開く音が聞こえた。どうやら外に出たようだ。


『……平折は大丈夫なのか?』


 ぶっきらぼうな物言いだった。

 しかし、まず何より先に平折を気遣う言葉を聞けたことで、不謹慎ながら嬉しくなってしまった。

 例え血の繋がりが無くとも、この父親にとって平折は、実の娘同然だという事を強く感じる。


「あぁ、問題ない。今頃アカツキグループのお嬢様が面倒見ているよ」

『一体どうしたらそんな状況になるんだ……?』


 そして俺は、有瀬陽乃に出会ってからの一連の流れを話していく。

 にわかには信じられないと言った様子だったが、スイートルームなど入ってみないとわからないような事細かな様子や、一介の高校生では知りえない南條凛に教えてもらった有瀬直樹の情報を話すことによって、納得してくれた。


『……何で僕が単身赴任しているか知っているか?』

「どういう……いや、それは……」


 唐突な質問だった。だけど、話の流れ的に無関係とは思えなかった。

 それに先程の平折を気遣う言葉……少し考えると、自ずと答えは導き出される。


「平折の男性恐怖症……」

『その通りだ』


 思い返せば、父親の単身赴任は再婚直後からだ。

 この様子だと、自ら志願したように思える。

 どうしてそこまで弥詠子さんや平折の事をわかっていながら、再婚に踏み切ったのかわからない。

 だけど、父親の背中がやたらと大きく見えた。


 しかし、そんな感慨に耽る気持ちなんて、次の台詞に吹き飛ばされてしまった。


『平折はな、有瀬直樹に――実の父親に、何度も『お前なんて要らない』と言われ、首を絞められるなどの虐待を受けていたんだ』

「なっ?!」


 その言葉はあまりにも衝撃的過ぎて、何を言っているのか理解できなかった。

 今まさに暴れ出しそうになる感情を、辛うじて残った理性で強引に押さえつけ、父親の話に必死に耳を傾けていく。


 ……


 話によると――平折は、立場と酒を使って強引に迫られ、合意のないまま出来てしまった子だという。

 当然の事ながら、実父にも弥詠子さんの実家にとっても望まれた子ではなく、風当たりは随分と厳しいものだったらしい。


 そして平折は面会の度に、『お前なんか要らない、お前さえいなければ』と、首を絞められるなど、外傷が出来ない虐待を受けていたらしい。

 狡猾にも、有瀬直樹は弥詠子さんは目が届かないところで幾度となく行い――気付いた時には、男性と2人きりになると恐怖心を抱くことになってしまったという。


 そこが、俺の限界だった。


「親父、また連絡する」

『おい、昴?!』


 気付けば家に走り出していた。


 頭の中は色んな顔の平折でいっぱいだった。

 どうしても今すぐ会いたくて、動かす足を叱責する。

 無事な姿を確認できなければ、どうにかなってしまいそうだった。


「平折っ!」


 玄関には鍵がかかっていなかった。

 もどかしく靴を脱ぎながら、先に帰ったはずの平折の姿を探してしまう。


「ぁ……っ!」


 今帰ってきたところだったのか、制服姿のままの平折がリビングからこちらにとてとてと駆け寄ってくる。

 その顔はどこかぷりぷりしており、俺の剣幕なんか知った事かと、先程取り残された文句を言いたそうだ。


「あれから大変――」

「平折……っ」

「――ふぇっ?!」


 平折は今日何度目かわからない、驚きの声を上げた。


 俺はそんないつもの良く知る平折の――どこか引っ込み思案で、話すのが苦手で、ゲームではおバカな事をやって、勇気をだして自分を変えようとして、人に甘えるのが苦手で、すぐに情けない声を出して、それでいて腹違いの妹に対して凄く姉の顔を見せる――そんな女の子の顔を前にしてしまって――



 ――正面から、思いっきり力強く抱きしめてしまった。



 腕の中の平折はビクリと震え、鼻腔をくすぐる少し甘い匂いと、柔らかくてほんのり温かい感触を伝えてくる。

 確かにここに居るという存在を感じ、安心すらしてしまう。

 こんなにも胸を焦がす存在を、要らないだなんて言われていたことが、酷く許せなかった。


 ――もし平折が誰かに……


 そんなもしもの不安が頭を出せば、そうなる前に自分でどうにかしないとという思いが、感情を侵食していく。


 視線を落とせば、どこまでも赤く染まった首筋と、耳が見えた。


「――――っ」

「ぴゃっ?!」


 それは衝動的な行動だった。

 色んな感情がない交ぜになり、行き場のなくなった気持ちが、平折の耳を齧るという行動で現れてしまった。


 この時まで俺は、どうにかしていた。


 悲鳴に近い平折の声に我に返ると、恐る恐るその顔を見る。

 困惑と不安に揺れる瞳を見れば、それはどうしようもなく――有瀬直樹を前にした、平折の様子を連想されてしまった。


 すぐさま身を離し、自分の部屋へと駆け上がる。

 勢いよく閉めた扉を背に、ずるずるとへたり込んでいく。


 自己嫌悪なんていうものじゃない。

 だというのに最後に見た平折の目には――それでも俺のやることを許すかのような、有瀬陽乃に向けた包み込むかのような色があった。


 それが何より動揺させた。


 ――平折は義妹だ。


 自分に言い聞かせるかのように、口の中で呟く。


 だけど、先ほど掻き抱いた女の子の感触を思い出せば、完全に一人の異性として渇望してしまっていた。


 あの時平折に向けてしまった感情が――家族というフィルターを完全に壊してしまった。


「どうすんだよ、俺」


 もはや平折に、義妹以外の感情を抱いていることを誤魔化すことが出来ないでいた。

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