第23話 おいくら?
有瀬陽乃は子供の様にはしゃいでいた。
「ね、このイヤリングどう?」
「似合うんじゃないか?」
「もー、さっきからそればっかり!」
「そう言われてもな……」
アクセサリーショップで、次々に色んなものを持ってきては披露する。
俺に気の利いた感想を言って欲しいようだが、そんな事を俺に期待されても困る。
それに、そもそも有瀬陽乃はモデルを務めるほどの美少女だ。
披露してくれたどのアクセサリーも彼女の魅力を引き立てており、よく似合っていた。
「うー、これ2800円かぁ……気に入ったし買っちゃおうかなぁ」
「それって金とか銀だろう? デザインも凝っているし……思った以上に値段はしないんだな」
「ジュエリーじゃなくてアクセサリーだからね」
「……どういう意味だ?」
「ゴールドプレーティング、つまりメッキよ」
「なるほど」
店に置かれていた商品も、高いものは高いのだが、目の前のコーナーでは3000円前後と学生にも手が出しやすい価格帯だった。
多彩なデザインのものが揃っており、手が届く価格となれば興味も湧いてくる。
――平折は飾り気が無いからな、派手な物より控えめな感じの方がいいか……逆に凛は華やかな感じだからそれに負けないようなのがいいな。
アクセサリーを眺めながら、そんな事を思う。
「……」
「ん? ひぃちゃん?」
「ね、すぅくん、今度はあっち行こ?」
「あ、おい」
有瀬陽乃は気分屋なのか、つい先ほどまで熱心に見ていたにも拘らず、次に興味が移った店へと引っ張られた。
◇◇◇
そこは雑貨を取り扱う店だった。
猫の形を模した時計にログハウスの形をしたティッシュボックス、カンテラの形をフットライトなど、見ているだけでも楽しいインテリア用品が並べられている。
「わぁ、色々あるよ、すぅくん!」
良く言えば色とりどりで楽しげなところだが、一方で統一性も無く雑多な物が置かれており、何を目的にして見て言いかが分からない。
しかし有瀬陽乃に――いや、女の子にとっては宝の山なのか、目を輝かせて店の中へと突撃していく。
――引っ張り回すところは変わってないな。
店内をウロチョロとする後姿を眺めながら、改めてそんな事を思ってしまう。
「さて、どうしたものか」
見ていて楽しい店ではあるのだが、特にこれといって欲しいものは無い。早い話が手持ち無沙汰になってしまっていた。
とはいうものの、そのまま突っ立っているのも暇なだけだ。
彼女に倣ってなんとなしに店を眺めていると、小物入れやシュシュ、卓上ミラーといった日用品も置かれていることに気付いた。
なるほど女性にとっての店だな、何て思ってしまう。
その中で1つ、気になるものがあった。
――髪留め……バレッタだっけ?
平折が勉強してたりゲームをしているときの事を思い出す。
長い髪を邪魔にならないよう、まとめたりしている事が多い。
そんな時、こういったもので手軽にまとめたりすれば良いんじゃないだろうか?
値段も1つ800円から1000円といったところだ。これが高い物かどうかはわからないが、買っても懐はそれほど痛むものじゃない。デザインも中々凝っている物も多い。
しかしな、と手に取りながら考える。
誕生日とか何かの記念日でもないのに、いきなりこんな物を渡して変に思われないだろうか?
「……」
だがそれも一瞬、先日のお詫びという事にすれば角も立たないんじゃと考える。
それならばと言う事で、南條凛にも似合いそうなものを見繕う。
思えば、彼女達には普段からお世話になっているのだ。
感謝の気持ちという事で渡せば問題ないかなと、自分を納得させた。
「2970円です」
あれでもないこれでもないと選んだ後は、清算に行く時になって変に緊張してしまった。
――男が女性ものの商品を買うのに、変に思われなかっただろうか?
自分でも小心者だと思う。
「すぅくん、何か買ったの?」
「あぁ、はい、これ」
「バレッタ? え、ウソ、くれるの?!」
「嫌なら別に……」
「貰う!」
そう言って有瀬陽乃は、早速髪を纏め上げる。
緩くアップにされた髪は先ほどまでと違った彼女の顔を見せ、嬉しそうに微笑む。
思わず、ほぅとため息が漏れてしまった。
校門で会った時もそうだった。
髪型一つで印象を変えてしまう、女の子って本当に凄いと思う。
それは平折と南條凛の2人分を選んだところで、有瀬陽乃の分が無いのもどうかと思って、彼女の分も買ったのだ。
千円もしない安物のプレゼントだが、くるくる回りながら嬉しさを全身で表現してくれている。
「うぅむ、初デートでプレゼントとか、すぅくんはなかなかに女タ――」
「ね、あのセーラー服の女の子って」
「うそ?! いやでも髪形も違うしでも……」
しかしあまりにはしゃぐものだから、周囲の注目を集め始めてしまっていた。
そんな声を聞いた有瀬陽乃は、バツの悪そうな顔をして肩をすくめ、それと同時にくぅ、と可愛らしいお腹の音が鳴る。
さすがにそんな音を聞かれるのは恥ずかしいのか、どんどん顔を真っ赤に染め上げ俯いてしまう。
時刻は昼の1時半を回っていた。
「腹減ったな」
「そういやお昼まだだったね、いいとこ知ってるよ」
「いや、しかし」
「いいから!」
◇◇◇
そうして連れて来られたのは、思いも寄らない場所だった。
意外すぎる場所というより場違いすぎる様なところで、俺は小さく固まってしまっていた。
「私はBLTサンドとオレンジジュースで。すぅくんは?」
「……ブレンドコーヒー」
「それだけ? 食べないの?」
「あぁ……」
歩く場所は全てふかふかのカーペットに覆われていた。装飾も華美過ぎず落ち着きもあり、品の良さが伝わってくる。
アカツキロイヤルホテル――諸外国の要人や著名人も良く利用する五つ星のホテル、そこにあるカフェレストランだ。
初めて足を踏み入れたが、その内装はさすがの一言で、圧巻されっぱなしである。
先ほど頼んだコーヒーも一番安いものだが1200円もする。
少なくとも、制服姿の学生が気軽に利用するような場所では無い。
「ここなら誰にも騒がれずに落ち着けるね」
「……俺は違った意味で落ち着けねぇよ」
平然とそんな事をいう有瀬陽乃が信じられなかった。
そして言葉だけでなく、自分の部屋に居るかのように気を緩めて寛いでいるというのも分かる。
――現役の売れっ子モデルだったよな、こいつ。
そんな事が、嫌でも思い知らされてしまう。
先ほどまで気安く接していたが、住む世界が違うという事がよくわかってしまった。
そう考えると、随分安物のプレゼントを渡してしまったなと、恥ずかしい気持ちすら沸いてきてしまう。
「……よく使うのか?」
「よくっていうか、今ここに泊まっているから」
「は?」
「こっちに来てるのは、あくまで撮影だからね」
ジュースのストローを咥えながら、身を硬くしている俺をくすくすと笑う。
幸いにして周囲に人気は無く、俺の情け無い姿を見る物は目の前の有瀬陽乃だけだった。
……
というよりこういった場所柄なのか、他の人の目を気にしないよう配慮された設計なのだろう。
なんとなく、この場所にまで連れてこられた理由が分かった気がした。
「ここで平折の相談か?」
「あたり。わかっちゃった?」
すぅ、と目を細めた有瀬陽乃が纏う空気が変わる。
その目には、芸能界という荒波で揉まれて来た強者の凄みすらある。
加えて、一般人がほぼ利用しない気後れするような場所。
ここは彼女のペースで話すための場所と言えた。
「おねぇちゃんを買うにはどうすればいいだろう?」
「……どういう意味だ?」
だがその言葉は、逆に俺の気を逆なでさせる以外の何物でもなかった。
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